第2話 旅立ち

 国は大変だと言うのに王都は賑やかだ。

 だが以前馬車の中から様子を伺った時よりも、冒険者や傭兵の姿をたくさん見かける。彼らは年齢や性別、身分も様々だ。武器屋や道具屋が客で溢れているのもわかった。

 なぜ私がまだ王都に残っているかというと……。


「いや~なかなかいい金額になったわ!」


 自分の髪を売り払ったのだ。

 腰まであった白銀の髪をバッサリと切り落とし、ショートボブになった。変装のために髪色も黒髪に変えたのでかなりのイメチェンだ。かつら店の店主は最初私が世間知らずと気づいたようで大銀貨5枚と言ってきたが、最終的に金貨2枚にまでなった。


『今をトキメク第1王女リディアナ様と同じ銀髪よ!? 話にならないわね! 別のところに持っていくわ!』


(そこまで世間知らずじゃないんだよ!)


 と言ったら大慌ての店主は結局4倍の値段を提示してきたのだ。一般の平民の1年の収入がだいたい金貨1枚程度という話を聞いたことがあるので、それなりの金額にはなった。

 だが私ももう少し気を引き締めねば。冒険者の装備くらいでは、私というオーラは隠しきれないらしい。


(さーてお次は……)


 キョロキョロと商店が連なる大通りの看板を眺める。……何がなんの店かイマイチわからない。


 私だって王族の端くれなので、それなりに教養は積んできたが、この世界の一般の暮らしの『実際の所』についてはよくわかっていない。

 慌てて城を飛び出してきたので、魔王を倒すまでどれだけ生活資金が必要かまで計算する時間はなかった。売れるものは売ってしまおうという作戦だ。毛髪なんかは王都が一番高く買い取ってくれるはずだ。

 それに変装にもなる。今は宝物庫からちょろまかした瞳の色を変える魔法薬で瞳の色を変えたので、あとはヘアスタイルを変えるのが一番お手軽な変装にはなるだろう。


(髪色も変えたし、他人の空似ってとこでしょ!)


 明らかに誰かを探している様子の憲兵がアチコチうろついているのを素知らぬ顔でやり過ごす。


 その後は誕生日にどこぞの国の王子が送って来た指輪や耳飾りを売り、私の後をつけてきたゴロツキを返り討ちにして慰謝料を請求した。


(路銀は多いにこしたことはないしね)


 旅に必要なものも買わなければいけない。残念ながらアイテムボックスはないので、大きな鞄に最小限のモノを詰め込む。とりあえず必要な冒険者の装備は、が集まる飲み屋で情報を集めた。


「王都は何かと高いけどな〜種類はあるし、最新の魔道具もあるから……予算に余裕があればここで揃えて行くことを勧めるぜ」


 結局教えてくれたのは唯一飲みつぶれていない飲み屋の店番だった。私の装具を見てそれなりに金は持っていると見当がついたのだろう。

 ついでにオススメの道具屋も聞けたので、すぐに行動する。会話の途中、憲兵が店に入ってきたのだ。


(こりゃさっさと王都を離れた方がいいわね)


 兵に混じって訓練を積んでいたので、王都で活動する兵の方が顔見知りが多い。


 飲み屋の店番オススメのデルダの道具屋は中心街から少し離れた入り組んだ道の途中にあったが、すぐに見つけられた。たくさんの冒険者が価格と商品を交互に睨めっこしていたのだ。


「いらっしゃい! それ、今なら安くしとくぜ! 金貨2枚でどうだい?」


(小型テントが金貨2枚!?)


 前世で持ち歩いていたエコバッグ程度の大きさにたたまれて、ケースに入れられた商品を眺めていると、店主デルダが早速営業をかけてきた。


「そりゃそのサイズまで小さくなるし、これからの季節だと防寒にもいい。魔王がいるヴィルドバ山周辺にゃ宿屋なんてないからな!」


(これ……私なら高い商品買うって思われてない?)


