第6話 勇者候補

「本当に魔物が多いわね」


 小さな鼠に似た魔物が一斉に飛び掛かってくる。アーロンは素早い斬撃で、私は剣に炎を纏わせて大ぶりをして焼き払った。


「だな。こりゃ本当に早く魔王をどうにかしねぇと……1000年前から対魔物の技術が進歩してるって言っても限度があるだろ」


 魔王がいるヴィルドバ山に近づくにつれ、魔物の数も強さも上がっていく。


「この魔物は売れない?」

「うーん……皮をはぐっつってもなぁ~これだけ小さいと」

「じゃあ他の魔物が食べに来ないように全部燃やしとこ」


 私達は快進撃を続けていた。即席パーティとは思えないほどのコンビネーションでありとあらゆる魔物を退治している。とは言え、あえて道をそれて討伐に出ることはなく、あくまで道中に出会った魔物だけが対象だ。


「それでも路銀に全く困らないくらい稼げてるなんて、魔王復活まではありえないことだぞ」


 干し肉を焚火で炙りながら寝支度を進める。この肉は昼間に魔物を討伐した場所からほど近い村の住人が報酬代わりにくれたものだ。


「ん! これ美味しい!」

「いい肉くれたんだな」


 私達とは別の冒険者勇者志望者に討伐の依頼をしたが、小物の魔物だからか断られたと話していた。味で感謝の度合いを感じ取る。


 魔物は小さいからと言って放置はできない。特に今は魔王の力の影響を受け、放置すればするほど凶暴凶悪になる可能性は高まる。人里近くに出没する魔物は例え弱くても積極的に討伐しなければならない。


「じゃあ先に寝ま~す」

「おーう。おやすみ~」


 野営の時はいつも交代で寝ていた。1人は火の番も兼ねている。魔物は夜行性のものが多い。テントの周りに防御魔法を張り巡らせてはいるが油断はしない。最初の一撃は防げても、集団で攻撃されたり、すぐに二撃目がくればお終いだ。


(とは言っても私の防御魔法はそんじょそこらの魔物じゃ破れないけどね~)


 それをアーロンもわかってはいるが、命は1つ。念には念をいれるのだ。出会った時からアーロンとは冒険に必要な価値観が近いのか、実にストレスの少ない生活を送っている。


(実家にいる感覚?)


 もちろん前世のだが。


「リリ! 起きろ!」


 自慢のテントでぐっすり眠っていたところを叩き起こされた。


「なに!?」

「来るぞ!」


 急な戦闘態勢だ。アーロンの言う通り、闇夜の中から足音が聞こえる。そして男の叫び声も。


「迎え撃とう! 金貨2枚テントがダメにされたら泣いちゃう!」

「そりゃそうだ!」


 2人とも声の方へ向かって木の上に飛び乗り、攻撃のタイミングをうかがう。


(来たっ! アシッドウルフだ!)


 3頭もいる。魔王の影響かどれも大きい。逃げているのは長髪と頬に傷のある男の2人組。おそらく昼間の鼠型の魔物討伐を断ったヤツらだろう。長髪の方が何度も魔法火炎弾を駆使して魔物のスピードを緩めようとしているが、上手くかわされあまり効果は出ていない。もう1人は剣も持たずにただ逃げ続けている。というか、すでに右手がない。


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 アシッドウルフが長髪の男にとびかかったその瞬間、アーロンが木から飛び降り首を切り落とした。続いて私が雷魔法で1頭の動きを止め、その間にもう1頭の胴体を半分にする。


「終わりだ」


 起き上がろうとする最後の1頭をアーロンが手早く始末した。


「お疲れ」

「こいつら、牙と爪は売れるんだけど運ぶのがな~」


 アシッドウルフは名の通り、狼型の魔物で、牙と爪に酸性の毒があるため嚙まれると厄介だ。わりとこの世界ではメジャーな魔物なので対策は色々あるのだが……。


 逃げてきた男達は2人ともへたりこんでいる。


「うわっ! アンタこれ、自分でやったの!?」


 腕のない剣士の傷跡を手当していてわかった。これは噛み傷じゃない。鋭い剣で斬り落としている。


「いや……兄貴が……うっ! ……すまねぇ……」


 兄貴とは先ほどの魔術師のことだろう。


「焚火はしてなかったの? アシッドウルフは極端に火を嫌うって知ってる?」

「もちろん……だけどアイツらお構いなしだった……しかも爪がかすっただけでどんどん酸が侵食してきてよ……」

「それで仕方なく斬ったのね。腕……」


 男はコクリと頷いた。痛みは引いたようだが、これでもう彼は勇者になることは出来ない。


(そういえば火炎弾にもビビらずに向かって来てた。こういう風に強化される場合もあるのか)


