第3話 相棒
「助かったよ。高価な指輪、悪かったな」
「いーのいーの。そもそも私がやるべきことだし」
なんで? という表情で青年は頭を傾げた。だがそれに気が付かないフリをする。
(こういう問題は国を運営してる側がどうにかしなきゃねぇ)
なんて私の考えは、もちろんわかるわけがない。
「俺はアーロン。ちょっと前までベルフェン傭兵団にいたんだけど、今は冒険者だ」
流行りの勇者志望だよ、と少し照れたように笑っている。なかなかの好青年だ。ベルフェンと言えば、近衛兵団の団長を務めていた。私も一時期世話になっている。退職後傭兵団を作ったことは知っていたがまさかその関係者に会うとは。これも何かの縁だろうか。
「私はリ……リ……ッ」
(ヤバい! 名前考えてなかった!)
偽名くらい考えておけばよかったのに、そんなこと思いつきもしなかった。よって今急にしどろもどろになってしまっている。
「リリか。よろしくな!」
優しい微笑みだった。空のように淡い青色の瞳の持ち主だ。思わず見惚れてしまい、
(まぁそれでいいか!!!)
と満足気に頷いてしまう。
「で、リリはどこのお嬢様なんだ?」
「あら~やっぱりわかっちゃう~?」
結局一緒に旅支度の買い物をすることに。アーロンも同じく王都で準備を整えて魔王討伐に向かうつもりなのだ。彼もずっと傭兵団で暮らしていたので、1人旅は初めてで、一から全部揃えていた。出身も王都らしく、私の買い物も手伝ってくれた。店との交渉も手慣れたものだ。先ほどの道具屋の時のように吹っ掛けられることもない。
「さーて問題です。私はどこのご令嬢でしょうか~?」
何歳に見える? なんて新人に尋ねて困らせる会社の先輩のような質問返しをしてしまったが、正直誤魔化したいので仕方がない。
「リリくらい強い令嬢なんて噂になりそうなもんだけどなぁ」
「へぇ! わかるの!?」
強いと言われて気をよくしてしまった。ついついこの話題を続けてしまう。
「身のこなしがどう見ても令嬢の動きじゃねぇよ。で、どこなんだ?」
アハハと笑いながらアーロンは興味津々のようだ。
「……ま、どこぞの偉い人の子ってのだけは確かね」
視線をアッチの方に向けて鼻歌を歌う。
「あー言えない感じか」
「そ、そりゃそうよ」
少し残念そうだが、私が身元を明かせない……いや、明かしたくないと気が付き、これ以上追及してこなかった。
(な……なんていいヤツ……っ!)
もはや感動レベルだ。なんて善人がこの世界にはいるんだ。そう思うのはこれまで暮らしていた王宮で出会わなかったタイプだからだろう。あそこではいつだって腹の探り合いをしていた。
「リリはどのルートでヴィルドバ山まで行くつもりだ?」
「ローダスの街まで行って、そこから様子を見て山越えルートか、海で迂回していくか考えようかなって」
ヴィルドバ山までの道のりでは、現在、魔物の影響で使えないルートがいくつも出てきていた。だがローダスは大きな貿易都市だ。たくさんの街と道が繋がっているので、到着までに状況が変わったとしても選択肢が残っている可能性が高い。
「やっぱそれが確実か……できれば最短でヴィルドバ山まで行きたいんだけどな」
「第2騎士団が今そのルートで向かってるでしょ? どの道それじゃあ先越されちゃうじゃん」
(まあ騎士団が魔王を倒したらだけど……)
それが出来たら苦労はしない。だから私が魔王討伐の賞品になったのだから。
「それにあのルート、魔物がうじゃうじゃいるから1人じゃ厳しいでしょ」
それもあって騎士団が向かったのだ。途中の魔物討伐も任務の1つになっている。
「やっぱそうか~そうだよな~……」
アーロンも最初から答えはわかっていたのだが、なかなか諦められないルートだったようだ。第三者からの言葉でようやく自分を納得させていた。
「なぁもし騎士団が魔王を倒したら、王女様は誰と結婚することになるんだ?」
「えっ!!? えーっとそれは……」
自分の話が出て一瞬動揺してしまう。
「騎士団や冒険者パーティで魔王を討伐した場合はその中から王女が指名するのよ」
「へぇ~」
「へぇ~って、でかでかと掲示されてたじゃん」
