第8話 トリオ

「はぁ!? 1000歳!?」

「ああ。今年は記念すべき年だ」


 温かいスープをすすりながら、誇らしげに自分の年齢を語る。


(1000年生きててそれ!?)


 と、声に出して言いたいのをぐっと我慢する。


『似た者同士だなぁ』


 少し前にアーロンにニコニコと言われてギクリとした。彼の言わんとすることがわからなくもないからだ。あのダンピールのようにはなりたくない……。


(人の振り見て我が振り直せってね……)


 自信家でも他人への振る舞いは気を付けなければ。

 

 ダンピールの名前はカミルと言った。父親が人間で母親が吸血鬼。彼に自我が芽生えた時すでに母は側におらず、父親に育てられた。


「母はこの世のものとは思えないほど美しかったそうだ……まあそれは私の姿を見ればわかることだがっ!」


 誇らしげに記憶にない母親の事を語る。


「亡き父がずっと会いたがっていてな。もちろん私も美しい母の姿をみたいというのもある」


 カミルは小さなペンダントを見せてくれた。父親の遺骨が入っており、それを母親に渡したいのだと語る。


「……でも母親は吸血鬼だろう? その……感情が……」


 アーロンはとても言いにくそうに、だがカミルに確認しなければと言葉を選びなが尋ねようとしていた。


「ああ。心配してくれているんだね。それはもちろん覚悟の上さ」


 人型魔物は言葉は話すが感情が乏しい。人に近いとされる吸血鬼すらそうなのだ。例え息子が来ても、そしてその父親の形見を何とも思わない可能性の方がずっと高い。カミルが望むような感動的な再会など見込めない。

 カミルの父親は出来るだけ彼が人間社会で生きて生きやすいよう、幼い頃から感情を大袈裟に出すよう教えていた。だからいつも演技がかったような話し方をするのだろう。


「これは父の為というより私の為の旅なのだ。決めたことを最後までやり通さないのは気持ちが悪くてね」


 彼にしては淡々と話す。現実がわかっているから、期待し過ぎないようにしているのかもしれない。


「それで。君達は魔王を討伐してどうするつもりだい?」


 鍋からスープのお替りを注いでいる。ダンピールは普通の食事でもエネルギーが補充できるらしく、彼曰く吸血鬼の上位互換だと言っていた。ただし、人間の血を体内に入れなければあらゆる能力が減退してしまうが。


「俺は王女様との結婚を、リリは爵位を求めてな」


(あ、私の目的はそれで確定してるんだ……)


 否定も肯定もせず、私もスープをずずずと啜る。


「あぁ! 噂の我儘王女だね。しかし意外だ。君が権力を欲するなど」

「いや……その……別に結婚出来れば俺は王族に入れなくってもいいというか……その、ただ彼女に認識されるだけで幸せというか……」

「なにをゴニョゴニョと言っている! 勇者になる人間がそのように自信がなくてどうするのだ!」


 珍しくモジモジしているアーロンにカミルは檄を飛ばす。


「私は1000年生きたが、君ほど心根のいい人間はそうそういない。しかも顔も悪くない。我儘王女にはもったいないくらいだ」


(なんですってぇー!)


 その意見には少々不服である。が、ぐっと我慢だ。

 そしてカミルは私の方へ体の向きを変える。


「一方君の方は納得しやすい望みだね。君ほどのじゃじゃ馬娘、貴族社会じゃあ生きにくいだろう。君自身が上に立つ人間になる方が、周囲にとっても幸せだろう」

「そりゃどーも!」


 嫌味を交えての意見を有難くいただいた後、カミルがそっとスープを地面に置いた。


「まったく。夕食時くらい勘弁してもらいたいもんだね」

「またぁ!?」


 ローダスの街まであと数日というところで、私達は度々足止めをくらっていた。


「今日はどっちだ?」


 カミルは自分で言うだけあって、探知能力が抜群に高い。かなり遠くの敵もわかるお陰で対策する時間もとれる。


「今夜は魔物だよ。数は5体。俊敏なやつらだ」

「魔物の方が気が楽ね」


 魔物も増えていたが、盗賊も多い。特にこの辺りは冒険者狩りなんてしてる輩も多くいる。国の兵も領の兵も頻繁に見回っているにも関わらず、被害は一向に減らなかった。


(下手な盗賊だとアーロンが同情しちゃって面倒くさいのよね~)


 アーロンはプロの盗賊には容赦しないが、仕方なく盗みを働ているタイプに関してはすぐに絆されて許すのだ。私はどんな相手だろうとやられたらやり返すし、きっちりいただくものはいただきたいのだが……。


(盗賊になる前にやれる仕事だってあるのに。選択がある上で他人を傷つけることを選んだ人間に、何を同情することがあるのかしら)