 いよいよ油断は出来ない。

 アーロンの方は長髪兄貴と一緒に彼らの荷物を取りに行き、それから先ほど倒したアシッドウルフの素材を剥ぎ取った。


 翌朝辿り着いた街で、アーロンは昨夜の魔物の素材を全て彼らに渡していた。


「た、助けてもらってそれは……」

「これからだって生活は続くんだ。あって困るもんでもねぇだろ」


 彼らの冒険はこれで終わり。だけどこれからも生きていかなければならない。勇者候補者が減った瞬間でもある。

 私達は手を振って、彼らは深く頭を下げての別れになった。


「あ……俺、勝手に……! すまん!」

「いいよいいよ。アーロンならそうするって思ってたし」


 昨晩はずっと神妙な顔をしていた。彼らに同情したのか、それとも未来の自分を重ねたのか。私だって他人事じゃないと改めて感じた。そういう旅をしている。


「いや! それでもちゃんと言うべきだった……リリの気持ちに甘えた行動だ……本当にごめん!」

「別にいいのに~……じゃあ今日の夕飯はアーロンの驕りで」

「任せろ!」


 久しぶりに大きな街だ。散策しながら、ここの名物は何だろうと食堂をのぞき込むのも楽しい。ローダスの街にも近づいているからか、冒険者も多く見かける。


(やっぱり単独って人はあまりいないのね)


 それだけ1人で旅するのはハードな世界ということか。2人組か3人組が多いが、まれに5人組なんてのもいる。まさに冒険者パーティ!


「以外と女もいるんだな~」

「そうね~王女と結婚できなくても一発で貴族に昇格だし。悪い話ではないわよね」


 魔王討伐の1番の賞品はやはり王女と結婚で王族入りではあるが、そのほかの副賞もなかなかいいものが取り揃えられているということだろう。


(これ、全員私の婿候補だと思うと笑える……って違う!)


 こいつらを蹴散らして私が勇者になりにきたのに。昨晩の彼らを見てつい弱気な気持ちが出てきてしまった。


 この街には1週間ほど滞在することになった。


「剣の手入れ、なかなか待ち時間があるわね……」

「ここでやっとかねぇと、ローダスまでは小さい街か村しかないって話だからな」


 武器屋の前は冒険者達でごった返していた。

 商売道具のメンテナンスは大事だ。戦闘の度に綺麗にしてきたつもりだが、プロの手入れに勝るものはないとずっと昔にベルフェンが言っていたことを思い出す。


「久しぶりに呑みに行くか」

「やったー! ここんとこ野営続いてたし!」


 この世界のお酒は美味しい。私はエールよりも果実酒の方が好みだったが、冒険者ぶりたかったので最初の1杯は必ずエールだった。


(会社の飲み会かっつーの!)


 なんて心の中でツッコミながらも今日もエールを注文した。


「美味しそう~!」


 店員はすぐに注文したものをテーブルに運んでくれた。エール2杯と小魚のフライだ。


「いっただきまーす!」

「嬉しそうに食うなぁ」


 そう言うアーロンもニコニコしている。やはり久しぶりのまともな食事だからだろう。


(野営ももう少し食事が充実すると違うんだろうけど)


 キャンプの知識がある人間がこの世界に転生するのを待つしかないだろうか。


「ここの美味しい!」

「酒がすすむな~」


 我々にしては珍しくアルコールの摂取量が多い夜だった。


「アレェ? お前、アーロンじゃねーか?」


 声をかけられるまで気が付かなかった。いつもだったら気が張っていて、こんな悪意を向けられていたらすぐに気が付き警戒したのに。私も、アーロンも。


「げっ!」


 珍しくアーロンが嫌そうな顔をする。


 その男は後ろに4人ものを付き従わせ、座っていた私達を偉そうに見下していた。


(ん……こいつどっかで……?)


