第10話 傭兵団
ローダスの街は今日も冒険者や傭兵で溢れている。もちろん貿易の街らしく商人も闊歩しているが、表情は険しい。
私達は結局2週間この街に滞在している。他の冒険者に倣って今後の旅に備えた装備を揃えようと、冒険者らしく依頼を受け報酬を受け取っていた。
「昨日護衛した商人も言ってたけど、別にこの街が不景気ってわけじゃないのにな」
宿屋の食堂で朝食のパンをかじりながら、今日の予定を決めている。
「そうね。魔物の素材って他所の国に高く売れるし。しかも魔王の影響うけてると余計モノが良くなることもあるって話だし」
「しかし日々命の危機を感じながら働くのも辛いだろう。君達のような短命種からしたら余計に」
依頼内容のほとんどが護衛任務だ。片道半日ほどの場所に魔物の素材の加工場があり、頻繁に多くの商人が行き来している。魔物の素材が多く集められているせいか、これほど兵が警戒していてもその周辺だけは魔物が集まってくるらしく、警戒包囲網をかいくぐって魔物に襲われる商人もいるのだ。私達も1度だけ遭遇した。
「それで、予定額には達したのかね?」
「うーん……あと2、3回も依頼をこなせばいけるかな」
他所の冒険者達に比べると資金集めは早く進んでいる方だった。この短期間でリピーターも出来たので、あと1週間もすれば達成できる。
「仕方がない。私が一肌脱ごう。今は私の血も高額で売れることだし」
「「えっ!!?」」
カミルからの突然のカミングアウトに2人して驚いてしまう。
「なんだ知らないのか? ダンピールの血は魔物にとって猛毒。欲しがる人間は多い。君らだって戦闘の度によこせと言うではないか」
これまた得意気だ。カミルによると、傭兵団や領兵の上層部に話を持っていくのが大事らしい。
「やはり歴戦の猛者たちは話がわかる。ダンピールの素晴らしき能力を高く買ってくれるからな」
だが逆に言うと、それ以外はダメなのだ。あからさまに差別するか、恐れるかのどちらかだと教えてくれた。
この街にはいくつもの傭兵団が雇われていたし、領兵の大きな兵舎もあった。売り先に困ることはない。
「でも……売る相手は選べよ?」
元傭兵団所属のアーロンは、同業者のことはよく知っていた。傭兵団の中には盗賊の一団とそれほど素行の変わらない奴らがいることも。
「心配無用! そこの世間知らずのリリとは違うさ。危ない相手はわかる」
「なんですって!?」
「ドルド傭兵団は規模は小さいが腕も兵団内の雰囲気もいい。まずはそこがいいだろう」
「ふむ。ではそうしよう」
私をスルーして会話を続け、カミルは小瓶に血を溜めると宿屋を出て行った。
「1人で行かせて大丈夫なの?」
私の事を散々世間知らずと馬鹿にはするが、カミルもなかなか浮世離れした所がある。
「一応俺らよりだいぶ年上だし……逃げ足だけは早いから……」
カミルの宣言通り、あっという間に彼の血は買い取られた。
「1瓶金貨2枚!!?」
「ずいぶん高く買い取ってくれたんだな~」
「ふっふっふ。まあ私の姿を見れば誰しも欲するだろうねっ!」
だがその後すぐにアーロンの表情が曇る。
「カミル……誰に売ったんだ?」
「え……」
ギクリと肩が震えた。
「あーその……」
「ドルド傭兵団じゃあないんだな……」
ふぅ、と一息吐いてチラリと部屋の窓の外をのぞく。イカツイ男が2人、この部屋を見張っているのがわかった。
「リリ。悪いけど最後の買い出し、お願いしてもいいか」
「了解~」
カミルは買取金額に惹かれて、癖の悪い傭兵団相手に血を売ってしまったのだ。
「アンタねぇ……美味しい話には裏があんの。変なのに目を付けられちゃって……生け捕りにされて永遠に血を搾り取られちゃうわよ」
「なっ! 私は今後の為に少しでも高く買い取ってくれる所をだな……」
「わかってるよ。ありがとな」
アーロンはそう言って荷物をまとめ始めた。
「俺、ドルド傭兵団に掛け合ってくる。確か今日からファーロまで商隊の護衛につくって話だったから混ぜてもらおう」
「わかった。じゃあ買い出し終わったらそのままそっちに行くわね」
「う……うぅ……すまない~」
アーロンが少しも責めないからかカミルは罪悪感を抱いてしまったようだ。それと同時に、
「あぁ恐ろしい……きっちり守ってくれたまえ!」
と、図々しい言葉も出てきていた。
(この性格だから1000年も生きられたのかしら)
ローダス最後の買い出しは主に食料だ。ご時世柄か旅人向けの保存食も多い。それになにより、貿易の街なので他国からの珍しい食べ物も置いてある。
(ゆっくり見たいところだけど)
今は早くアーロン達と合流した方がいいだろう。
「綺麗なおねーさん! これ、買ってかない?」
「綺麗なおねーさんを見くびって料金吹っ掛けなければ買ってあげる」
実はアーロンに買い出しを1人で任されたのが嬉しかった。これまでは
(いたいた!)
