第7話 フード
ミスリルの剣がピッカピカの新品のようになって戻ってきた。
「いい腕だ。そりゃ皆ここに修理を出すわけだな」
人気店にはちゃんと理由がある。1週間待った甲斐がある仕上がりだ。
「ブルーノとはどこで知り合ったの?」
旅の物資補給の買い出しをしながら尋ねた。ブルーノ達はあの騒ぎの翌朝、逃げるように街を出ている。
「ん〜前にバーレ伯に傭兵団として雇われた時にな。ついでに団長がバーレ家の兄弟の稽古もつけてたんだよ。歳も近いせいかどうもライバル視されちまって」
バーレ伯は人格者だ。アーロンに勝てないことが悔しかったからか、平民だなんだと彼をいびっている所を見られ咎められたせいもあり、逆恨みをされてしまったらしい。
(顔も剣も人間性もボロ負けだもんね〜)
「ま、あの人達は山沿いのルートに行ったみたいだし、私達は海沿いルートで行きましょ。それでしばらく会うこともないでしょ」
「俺のせいですまん……」
「いやいや! 今となっては私の方が恨み買ってるし!」
「それはそうだな!」
アハハと2人で大笑いした。
そして私の表情を伺いながら、探るように尋ねる。
「あーその……リリはさ。リディアナ様に会ったことあるのか?」
「え!!?」
これまで避けてきた話題だ。私の身元に関わること……。
ブルーノとやり合った時、酒のせいもあってか気が大きくなって余計なことを喋りすぎた。私が伯爵家より家格が上ということを口走ってしまっていたのだ。
「まぁ~そうね……気になるわよね」
(ああ、どうしよう……やっぱり本当のことを言うべき?)
今更だが、アーロンと長く過ごせば過ごすほど、彼を騙している罪悪感の度合いも大きくなってくる。何と言っても彼は驚くほど良い人間だ。ブルーノくらいクズだったら私も息がしやすいのに。
「わーごめんっ! つい……リリが話すの嫌がってるってのに……」
今のは忘れてくれ、と買い物を続ける。
誠実な彼をいつまでも騙していいのだろうか? だって私は例えアーロンが魔王を倒したとしても結婚するつもりはない。そのことを伝えられる位置にいるのに。
1度、大きく深呼吸をした。
「ねぇねぇ。実は私が第1王女だって言ったらどうする?」
意を決して話題を振る。もしかしらたアーロンは察しているのかもしれない。ベルフェンに聞いたのか、それとも貴族に雇われることが多かったのか、彼はそれなりに貴族社会のことを知っていた。私のような目立つ人間の身元情報がなにもないなんて変だとは思っているはずだ。
「お前みたいなお転婆娘が!? ……それはちょっと不敬なんじゃ?」
(アレッ!!?)
そんなことを言うなんてびっくり仰天とばかりに本気で驚いていた。どうやら全く少しも『リリがリディアナかも』なんて想像はしていなかったようだ。
「そりゃリリは美人だけど、リディアナ様は別格なんだ。それに芯が強くて気高い……唯一無二の方なんだ」
想像するだけで顔が赤くなっている。恋に恋するお年頃か!?
(そうだった……だいぶ私が美化されてるんだった!)
それにしてもアーロンの中で私の美化が加速している気がする。
「リディアナ様は素手で顎を狙ったりはしないと思う」
突然スンと我に返ったように真顔で反論してくる。
(狙います~~~)
だがこれで少し気が楽になった。
(もういい! 勝手に妄想膨らましとけ!)