 溢れ出るこの高貴なオーラをいい加減どうにかしなれば、あっという間に金欠になってしまいそうだ。

 お金は有限である。ただの王族の娘ならそんなことは考えなかっただろうが、残念ながら私は前世の記憶がある。金は使えばなくなるのだ……。


「……なんで私が魔王を倒しに行くってわかったのよ」

「そりゃその剣、ミスリル製だろ?」


 道具屋の店主はニヤリと笑った。ガタイのいい彼は以前は冒険者で主に魔物を狩って生計を立てていたそうだ。

 ミスリルは高価だが、魔物との相性がとてもよく、通常の武器の5倍は有利だと言う戦士もいるくらいだった。今、勇者を目指す者達はこぞってミスリルの武器を購入していたのだ。


「じゃあそこの圧縮寝袋と小型ランタンと小型コンロと浄水カップオマケにつけてよ」

「ちょっとそりゃあ欲張り過ぎじゃねぇか!?」


 これは店主が正しい。オマケの3つで金貨1枚はする。


「ええ〜じゃあいくらならいいの〜?」


 結局、金貨2枚と大銀貨6枚で希望のものは全て買えた。


「しっかりしてんな〜」

「そりゃどうも」


 なんだかんだ言いつつ、ここまでの高額な品物が売れることはあまりあることでもないからか、店主もご機嫌だ。


「保存食ならアッチの道の奥にあるピューターの店が間違いなく旨い! 市場のすぐ近くだ。だが治安も悪くなってる辺りだから気をつけろよ」

「ありがと!」


(案外ちゃんと買い物も出来てるし、やるじゃん私!)


 王宮で生活していた私が、一般の買い物も問題なくできていることに安心した。イメージトレーニングはしていたが、こればっかりは実践しないとわからなかったからだ。


 道具屋からはいい情報も貰えた。食事の味も大事。野宿はできるだけ避けたいが冒険者になる以上しかたない。


(えーっと……乾パン、干し肉、チーズにナッツ類とドライフルーツも〜……調味料ってあるのかな)


 乾燥乾燥また乾燥。この世界の旅は大変だ。あちこちにコンビニがあるわけではない。準備も万全でなければ。

 私は失敗できない。勇者になれなければ私に自由はないのだから。


 置き手紙にはこう書いてきた。


『勇者が決まれば必ず帰ってきます』


 と。


 私は王女という立場で今まで生かされてきた。だから、もし私が勇者になれない時、王の言う通りどこぞの勇者と結婚する。その覚悟はしてきた。


(うわぁ〜やっぱ無理無理!!!)


 ならばやはりなんとしても私が魔王を倒すしかない。

 花嫁姿の自分を想像して身震いしながら、教えてもらった道を進むと、確かに先ほどまでとは周りの様子が変わってきた。明らかに浮浪者と思われる身なりの人間が増えている。


「コソ泥ども! 待てぇぇぇ!!!」


 目の前を小さな子供達がかけて行った後、それを追いかける若い男が。子供達は手にいっぱいパンを抱えていた。


(捕まっちゃう!)


 その時、ブロンドの青年がパン屋の男の前に現れた。


「おっと悪りぃな!」


 ワザとだとすぐにわかった。青年を避けようと右に左に体を出すパン屋と同じ動きを青年もしていたのだ。そして子供達が逃げ切ったとわかったところで、やっと道の端に移動した。


「テメェ! ワザとだろ!!!」

 

 パン屋は本気でキレている。青年は剣を持っていた。冒険者か傭兵だろう。それでも怒りをぶつけずにはいられないらしい。胸元に掴み掛かっている。


(小麦も高いままって聞くし、盗みを許せるわけないわよね……)