門の側には大きな荷馬車が何台も止まっており、その周りにぞろぞろと商隊のメンバーや傭兵団の兵、それにアーロンとカミルがいた。
(いるいる……)
先ほどの宿屋の外でカミルを見張っていた男達も少し離れた場所に見えた。流石に他の傭兵団とやりあうのは難しいと感じたのか、不機嫌そうな表情をしている。
「リリ! とりあえず商隊の護衛として雇われたけどいいか?」
「ちょうどよかったじゃない。どうせファーロ経由にしようって話してたし」
それに、傭兵団もついているなら心強い。ここからの旅路はかなり険しいという話だ。
「ふっ! 私の日頃のオコナイがいいせいだな」
「よく言うわ……」
アーロンはドルド傭兵団の団長と何やら話し込んでいた。どうやら知り合いらしく、団長の方はとても嬉しそうだ。
「うーんしかし……トラブルの臭いもしてきたな」
「アンタが持ち込んだ奴じゃなくて?」
「ほら、あっちを」
カミルの目線の先には私と同じくらいの年齢の女の弓兵が、ぽぉっと頬を染めてアーロンを見つめている。そしてその弓兵とアーロンを交互に見て絶望の表情を浮かべる兵が1人。
「あらら……」
ファーロまで順調に進めば1週間。だが魔物が溢れる現状では10日はかかるだろう。果たして何もなく辿り着くことができるだろうか。
「君の方も気を付けたまえ」
「まあ私の方はガチ恋じゃなくって貴族の娘に興味本位って男の方が多いから」
私の場合は単純に性別が女で、顔が良いからというだけの理由で食いついてくる男はいた。しかもどうやら高貴な生まれという付加価値付き。あわよくば、というレベルでのお誘いが多い。
方やアーロンの方は、度々本気の愛情を向けられていた。『運命の人に出会った!』なんて告白してくる女性もいるくらいだ。
「なんだ。自分の事を俯瞰して見れているのだな」
「アンタは意外とモテないけど、その辺は文句言わないのね」
自覚はあるが、他人に言われると少しプライドに障る。残念ながら王女というにもかかわらず、まともにモテてはこなかった。権力狙いで結婚したがる者はいたが……。
「ハハ! ただの人間が私の魅力を理解するのは難しいことくらいわかっているさ!」
他人からの評価で自己肯定感は変わらないらしい。
「リリ! ドルド団長だ。ベルフェン団長の旧友で、俺もガキの頃お世話になったんだ」
アーロンがドルド団長を紹介してくれた。彼の口添えで商隊は私達を雇ってくれたのだ。
「リリでございます。お口添えいただきありがとうございました」
「こちらこそ! 今アーロンから話を伺いました。随分お強いとのことで」
「とんでもございません。運が良かっただけでございます」
アーロンが少しギョッとしていた。私が珍しく貴族の娘らしく振舞っているせいだろう。そして私にこんな風に礼儀を持って対応してくれる人も。そう言えばアーロンと旅している間に立場のある人と関わることがなかった。
(王宮にいた時のこと考えてたせいだ……記憶に引っ張られちゃった)
だが、ドルドの方も私の態度に合わせた礼儀を見せてくれた。
「運だけで王都からローダスまで無傷で辿り着くことなど難しいでしょう」
見透かされるような目だ。彼もかなり強いのだろう。
(ベルフェンの旧友か……)
それだけでなんだか油断できない気がしてくる。
「我が兵団にも1名女弓兵がおりまして。よろしければ仲良くしていただけると彼女も喜びます」
「ええ。もちろん」
(ぐえー! トラブルの予感が強まっちゃった……)
男女問題の間には誰も入らない方がいい。カミルは素知らぬ顔をしていた。自分はもちろん関わらないつもりなのだ。
「カミル殿。よろしければ我々にも1瓶、貴方の高貴な血を譲っていただけないだろうか?」
「う、うむ。よいだろう!」
なんとも嬉しそうな顔をしていた。やはりこういう扱いはされたいらしい。
「なぁ。ファーロの街についたら、少し別行動してもいいか?」
「ん? もちろんいいけどどうしたの?」
私はアーロンと最後尾の荷馬車に乗っていた。カミルは一番前の荷馬車に乗り、お得意の探知能力で魔物を警戒している。
「ベルフェン団長が今そこを拠点にしてるらしいんだ! ちょっと久しぶりに挨拶したくって」
「えっ!!?」
(えぇぇえぇ……!!!?)
これはマズイ。おそらくベルフェンは私の正体を見破ってくる。
「どうした?」
「あ、いや、よかったね! 楽しんで!」
「ああ! 楽しみだよ。時間があったら紹介するな。俺の師匠だし」
ニヒヒと少年のように笑う。よっぽど楽しみのようだ。
「う……うん……そうだね。時間があったら……是非……」
何が何でも逃げ切らなくては。
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