魔王討伐後にガッカリしても知らないからな! というスタンスで行くことに決めた。
「さて、そろそろ行くか」
「今日は野営しなくて済みそうなのよね?」
ローダスまでの詳細な地図も手に入れた。今から乗合馬車で出発すれば、日が沈むころには小さな街に辿り着けるはずだ。
「ん~今日は野営かな」
「え!? なんで!!?」
「とりあえず次の街までは歩こう」
文句は出るが、基本アーロンの指示には従う。なにか理由があるんだろう。どうりで多めに食料を買い込んでいると思った。
街の門を出てしばらくは広々とした草原が続いていた。パラパラと荷馬車や旅人が歩いている。この道は日中は比較的安全という話だ。
(もちろん、魔物に関してはだけど)
怖いのは魔物だけではない。最近は盗賊も増えていた。仕事を失って仕方なく、という者もいるが、世間の混乱に乗じて、という輩も多い。
「リリ……一昨日あたりからずっと俺らを見てるやつがいる」
アーロンは小声だった。少し表情が険しい。ということは相手はそれなりに強いやつだ。私は視線を変えずにただ頷く。
「気のせいであってほしかったんだけどなぁ」
腰にさしてある剣に手を置いていた。
(それで馬車を避けたのか)
戦闘になったら周りを巻き込む。それが心配だったのだ。
(アーロンらしいなぁ)
私はいつでも防御魔法を張れるよう、宙に指で魔法文字を書き連ね、魔法陣の準備だ。魔法陣なしの簡易防御魔法より、こちらの方がずっと強度がある。野営の時に使う魔法と同じだ。
近くにいた荷馬車や旅人は1人、また1人と道から姿を消していった。夕日が沈むころ歩いているのは、私達と、少し離れた所を歩く線の細いフードを被った男だけ。だが、一向になにも仕掛けてこない。
(えぇ!? このまま野戦突入!?)
今日は新月。月明かりも見込めない。アーロンは小さくため息をついた。いつまでも様子を伺ってばかりもいられない。
「リリ」
「はーい」
防御魔法を展開し、2人で振り返る。案の定、フードの男は距離をとって立ち止まった。顔はよく見えない。
「俺たちになんか用かー!?」
2人とも剣に手をかけている。相手の目的も力量もわからず不気味だ。
「ああ。あるとも」
男がフードを脱いだ。
(うわっ! なんか綺麗なのが出てきた!)
キラキラとしたオーラを放つその男は演技がかった喋り方をする。ルビーのような髪の毛に黄色の瞳を持っていた。
「悪いが、君達の血をいただけるかな?」
瞬間、アーロンが叫んだ。そして防御魔法から飛び出し、男に斬りかかる。
「コイツ人型だ!」
「うそ!!?」
私もすぐにアーロンの後に続く。
人型の魔物と出会った場合の鉄則は、即攻撃か即逃走と決まっていた。人型とは会話が可能だが、その間に罠を張られたり、言葉自体が何かしらの魔法であることすらある。
(よく喋る魔物ほどヤバいって聞くけど……)
アーロンの剣が男の頬を掠った。
「ヒィッ! ちょ、ちょっと待て! 話を……うわぁ!」
「チッ」
私の攻撃もかわされた。だが反撃はない。
(凍らせて動きを止めよう)
左手に魔力を集中させる。周囲の空気が冷気を帯び始めた。魔法陣が浮かび上がって、いつでも攻撃に移せるという段階まで来た時、
「私は魔物ではない!!! ダンピールだ!」
男が叫んだ。
(えぇ!?)
ダンピールは吸血鬼と人間の混血種だ。魔物の中でも人間と変わらない知性を持つと言われている。非常に美しい外見の者が多く、その魅力で度々人間を虜にし、子をなしていた。
だがはいそうですか、とはいかない。嘘かもしれないのだから。嘘がつけるのも人型魔物の特徴だ。
「やれ! リリ!」
私の氷魔法が自称ダンピールのヘソから下を凍らせた。
「うわぁ! 寒い! 冷たい! なんて事するんだ! ダンピール差別だぞ!!!」
大騒ぎしているが、相変わらず反撃はない。
「このご時世に何言ってんだ」
アーロンは呆れた声を出していたが、私はと言うと『差別』という単語にドキっとしてしまっていた。前世の価値観を引き継いでいて心が苦しくなるのだ。
ダンピールは人にも魔物にもなれずに不遇の暮らしを送る者が多い。ダンピール内でも能力差がかなりあり、さらに気性が吸血鬼よりも人間よりもどちらもいるため判断も難しい。
この国では一応、ダンピールへの差別は禁止されている。罰則はあるわけではないが。
「ダンピールだって魔王の影響は受けるはずだ。なんにもせずに話なんて聞けるかよ」
(話を聞く気はあるんだ)
流石アーロン。優しさがぶれない男。
「なんて野蛮な人間なんだ!」