 作物は育つまで時間がかかる。つい最近まで魔物の猛攻で世界中作物を作るにも一苦労だったのだ。


 先ほどの青年もあまりのパン屋の剣幕にギョッとしていた。ここまで怒られるとは思ってなかったのだろう。


「どうしてくれんだ! こっちは大損害だぞ!!!」

「わ、悪かったって……」

「悪かったで済むか! まさかテメェ! あいつらの元締めじゃねーだろうな!? 誰か! 憲兵呼んでくれ!!!」

「まぁまぁまぁまぁ!」


 周囲もなんだなんだ? と集まってきていた。

 私はパン屋の怒りもブロンド青年の子供を庇った気持ちのどちらもわかった。いや、これは建前だな。


(あのイケメンと同じことやらなかった自分がムカつく!)


 もしあの子供達が捕まれば、酷い仕打ちを受けることがわかっている。前世のように人権なんて感覚はない。もちろん、子供かどうかも関係ない。泥棒への私的制裁があっても咎められる世界ではない。なのに動かなかった。盗みは悪いことだという前世の倫理観が全面に出ていたからだ。


(だからってあの子達が痛めつけられたら苦しいくせに……!)


 そんな場面に出会したらとても耐えられない。この世界の人間より自分が苦しむのは、それこそ前世の倫理観があるからだ。


(だったらやっぱり私が止めるべきだったんだ)


 自己嫌悪に陥る。前世がどうとか関係ない。今世の自分がどうしたいかで動かなければ。

 だから代わりに動いてくれた彼を私が庇う。


「あの子達の分は私が払うわ! どうか気を落ち着けて」

「あのなぁお嬢さん! こんなの1度許したら際限なく続くんだ! ほんの1回あんたが払ってくれたからってなんの解決にもならないんだよ!」


 真っ赤な顔で怒鳴りつけられた。


(ど正論〜!)


 そして耳が痛い。魔物によって家や仕事や家族を失った人達が王都に集まっているのはわかっていた。父も対策はしていたがなかなか現状に追いついていない、というのがまさに今証明された。


「……あなたのいう通りね。だから根本をどうにかしましょう。出来る限りのことを」


 そう言って中指にはめていた指輪を外す。貴金属はそれなりに持ってきた。小さいので持ち運びに便利だし、いざとなれば売れる。


「これを貴方に。かなりの価値よ。疑うならどこかで今から鑑定してもらってもかまわない」

「……。」


 宝石が嵌め込まれた指輪を見て、パン屋は思わず騒ぐのをやめてしまっていた。まさかあの浮浪児達の為にここまでするかと思っているのだ。


「貴方の選択肢は2つ。1つはこれを売って得た利益で今日のことを納得して、さらに温情を持って時々さっきの子供達にパンのをする」

「……もう1つは?」


 指輪から目を離さずにパン屋が尋ねた。


「明日の神殿の炊き出しに、私と同じ黒髪の女性がいるの。多分準備の手伝いをしていると思うわ。その人にその指輪を渡して、今日の話をして」

「それで?」

「指輪の持ち主が、どうにかして。と言っていたと伝えれば大丈夫」


 パン屋は無言だ。どちらにするか迷っているのだろうか。


「……神殿も今は大変と聞いてるぞ」


 青年が話に入ってくる。彼も現状はよく知っているのだろう。


「それでもやるべき人がやらなきゃね」


 私が教えた相手は、私の妹だ。宰相と結婚し、今は変装して慈善活動を頻繁に参加している。

 心根がとても優しいので、この話を聞けば出来る限りの対策はすぐに立ててくれるはずだ。


(丸投げして悪いけど……私は大元の大元、魔王を倒すから!)


 お互い得意分野で頑張ろう! と、ここにはいない妹に脳内で宣言する。


 パン屋は急に大人しくなり、これ以上は何も言わず神妙な顔をして去って行った。


「あのパン屋、炊き出しに行くだろうな」

「私もそう思うわ」


 青年とは気が合うようだ。イケメンと同じなのは嬉しい。

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