 それこそ最近は兵の募集はいつでもどこでもしていた。傭兵団だって最近は儲かっている。その事実をなかったことにはできない。


『なんだかんだ言ってリリが俺の希望を優先させてくれて感謝してるよ』


 悪人に温情をかけるアーロンに非難めいた言葉をかけても、少し困ったように笑うだけだった。そして、彼がそれでいいならまあいいか、と思う自分もいることに気が付いた。


『全員が全員、強き心を持った善なるものではないのだ!』


 これは昨夜の盗賊退治の後、カミルに言われたセリフだ。


『君は心身ともに強すぎる! それが世界共通の感覚だと思わない方がいい!』


 カミルに言われて腹立たしいのに言い返せない。最近は王宮にいた時と違ってとても生きやすいせいか、そういうことを忘れていた。この世に生きているのは価値観の似た人間だけではないことを。

 思わず我が身を振り返って落ち込んでしまい、久しぶりの自己嫌悪だ。それで無口になってしまったせいだろうか、


『君みたいな人間ばかりの世界なんてゾッとするだろう?』

『それはこっちのセリフなんですけど!?』

『俺はお前らみてると安心して生きていけるから助かるけどな』


 これがカミルやアーロンなりの励まし方のようだった。


 今日は風もないのに、木々が揺れる音が聞こえる。


「さあさあ、ちゃちゃっとやってくれたまえ」

「それじゃあ血ぃちょうだいよ」

「ム! それは私が言うべき言葉なのだが!?」


 カミルの血は魔物にとって猛毒だ。掠るだけで致命傷となる。使ってみればこれがなかなか便利なのだ。魔物退治も昨今は時短が重要視される。私の中で。


「はいはい。終わったらちゃんとお返ししま~す」


 私の剣の切っ先にカミルの指が触れた。タラリと赤い血が剣を伝う。


「俺も~」

「ああ、かまわないとも」

「私の時と態度違わないっ!?」

「仕方あるまい。日頃のおこないだ。さっさと防御魔法を張ってくれたまえ」


 ムキー! と怒りたいところだが、魔物が近づいている。しかたがないので言われた通りにカミルと荷物の周りに防御魔法張った。


「緑大猿だ」


 日頃は森の木々に擬態して獲物を襲う魔物だが、今回は隠れる気が全くないのがよくわかる。バサバサと木々を揺らしながらこちらに向かって来ていた。


「キーキー煩いわね」

「強くなって気がデカくなってんだろ」

「なんだか耳が痛い……」


 どうやら腕力が強化されているのか、奴らが掴んだ木の幹がえぐれていた。あれは触れられたらヤバそうだ。だが、スピードも上がっていて上手くとらえられない。


「1体ずつだ! やつら連携はとれてないぞ!」


(監督か!)


 カミルは安全な場所から大声を上げていた。


(カウンター狙いね)


 バチバチと小さな稲妻を起こし、魔物を追い立てる。怒り狂いこちらに飛び掛かって来た1体を剣が軽くかすめた。


「次っ!」


 その1体はもう動かない。同じようにアーロンが返り討ちにしていた。


「よしよし! 残り3体!」


 今度はカミルの声に反応したのか、魔物は防御魔法めがけて突撃した。ドーム型の結界に少しヒビが入った。


「うわぁぁぁ! 早くなんとかしてくれぇぇぇ!」


 すかさずアーロンの剣が魔物を真っ二つにし、そのアーロンを狙って襲い掛かった魔物を私が右手で串刺しにする。さらに私に向かってきた大猿を左手からの強力な雷撃で仕留めた。


「私の指示がよかったな!」

「図々し過ぎない!?」

「まあまあ。やっぱカミルがいると討伐が楽になるな」


 フフンと鼻高々なカミルを一発叩きたくなるが、もちろん我慢だ。悔しいが、確かに彼を旅の仲間に加えてから色々と楽になった。

 魔王の影響力は日に日に強くなり息つく暇もないが、カミルの探知能力があればこそ気を張らずに野営が出来る。それが日々のコンディションを整えるのにとても重要だということもわかっている。


「さあ、さっさと血をよこしたまえ」


(な、殴りてぇ~!!!)


「アハハハ!」


 私達のやり取りをみてアーロンは笑っていた。


「不謹慎だけど、俺、今の生活好きだわ」


 ローダスまであと少し。

 当初の話では一緒に冒険するのはそこまでだった。私にしては珍しく、その話題を出すのが怖い、と感じている。


(ここからは別々に、なんて言われたらどうしよう)


 私もアーロンと一緒だ。この冒険の日々がとても気に入っている。カミルはムカつくが……まあいてもかまわない。


(でも、どこかで話さなくっちゃ)


 そう思いながら、結局何も言い出せず、ローダスの街に辿り着いた。

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