第5話 道中
「荒れてるわね……」
「荒れてんなぁ……」
小さな村があるはずの場所だった。魔物が荒らした後が見受けられる。
「……死体がなくてよかった。どこかに逃げたのかしら」
「骨まで食べる魔物もいるんだ。なんとも言えねぇよ」
私達は次の目的地アメスの街まで向かっていた。途中まで馬車に乗せてくれた商人から最近魔物が現れたという話を聞き、人助け兼小遣い稼ぎのつもりでやってきたのだ。
「1000年前はまず植物型の魔物が魔王の影響を受けたって話だけど」
「確かに。ヴィルドバ山までまだまだあるのに」
魔王の影響は魔王に近ければ近いほど強くなる。その中でも植物型はいち早く強化されるという資料が残っているが、私が王宮にいた時点ではまだここまで影響はなかったはずだ。
魔物には種類があり、大きく分けて植物型、昆虫型、水生型、動物型、そして人型がいる。今回の植物型は細い蔦で生き物を捕食するという話だったが、今はまだその影を感じない。
「ちょっと探るわ」
「お! 探知魔法までできんのか!」
「まぁね〜」
私が地面に手をつくと、小さな魔法陣から根っこのような光があっちこちに伸びていく。
「あ」
すぐに探知魔法に
「アンタたち! ここに長居すると危ないぞ!」
男性がこっちこっちと半分崩れた建物の後ろから手招きしていた。
「日中はまだマシなんだが、日が沈むとあっという間に出てくるんだ」
ため息をつきながら魔物に荒らされた自分の村を悲しそうな目で見ていた。
「おじさんは何しにここに?」
「うちのばあちゃん用の薬をとりにな……ほら」
見せてくれた薬瓶の中には、なにやらブレンドされた薬草が詰められている。
どうやらこの村は珍しい薬草が採取できるエリアらしく、村人の多くがそれで生計を立てていたと教えてくれた。
「皆無事なのか?」
「ああ……家畜はやられちまったがな。村が襲われる少し前に変な男が現れて、早く逃げた方がいいって」
「なにそれ」
その変な男の言うことをアッサリ信じたのだろうか。私達が怪訝な顔をしているのに気が付いたのか、
「うちのばあちゃん、巫女の家系のせいか勘が鋭くってよ。村の皆もそれ知ってるし……ばあちゃんが逃げろって騒ぎ始めたから取り合えず逃げたらこれだ」
私の探知魔法では、村の中で鼠一匹ひっかからなかった。生き物の気配は皆無だ。これは正直あり得ない。魔物にも色々好みがあるが、ここを縄張りにしている魔物はどうやら肉であればなんでもいいらしい。
(第六感か……)
確かに、この世界では魔法があるのもあってか、こういった能力を持つ人間の話は頻繁に聞く。
「おじさんも勘がするどいの?」
「いいやサッパリ。だけどばあちゃんの力はやっぱ本物だな」
値踏みするように私達を見まわし始める。なんとも失礼だが、何やら期待に満ちた目をしているのであえて口にはしなかった。アーロンと目を合わせると、彼はなんなんだ? と戸惑っているだけだ。おじさんは主に腰についた剣を確認している。
「この村の救世主が来るってんで俺が行かされたんだ。ついでに薬瓶もとって来いってね」
タイミングよく現れたのはそんな理由だったのか。
彼らは今、少し離れた洞窟に魔物除けの薬草を張り巡らせて作った避難場所にいるそうだ。ただ、ずっとそこに篭っているわけにはいかない。村に戻る為には例の魔物の討伐が必須だった。だが、助けを呼べども、国も領地も他の魔物の討伐で手一杯。なかなか順番は回ってこない。そこにノコノコやってきたのが私達だったのだ。
「いやぁよかったよ! パッと見、勇者ごっこしてるお嬢様と顔がいいだけの護衛に見えたからさ!」
あぁよかったと胸をなでおろしていた。思ったことがそのまま口に出るタイプか?
