第16話 レモンケーキと紅茶と

「自分からレモンケーキを食べたいなんで初めてじゃない」

「いいや。そうかな」

その通りだ。自分からレモンケーキを食べたいと言ったことはない。

正確に言えば買いに行こうと言っただけで、食べたいと言ったことはまだない。


「私はコーヒーだけど、紅茶がいい?」

「僕は紅茶にするよ」

「まだコーヒー飲めないの?」

「飲めないわけじゃないさ。それにたまに飲んでいるじゃないか」

「そうだったかしら」

嘘だ。僕はコーヒーを毎日飲んでいる。

たまになんかじゃない。


「実家ではレモンケーキは仏壇に備えるお菓子さ」

「うちでもそうよ。こんなに好きなの私くらい」

「僕の家でもさ」


レモンケーキを彼女がコーヒーと一緒に飲んでいる。

レモンケーキを食べているのではない。

コーヒーの苦味に、レモンケーキが流されていく。


僕はレモンケーキを少しちぎった。

紅茶につけると、少しバターが水面に浮かんでくる。


僕はレモンケーキを頬張った。また一口頬張った。


きっとこれが最後のレモンケーキだろうと。

嘘だ。最後のレモンケーキだ。

それに紅茶も。

それに彼女も。


僕はレモンケーキを頬張った。また一口頬張った。

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