自分の状況がわかっていないのか、ダンピールは偉そうにプンプン怒っている。
「恐れ多くもこの私が君達の仲間になってやろうと言うのに! 他を当たらせてもらうぞ!?」
「「はぁ!?」」
何を突然言い始めるのだと2人声を揃えて驚きの声を上げた。そしてダンピールはこちらの反応を無視して自分のことをつらつらと話し続ける。
「私は非常に人間に友好的なダンピールだ。闇夜にも強く、魔物の探知能力も非常に高い。それに私の血はどんな魔物にも毒だ。一緒に行動すれば危険がぐっと減るぞ! その対価に君達の血を、と言っているだけではないか!」
どんどんテンションが上がるのかキーキーと騒がしくなる。
「私探知魔法使えるし」
「だがわざわざ魔法を発動せねばなるまい! 範囲も村1つがやっとだろう! 私とは天と地ほど能力に差がある!」
「はぁ!? そんなに差はありません~!」
私の魔法にケチを付けるとは……が、確かにダンピールはコイツが言った通りの能力を持っていると聞く。本当にコイツがダンピールなら、旅を続けるうえで欲しい能力ではある。常に探知魔法を使い続けることは現実的ではない。
(本当にコイツがダンピールならね……)
「ダンピールならなんで昼間っから歩き回れるんだよ」
アーロンも同意見だったようだ。ダンピールは吸血鬼の影響か日光に弱い。なのにコイツはずっと私達を付けてきていた。
「はは! それは魔王の力のお陰だ! 私の最大の弱点である日光などフード1枚で防げるのだからな」
力の強化だけでなく、弱点の克服というのも魔王の影響の1つにあるということが最近わかってきた。
「あのねぇ。私達魔王を倒しに行ってるのよ。魔王倒したらその弱点、元に戻るけどいいわけ?」
「やっと本題に入ったな」
フフンと何故か偉そうだ。これがこのダンピールの通常スタイルなのだろう。
「私の母が魔王の側にいるらしいのだ。私は母に会いたくてね。魔王は倒してもらっても構わん。母に会った後はまた夜の世界に戻ろう」
さあ、感動的な話だろう? とアピールしてくるところが残念なヤツだ。
「勝手に行けば?」
「なっなんて冷たい! それでも血の通った人間か!?」
相手からすると私の反応は予想外だったようだ。彼の中では私達はいたく感動して、旅の同行をこちらから懇願するくらいのアクションがあってもおかしくないと喚く。
「散々自分で自分の能力の高さアピールしてたじゃん」
1人で旅を続ければいいじゃないか。何も相容れない人間と一緒にいる必要はない。私達も可能な限りリスクを避けて冒険をしているのだ。いつ魔王の影響で凶悪化するかもしれないダンピールを側に置いておく理由もない。
「ぐっ……仕方があるまい。私の弱点を言うようで嫌だったのだが……」
表情が非常に悔しそうだ。極端に演技しているだけなのではないかと思わずにいられない。
「私は元来平和主義者なのもあって戦闘が得意ではないのだ。小型の魔物にギリギリ勝てる程度……とても魔王に近いエリアには近づけん」
「魔王の影響で強くなってるんじゃないの?」
先程、陽の光を克服しつつあると教えてくれたばかりだ。
「それがさっぱりなんだ。まぁそもそもそんな力は望んでいない。美しくないだろう?」
首を振って髪の毛をなびかせた。カッコつけているつもりらしい。
「なんで俺達なんだ?」
アーロンが至極真面目に尋ねる。確かに強いだけならなにも私達である必要はない。
「それは見た目が良いからに決まっているだろう?」
キョトンとした顔で返される。
「へ!?」
今なんて言った? と言うくらい予想の斜め上の答えだ。
「外見差別じゃん!」
「失敬な! 食事の好みの問題だ! 君達だって味の好みぐらいあるだろう!」
「なにそれ! ずるーい!」
ダンピール曰く、見た目が好みの人間の血の味は美味しく感じるそうだ。
「君達、私には到底及ばないがなかなかの外観だ。誇っていいぞ」
「喧しい! あんたなんてお断りよ!」
頭に血の上った私にアーロンがまぁまぁと声をかけた。
(あ! ちょっと同情してるな!?)
アーロンは絆されている。母親の話があったあたりで怪しいなとは思っていたのだ……。
「なんて言葉の通じない人間だ! もういい! 私は勝手についていくからな!」
「なにそれ!? 今までのやり取り意味ないじゃん!」
結局、アーロンの執り成しでローダスの街まで……ということに決まった。
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