(あっちこっちにね……)
おそらく父唯一の私への温情がこれだろう。複数人いた場合、選ぶのは私だ。
「いや、細かくごちゃごちゃ書いてるのは読んでなくてさ」
ちょっとばつが悪そうに頭をかきながら困ったような顔をしている。
「じゃあ女が討伐した場合は? この国、同性婚はダメだろう?」
「『大英雄』っていう称号と女貴族としての爵位と領地を与えられるわ」
「ふ~ん。リリはそれが狙いなのか?」
純粋な目で向けられる質問に思わずどもる。
「ま、まあ……そ、そんなとこね」
「貴族のお嬢様も色々大変なんだなぁ」
いったいアーロンの中で私はどんな設定になっているのか気になったが、藪蛇になるといけないので今は尋ねるのを我慢した。
裏道にある小さな噴水の側で、目の前をバタバタと小走りで憲兵が走っていた。先ほど私達がいた市場の方へ向かっている。
「今日は憲兵が多いな」
「どうしてかしらねぇ~」
我ながらなかなかのすっとぼけだ。
「じゃあ私、そろそろ王都を出ようかな。勇者は早い者勝ちだし」
「荷物は揃ったのか?」
「たぶんね!」
と、言いつつ鞄を開ける。これで大丈夫か不安なのだ。なんせ今世初めての1人旅。これも何かの縁だとごちゃごちゃ言い訳のようなことをしながら、アーロンに最終チェックをしてもらう。
「おぉこのテント! 金貨1枚はするだろ!? けどやっぱここまで軽量化できるなら俺も買おうかな……」
「え!?」
「俺だって傭兵団でそれなりに活躍してきたから蓄えぐらいある……」
「いやいやいや! 今このテントの金額なんて言った!?」
自分の顔が引きつるのがわかる。
「あー……デルダの道具屋で買っただろ」
少し気の毒そうにアーロンはこちらを見ていた。
「金貨2枚だったんだけど!?」
ぼったくりもいいところだ。年収分高く買わされた。そりゃああの店主がご機嫌になるはずだ。
(いや、別にこの世界の商品に定価があるわけじゃないけど! それでも相場ってもんはあるでしょ!?)
しかし悔しい。値切って買い物をして、自分やるじゃんすごいじゃんくらいに思っていたのが恥ずかしい。
(そのことアーロンに自慢しなくてよかった……!)
赤っ恥をかくところだった。
「悔しい~!!!」
だがこの世界にクーリングオフはない。
「あそこの店、取れるヤツからガッツリ取って、取れないヤツには安く売ってくれるんだよ」
苦笑しながら教えてくれた。
「……私がぼられた分は他の冒険者の為になってるってことね……」
あの店主からしてみたら鴨が葱を背負ってやって来たと思ったことだろう。
「まぁ……そうやって納得するしかねぇな」
ドンマイ、とばかりに背中をポンっと叩いてくれた。
(うぅ……イケメンの励ましは有難い……)
それでも落ち込む私を見て、
「なあ、よかったらローダスまで一緒に行かねぇか?」
「え?」
「あ! 別に嫌ならいいんだ! ただちょっと……世の中のことわかってるのかなぁって」
「言い方~!」
「わ、悪ぃっ!」
でもなんとも有難い申し出だ。
「さっきの買い物でも思ったけど、全然貴族っぽさが隠しきれてないからよ。……金があるのがバレバレというか……魔王討伐前にいらんところで消耗するのも本意じゃねぇだろ」
「……ライバルに手を貸すことになるのよ?」
私も素直じゃない。王族でありながらあまり善意というものに慣れていないせいだ。いつだって誰かの親切には裏がある世界で生きてきた。
「ま、俺もリリの力借りたいっての、正直あるんだ」
私に気を遣わせないためだろうか。ちょっとふざけたように話をつづけた。
「私の実力わかってる?」
「俺、その辺見抜くのには自信あるんだよ。それにリリはいいやつだし」
ちょっとお転婆が過ぎるけどな。と、ニカっと笑って手を前に出してきた。
(うぅっ優しさが染みる……)
「ありがと。よろしく……」
やっと素直に彼の手を取ることが出来た。
こうして私は出発前に、完璧な旅の装備と相棒を手にすることが出来たのだ。
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