第4話 思い出

 王都の隣町、ネスアについた頃にはもう真っ暗になっていた。私はなんとか無事、王都を脱出することが出来たのだ。


「今から宿とれっかなぁ」


 あれからすぐに王都を出ることにアーロンは渋っていた。相棒になったとたん早速意見が割れるというスタートをきることに。だが、


『勇者は早い者勝ち!』 


 という言葉を鵜吞みにしたのか、それとも私の事情を察してくれたのか、急ぎ王都を出ることを承諾してくれた。


「とれなかったらどうなるの?」

「ま、その辺で野宿だな」

「なら早速あのテントが使えるわね!」

「お前……前向きだなぁ」


 呆れているのか面白がっているのかわからなかったが、無事宿は確保できた。


「……相部屋だけどいいよな?」


 しまった……と言わんばかりの気まずい顔でこちらを伺ってくる。


「今更!?」


 こんな状況になるのは2人で旅すると決めた昼間にわかっていそうなものだが、アーロンは全く考えていなかったようだ。私の方もアーロンに決してはないのを感じ取ったから一緒に旅することを同意している。


(この感じ……本当に私に気がないのね~)


 こんな美女を前にして失礼な! と思わなくもないが、こちらとしてはその方が気が楽だ。


「貴方は私に手を出さない。私も貴方に手を出さない。お互い目的地まで助け合う。それでいいわね?」

「あ、ああ! ごめん……ホント今更だな」


 男女のパーティはこの辺が面倒くさいところだ。


 宿の部屋はベッドが2つあるだけ。狭いが清潔感はある。アーロン曰く、安宿の中では高い方という部類の部屋らしい。宿屋の1階では旅人たちがまだ大宴会の真っ最中だが、私達は既に外の露店で夕食を買い込んでいた。


「じゃあ結界はりまーす」

「よろしく」


 私は扉の前に魔法陣を描く。それから窓にも。これは基本的な防御魔法で、魔法が使える者が最初に学ぶ実践的な呪文だ。


「やっぱ便利だよな~これだけで安眠度合いが全然違うしよ」


 これがアーロンが私と一緒に行動したがった理由の1つだ。これだけで旅の安全性

が大幅にアップする。


「この焼き串、ちょっと味が薄いわね」

「うわっ! リリ……それ高かっただろ……」


 私が取り出した香辛料を見てアーロンは目をしかめている。


「これだからお嬢様は……」

「なに!? 使わないの!?」

「いやいやいや! 失礼しました! いただきますっ!」


(こういうのは高いもんだと思ってたけど、ちょっと高すぎるやつだったのか……)


 店員に、『これをかければ大概のものは美味しくなる旅人の必需品』と言われて購入した。こういうものだと言われたら、市場のことをよく知らない私は、はいそうですかと買うしかないのだ……。


(こういう細かいところも教わっていかないと)


 道のりは長く険しそうだ。


(誰かと同じ空間で一緒に寝るのって久しぶり……)


 ベッドの中で目をつぶって思い出す。下の妹や弟が雷を恐れて私のベッドにもぐりこんできたのはいつだっただろうか。


『リディお姉様ならあの怖い教育係をやっつけてくれるんですもの……』


 何故父や母ではなく、私のところに来るか尋ねた時の答えだ。そう言って頼られるのは悪い気はしない。その時の恩があるからか、弟妹達は私のアレな行動も容認してくれていた。


「ねぇねぇまだ起きてる?」

「ん~?」


 なんだか修学旅行の気分だった。今更王都を出た実感が湧いて気分が高揚していて眠れない。アーロンも新たな旅立ちに少しは緊張もあるようで、ゴロリと転がってはいるが、まだまだ眠気は来ていないようだ。


「ちょっと込み入ったこと聞いてもいいかな?」

「おー。しばらく運命共同体だし、なんでもどーぞ」


 これは聞いておいた方がいいことだ。アーロンが魔王討伐にどれくらい本気かどうかは知っておきたい。


「アーロンは何で勇者になりたいの?」

「そりゃ~世界平和の為に決まってるだろ~?」


 答える気があるのかないのか、少しはぐらかすような言い方だ。


「なんで疑問形なのよ」


 そうして少し間を置いた後、衝撃の事実を私に告げる。


「……俺も他の勇者志望者と同じだ。リディアナ様と結婚したい」

「え!!!!?」

「……そんなに驚くことかよ」


 まだ出会ったばかりだが、その答えは意外だった。彼に抱くイメージに近いのは、先ほど疑問形で答えた世界平和の方がまだしっくりくる。


「王族の一員になりたいってこと?」

「いや……単純に惚れてる……リディアナ様に……」

「えぇ!!!!?」


(何!? どういうこと!?)


