第9話 分かれ道
ローダスの街に近づくと途端に治安が良くなった。かなりの兵が周辺を警備しており、魔物の『ま』の字も出てこない。
「魔物の素材集めといてよかったなぁ」
この街では予想以上に魔物の素材が高く売れた。特に武器として使える牙や爪の買取価格は過去最高額だった。
そして同時に物価が王都より高くなっていた。何もかもだ。
「あの安宿、1泊最低銀貨2枚!?」
「お! ついにこれが高いとわかるようになったか~」
「なんだ? 君はそんな常識もなく旅をしていたのか」
どおりで街の近くで野営している冒険者が多いと思った。あまり長いは出来ない。破産してしまう。
「金持ち風なやつらも多いな」
「あきらかに他の街より安全だもんね」
防衛に金をかけているのだ。そして金を払ってでも安全な場所で暮らしたい人間はたくさんいる。
「冒険者がここでひと稼ぎしてからヴィルドバ山に向かったりもしてるらしいぞ」
「まあ確かに、ローダス以降の街はどうなってるかわかんないし」
「一応先週の時点ではシェルロマとカルヴァナとファーロ、この3つの都市とは交易が続いてるって話だ」
アーロンは短時間の間に情報収集をしていた。顔も人当たりもいいからか、老若男女問わずあらゆる人が彼に情報を提供した。
「どうするかな~……」
私はその言葉にドキリとする。いよいよ今後の話をしなくては。
「ふむ。それではどこかで食事をとりながら話すとしよう。血をくれるなら話は別だが」
「アンタ、よく食べるわね~」
冒険者街の近くにある食堂に入る。ここは比較的安く、それでいて美味しいという情報をゲットしていたのだ。アーロンが。
(うぅ……そう考えるとおんぶにだっこね……)
自分がここまで生活力がないとは思ってもみなかった。前世では何もかも自分でやっていたからだ。認識が甘かったと改めて反省する。
(国どころか世界が違うんだから……もっと積極的に学んでいかなきゃ)
今日のランチはなにかの肉と豆のスープ。それに少々かたいパンをちぎって浸して食べる。
「……どうした? 今日は2人ともやけに静かに食べるじゃないか」
私もアーロンもスープに視線をやり、もくもくと食べていた。いつもなら食事の感想を交えながら今後の旅の方針なんかを話すのだが、それがない。
(アーロンも考えてるんだ)
その話題が出ないのはやはりこのパーティを解散させるつもりがあるからなのか、それとも私のように続けたいと思いながら、相手がそうじゃなかったら、と考えると不安なのか……。どうか後者であってほしい、とアーロンに向けて念じてみる。
(そういや、カミルにはこの話してないのよね~……もし解散になったらどっちが引き取るんだろ)
この話を始めたら、まずはカミルにギャーギャーと文句を言われそうだ。
(しかたないじゃん……ずっと一緒に旅を続ける気でいたんだもん)
ローダスまで、なんて話をすっかり忘れるくらい楽しい旅が続いていたのだ。だが、いつまでも先延ばしに出来る話題ではない。アーロンは先に食べ終わり、お替りを注文していた。
「なんだ君達。私がよそ見をしている間に喧嘩でもしたのか?」
「えーっとカミル。それ奢ってあげるから、これからしばらく黙っててくれる?」
「私がそんな安く要求に応じるとでも!?」
「四の五の言わず応じなさい」
「お替りをもらおうか!」
そう言って勝手にスープを追加していた。
「アーロン……あーその……最初に言ってた話なんだけど」
「あ……ああ……」
少しの沈黙。
(どっち! どっちなの!?)
別れ話を切り出せないカップルみたいになっている。カミルの探るような視線も感じた。
「その、ここ、ローダスまでは一緒にってことだったけど、その……今後は……」
「なんだって!!?」
案の定、カミルが立ち上がって騒ぎ始めた。
「もちろんどちらかが私を引き取ってくれるんだろうね!?」
「ああもう! 喧しいわねっ! 奢らないわよ!?」
そんな話聞いてない、なんてブチブチ小声で文句を言いながらも、席に座ってこちらをうかがう。
「あの、あのね……本当、ここまでアーロンがいてくれてよかったというか、その、感謝しまくってるというか……」
言いたいことが纏まらない。とりあえず私がアーロンへのこれまでのお礼を述べていると、
「えぇ! そんな!!! 俺はこの先も一緒にいたいのに……!」
と、珍しく大声で叫んだ。
「なんだ? 痴話喧嘩か?」
満席の店内の視線を集めてしまう。
それで自分が何を言ったかアーロンは気が付いて顔を真っ赤にしていた。
「いや、その……違うんだっ! いや、違わないんだけど~ああ……!」
髪の毛をくしゃくしゃと掻き上げる。
「ローダスまでなんて言わなきゃよかったなぁってずっと思ってて……」
耳まで赤くなったままこちらを真っ直ぐみていた。
(ヒャー! イケメンに口説けれている気分!)
思わず私も顔が熱くなる。
「わ、私もっ! このまま冒険を続けられたらいいなって思ってる!」
「へ!?」
「ご、ごめん……話の順番がおかしかったよね」
はぁ~っと大きく息をはいて、アーロンはホッとした顔になった。
「あ~よかった……いつ言い出そうか迷ってたんだけど……リリはどんどん成長するし、俺、もう必要ないかなって」
「そんなわけないよ! アーロンいなかったらたぶんこの街でまたワタワタしてた」
「その通りだ。彼女はまだまだ甘ちゃんのお嬢様。君がいなければ、わけがわからないままとてもじゃないがヴィルドバ山まで辿り着けまい!」
またもカミルが話に割って入ってくる。
「いや、俺の方こそリリがいなきゃまずここまで辿り着けてねぇよ。野営中に襲われて終わってる」
「君の方はそうだな……彼女がいなければ街に入る度、群がる女性に付きまとわれて勘違いされた上で刺されそうだな」
ハハハとカミルは笑うが、我々2人はその点に関しては苦笑いするしかない。カップルに見られるのは不本意だが、それぞれに引き寄せられる男女の牽制にはなっていた。
(確かに……アーロンはなぜか執着されがちなのよね~)
女性の誘いをハッキリと断っているにも関わらず、食い下がられることが多々あった。彼の優しさにつけこもうとしている人間も多い。だが、私が彼の前に出るとおずおずと引き下がるので、ある意味彼の護衛として役に立っていた。
「ああ、無事話がまとまってよかった! では気持ちを新たに乾杯でもしようか」
「って、アンタが呑みたいだけじゃん……!」
と言いながらも3人分のエールを頼もうとすると、
「リリは果実酒が好きだろ?」
と、アーロンが注文しなおしてくれた。
(うわぁっ! 前世の世界でもアーロンはモテるだろうな……)
アーロンがゴホンと咳払いをする。
「で、ではあらためて……よろしく!」
「よろしく~!!!」
「ウム」
3人でグラスを鳴らす。
その日のお酒は、王宮で飲んだどんな高級酒よりも美味しかった。
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