 私の方もこの男に見覚えがある。だがどこの誰かは思い出せない。身なりも装備もいいので、少なくとも金持ちだろう。ということは、貴族出身の可能性が高い。……顔を隠したほうがいいだろうか。そんな判断がすぐに出来ないほど私は酒に飲まれていた。


「女と2人旅か~? ずいぶんいい身分だな~愛する王女様への裏切りにはなんねぇのか~?」


 下品な笑いだ。

 だがチラっと私の方を見て、急に頬を染めた。


「なんだ! 上玉じゃねぇか!!! おいお前、俺のパーティに入れてやる。今晩から俺の部屋に泊れ!」

「はぁ?」

「オイ!」


 とりあえずコイツが私を王女と気付いていないということだけはわかった。


「失礼だろブルーノ!」


 アーロンが頭の働かない私の代わりに怒ってくれているが、そんなことブルーノはお構いなしだ。


「俺はバーレ伯爵家の人間だぞ! 平民如きが俺に相手してもらえるんだ。感謝しろ」


(こいつダメだなぁ)


 私を見て貴族だともわからないとは。それほど私が冒険者の様相になったと喜ぶべきか?


「リリも貴族だぞ!」


 すかさずアーロンが私の追加情報を出す。それでアーロンは一瞬怯んだ。


「ど、どこの家だよ……お前ほどの器量なら知らないわけがねぇ」

「ん~秘密……だけどバーレ家よりは上よ。こんなことしてお父様と優秀なお兄様……ヘルマン様はさぞお嘆きになるでしょうね~」


 その瞬間、私の果実酒が入ったグラスが真っ二つに斬られた。


「兄貴の名前は出すんじゃねぇよ」


 これで脅しているつもりだろうか。


「アハ! アハハハハ!!! ブハッ! ゲボッゲボゲボ! む、むせた…!!! ウケる!!! しょ、しょぼすぎ……ッ!」


 ブルーノ・バーレ。伯爵家の問題児。次男坊。優秀な兄に何1つ叶わないので勇者になって家族をあっと言わせたいというところか。

 こいつは王宮主催の舞踏会で恐れ多くも私を口説いたことがある。今みたいに大笑いして追い返したが。


「なんだと!!?」


 顔を真っ赤にして小刻みに震える。後ろの仲間お付き達もムッとしていた。主人が馬鹿にされ憤慨している。


(あれ? 仲間と仲良くやってんだ)


 私は酒の影響か笑いが止まらない。それがさらに煽られていると感じるようでワーワー騒いでいた。


「だって! ナンパにしたってお粗末だしっ! 貴族アピールするくせに超優秀なお兄ちゃんの名前は出すなって意味不明〜!」

「確かにな」


 アーロンも酔っているからか、ひどく真面目にウンウンと頷くので、それがまた私のツボに入って笑い続けることになる。


「オイ! あんた達困るよ!」


 店員が騒ぎを止めるためにやってきた。どうやらこの手の騒ぎには慣れているようだ。


「表に出ろ! わからせてやる!」

「ブハハッ! わ、わからせてやるだって!」

「ぷっ」


 私に釣られらたのか周りも笑い始めた。どう考えても大物になれないやつの台詞だ。


 ご希望通り、店の前の広い通りに出る。


「手ぇ出さないでね」

「やり過ぎたら止めるぞ」


 それは必要かもしれない。いつもより細かいコントロールがきかなさそうだ。アーロンの方が酒が引き始めたのか冷静になってきていた。つまらない。


「後悔すんなよ!」


 怒りで震えるブルーノは、お構いなしに剣を抜いた。


 結果はお察しの通り、私は剣がなくても一発KOだ。拳を魔法で硬化してのアッパーカット。こっそりリーチも伸ばしていた。まあ私を舐めてくれたから綺麗に決まったのだが、デカい口叩くだけあって、そこまで弱いわけでもなさそうだ。


「ほら、あんた達も酔い覚ましの相手してよ」


 お付き4人に声をかけるが、口をアワアワさせるだけだった。


「弱い者イジメはダメだぞ」


 まだアーロンにも酒は残っているようだ。日頃ならそんな相手のプライドに障ることは口に出さない。


 伸びたブルーノを抱えて、彼等はいそいそと去って行った。


「はぁー! 楽しかった!」

 

 通行人達から、


「いい一発だったぞ〜」

「ねーちゃんカッコいい〜!」


 なんて声をかけられたので、


(やっぱ勇者は私じゃなきゃね)


 という認識を深める夜になったのだった。

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