 いつの間に私はアーロンに惚れられてたんだ!? きっかけすらわからない。何しろ今日初めて会った人物だ。それも『リリ』として。


「昔な。俺、王都で今日パンを盗んでた子供達と同じような生活をしてたんだ」


 それからポツリ、ポツリと話し続ける。彼の両親は魔物の襲撃で亡くなってしまったらしい。


「ある日ついに捕まりそうになってさ……。その時颯爽と俺を助けてくれたのがリディアナ様だったんだ」


 こう、風の魔法で……っと、アーロンが暗闇のなかで腕を動かしているのがわかる。


「俺の腕をつかんで人ごみの中を走り抜けていってさ~あの後ろ姿、かっこよかったな」


(そんなことあったっけ!?)


「生きる為とはいえ、散々盗みをやってたからな。あの時捕まってたら多分今、腕はなくなってる」

「そ、そんなことが……あったん……だ……?」


 なんとか思い出そうとするが、記憶が曖昧だ。確かにアーロンの言う通り、私は幼い頃何度か城下街行ったことはある。周囲も頻繁に脱走を試みる私に根負けをして、1人で勝手に出かけるよりは……と、お忍びでの視察と言った名目で連れ出してくれた。


「その時はリディアナ様のお付きが上手く取り計らってくれてさ。団長……ベルフェン団長が小間使いとして雇ってくれて、剣も教えてくれて今があるんだ」

「へ、へぇ……」


(どうしよう!? マジで覚えてないっ!)


 だが時期はわかった。ベルフェンが私に付いていてくれたのは7歳前後。私は今世でちょっと早い反抗期の真っ最中。大人の記憶を持っているのに子供として生き、前世のような自由がない生活に鬱憤が溜まっていた。そしてあえて大人を困らせるようなことをしていたのだ。大人の記憶があるくせに……。


 そう。あの頃は、今よりあれこれ考えず、今以上に傍若無人に振舞っていた。


 ベルフェンは私に関わった大人の中ではで理解のある大人だった。最初に剣を教えてくれた人物でもある。だが同時に彼がいると、逃げ出したとしてもいつもアッサリと捕まってしまっていた。ベルフェンはいつも面白そうに私を見つけ出し、捕まえると嬉しそうに大笑いしていた。


 あの頃の事を懐かしく思い出す……なんてことはなく、ただただのたうち回りそうになる。

 

(肉体に精神が引っ張られてたのっ……)


 いや、実際はなら許されるという打算的な考えもあった。気まぐれで人助けをして後処理は周囲がやってくれていた。


(うわぁぁぁぁごめんなさいぃぃぃ穴があったら入りたいぃぃぃ)


 思わず頭を抱えて叫びたくなる。今世の黒歴史を低年齢のうちに作り上げていたことを知り、顔から火が吹き出そうだ。アーロンに表情を見られなくて本当によかった。この動揺を暗闇の中で隠すことができる。


「で、でもリディアナ様って以前は我儘王女っていう噂があったわよね?」


 あえて自分の評価を下げようと試みる。今からでも考え直してほしい。


「まあな。でも俺の見たリディアナ様は楽しそうに裏路地を走る綺麗な女の子だったんだ。そんで、気さくで優しくてカッコイイ女の子」


 照れるように、だが嬉しそうにアーロンは思い出を語る。


(いやぁぁぁぁぁ! 美化されてるっ!)


 噂など何一つ信じていないのだろう。罪悪感で潰れそうだ。思い出というのは美化されがちだが、今回も例に漏れない。


「語っちまったな……まあでも、俺は本気で魔王を倒すつもりだから。そういう意味ではリリとはライバルだけど、望むものが違うってわかってるからお互いやりやすいだろ?」


(……いや~それはどうかな~?)


 アーロンはリディアナとの結婚を望み、私は私と結婚する権利自由を得るつもりでいる。


「女領主ってこの国じゃあ珍しいもんな~でもリリには似合うと思う」


 どうやらアーロンは私が名誉の爵位欲しさに魔王討伐を果たそうとしていると思っているようだ。勘違いさせたまま放置した結果だろう。


「ハハ……」


 私は乾いた声がこだましながら夜は更けていった。

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