「ちょっと! 言いたい放題じゃない! 助けるのやめるわよ!」
もちろん助ける気はある。アーロンと2人で決めたのだ。『助けられるものは助ける』と。単純に、魔王討伐の道中、手の届く範囲であれば
根本原因である魔王を倒してしまうのが何より早いが、かといって今まさに困っている人を見捨てられるタイプではないのだ。私も、アーロンも。
「またまた~そんな気ないくせに~」
よっぽど自分の祖母の勘というのを信用しているのか少しも心配していない。なんとも腹立たしいおじさんだ。
「もちろん謝礼も出す! 魔物の素材の買取もこの村でする! 悪いようにはしない」
「そんなの、おっさんが決めていいのか?」
アーロンは私のように気を悪くはしていないようだ。どうどう、と私を落ち着かせながら前に出てきた。
「大丈夫! だっておっさん、この村の代表だも~ん!」
「可愛い子ぶんなっ!」
思わずアーロンの後ろからツッコみを入れる。
結局おっさんの望み通り、今晩魔物を討伐することに決まった。
「孫が失礼を……来ていただいて感謝いたします」
孫と違って腰の低い老婆が深々と頭を下げた。先ほどまで受けていた対応とギャップがありすぎて恐縮する。
「いえいえ……ってそれも例の勘ですか?」
「これは祖母としての勘でございます。教育が足りませんで本当に申し訳ございません……コラあんたは! 笑ってないでお茶でも持ってきなさいっ!」
アハハと笑ってた村の代表は一喝された後急いで奥に引っ込んでいった。
「あんなのでも村の為にあっちこっち駆け回って、薬草の販売先も増えて村が豊かになって来たところだったんです」
すみません、と苦笑しながら周囲の人がフォローしていた。それなりに慕われてはいる人物のようだ。
(他人を自分のペースに巻き込むのはうまそうな人よね~)
さて、例の魔物については流石に情報収集は出来ていた。いざという時は村人達でどうにかするつもりだったのだ。
「よくいる蔦性植物の魔物が巨大化したもので間違いないです」
「ってことは、本体に近づければそれほど倒すのは難しくないわね」
この魔物は本体を倒さない限り何度でも蔦を復活させ、それを触手のように操り餌を狩る。
「蔦は日に日に太くなっています。おそらくそれが魔王の力を反映している場所かと」
「本体はおそらく村の北側にある森の奥……目視で確認できてはいませんが……」
「いや。そこまで検討が付いているのならやりやすい」
フムフムとアーロンは地図を見ながら頷いていた。
「よし。じゃあ分担だな。俺が蔦を引き付けてる間にリリが蔦をたどって行って本体を叩く。これでいいか?」
「意義なーし」
私は強い。だが実戦経験はないに等しい。それをアーロンに伝えると、特に驚くことなく、
『じゃあしばらくは俺が作戦たてるから、文句があれば言ってくれ』
とアッサリしたものだった。どうやら彼は最初からその程度のことはわかっていたそうだ。
『まあ実践なんて心配しなくてもいい。リリは強いよ。そういう動きしてるから』
『そ、そう?』
『リリだって俺が強いのわかるだろ? だから相棒にしてる』
『た、確かに……なんの疑問もなくアーロンの強さを信じてるとこある……』
『な? そんなもんだ。結構俺達相棒としての相性良いとも思うぜ』
(ヒャー! イケメンがそんな思わせぶりなこと言ったらアカーン!)
アーロンはモテる。顔がいいし、とても優しい。だが、いくら冒険者街でグラマラスな美女に誘われたとしても全く取り合わない。華麗にスルーするのだ。
『リディアナ様一筋だからな!』
と、清々しい笑顔で言われる度にこちらは胃が痛む思いがするのだった。
「満月ね」
この世界の夜は真っ暗だ。夜戦で月明かりは役に立つ。
今回は村人の力も借りアチコチに明かりを灯しているが、私が向かう予定の森の奥までは流石に準備できなかった。
「来るわよ」
2人とも腰から剣を抜いた。
「おっし。やるか!」
探知魔法に引っかかて30秒もしないうちに、勢いよく、そして真っ直ぐに太い蔦が我々めがけて伸びてきた。それをアーロンが一発で薙ぎ払う。
「左!」
「はいよ!」
蔦は1本ではない。村人の観測では最大5本ということだから、まだまだあるんだろう。私達を絡めとろうと斬られても斬られても再生し向かってくる。
「5本でた! 6本目には気をつけろよ!」
「行ってきまーす!!!」
足に風魔法でブーストをかけ一気に本体へ突き進む。5本の蔦を上手く切りそろえながら、私ではなく自分に集中させるアーロンの腕に感服しつつ、森の中の暗闇へと飛び込んだ。
(いる!)
本体の気配を確認した瞬間、ヒュンッと風を斬る音が聞こえた。
「うぁっ! あっぶな!」
右ストレートで6本目の蔦が殴り掛かってきた。アーロンの予想通りだ。
ザクっと気持ちいい音を立ててそれを右手の剣で斬り、そのまま左手を正面にいる本体へと向ける。
「バイバーイ!」
稲妻を纏った火球が、私の体の3倍はあるであろう、食虫植物のような魔物の真正面に大穴を開けた。鳴き声は聞こえない。ただクネクネとうねり、バタリと蔦を落とし動かなくなった。
「お見事!」
「いやいやそちらこそ~」
アーロンとお互いを褒めたたえあう。なんだかんだ初の共同討伐だ。お互い相手の実力が見込み以上だと確認できた。
「いや~ばあちゃんの勘は頼りになるなぁ」
「コラ! またアンタは!!!」
「イデェ!」
おっさんはバチンとおしりを杖で叩かれていた。ざまぁみろである。
村人達は我々の手際の良さを大袈裟に褒めてくれた後、約束通り報酬を払ってくれた。
(今世で初めてお金稼いだ!)
なんだか感慨深い。
村人がサクサクと魔物の解体作業をおこなっていた。実にスムーズだ。魔物の素材で色々と研究をすると教えてくれた。
「植物型の魔物は意外といい薬になったりするんですよ。特に魔王の影響を受けた奴は効能が出やすくって」
(なんにでもいい所を見出すもんねぇ)
何も薬は人間相手だけではない、魔物を遠ざけたり、魔物を倒す毒にもなったりするそうだ。
「これ! ばあちゃんの特製傷薬! めちゃくちゃ効くぞ」
翌日早く村を出る私達を、村人全員で送り出してくれた。少々照れ臭い。
「この村の危険を知らせてくれた男……おそらく貴女方にも縁があります」
「え……?」
そう言えばいたな、謎の男。魔物を倒した高揚感ですっかり忘れていた。
「それはいい縁か?」
アーロンは警戒しているのか少し表情が硬い。
「そこまでは……ですが大きな意味を持つと思います」
「そうか……忠告ありがとう」
今度は優しく微笑んだ。村の女性たちの頬がポッと赤くなっている。
(罪づくりな男だこと!)
「まぁそう心配すんな! 悪い奴じゃあなさそうだったからよ!」
「おっさんに言われるとそんな気がしてくるわ」
「だろ~!」
何やら謎の男と縁まで出来た初討伐は無事完了したのだった。
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