第10話 アメリカンピザ
高校時代の彼女は大人びていて、凛としていた。
大学は二年の時からボストンへと二年間の留学へと旅立った。
それまでが明確な関係でなかったが故、明文化された、わかりやすい約束も、絶対的な何かもなかった。
ふわふわとした不完全な思いが、ただそれは完全な恋心だったのだが、彷徨い、そして消えていった。
三回目のサークルのBBQから数ヶ月経った頃。
後輩ともまた特に明確な何かができるわけでもなく、19個目のレモンケーキを食べるわけでもなく過ごしていた。
彼女の手紙には毎回アメリカで食べた料理たちと、時たまその写真が入って送られてきた。
一人にはあまりに大きなサイズのピザと、彼女のルームメイトの写真。
”ジャンキーで美味しいです。ホームパーティーでみんなで作ったけど、初めての割には上出来じゃない?”
彼女は口語と文語ではあまりに人が変わる。
ツンツンした、イギリスにでもいたかのような話し口と、毒舌からは想像できない、お茶目で、可愛らしい文章だった。
アメリカンピザ。
薄くて、カロリーが高くて、ものすごく大きい。
彼女が言うにはオーブンで作るとすごく美味しいけど、フライパンでも作れなくもないそうだ。
これは作ってみたいが、いかんせん一人で食べるには大きすぎる。
テルを誘おうか、誰を誘おうか。
ふと後輩がよぎったがそれだけはできなかった。
大きめのフライパンは一人暮らしの小さなアパートには当然ない。
これじゃアメリカかぶれのピザだと思ったが、このためだけにフライパンを買うほどの料理好きでもない。
結局テルを誘いテルの彼女もくることになった。
それではせっかくお前が企画したのにアウェイだろうとテルが後輩も呼んでいた。
テルは知るよしもないのだが、このピザと彼女は絶対似合わなかった。
ピザに合わないと言うより、僕はこのピザと彼女を合わせたくなかった。
ただ料理が上手で、テルとも、僕とも、そしてテルの彼女とも仲がいいのは彼女だけだった。
それにテルは僕が後輩を狙っているのと勘違いしているのだろう。
「レコード持ってきたぞ」
「僕はジャズなんか聞かないさ」
「安心しろ。今日はロックだ」
「ロックなんて珍しいな。彼女の趣味か」
彼はシーと人差し指を口に当て、ウィンクした。
確かに彼女はロックもジャズも聴きそうにない。
彼が講義室でよく話しているあのジーンズを履いた子の趣味かと気づいたが口には出さなかった。
遊びすぎもよくないぞ。といえば彼はただ目の前にいる人間を幸せにするだけだといった。
こんなにだらしないやつじゃないのにな。
いやこのセリフは、先に彼に言われたものだった。
言い返すのはやめておこう。
「何静かになって。お前もそうだろ」
軽く肘で僕をこずく。
「ああ。そう言うわけでもないけどな」
「またまた色男は違うね」
「君こそ色男じゃないか」
「俺が色男か。まああってるかもな」
全く僕らは高校時代より退化してしまってないか。
大人になることが進化なのであれば、大人になどならなくてよかった。
午前11時。
男二人でホームパーティーをするには全く似つかわしくない。
というより似つかわしい時間などあるだろうか。
チャイムが鳴る。
二人は一緒にきた。
レシピは彼女からの手紙だ。
みんなの前に出すと後輩が言った。
「これって、テル先輩の学校のマドンナじゃないですか」
「あれ、言ったっけな」
「じゃあ先輩のマドンナでもありますよね」
「そりゃもう。マドンナだったよ」
「マドンナと喫茶店に行く、
「茶化すな、コーヒーも飲めない高校生の淡い青春だったさ」
「マドンナの彼氏だったんですか」
「テルがそういじるだけさ」
後輩の目はいつみても大きかった。
深淵のようにこちらを覗き込み、心臓を離さなかた。
冗談をまに受け、笑顔でいつも過ごしてる。
こんな都会が似合う子ではなかった。
「ベーキングパウダーの量は気をつけてくださいね。クリスピーじゃなくなります」
粉ぐらいはかれるさ。と言いながらもおそらく多すぎた。
しかし後輩はそれに気づいていない。
テルはこちらを気にせず、僕らなんて全く気にせず、彼女に腕を絡ませんがらトマトソースを煮込む。
薄く広げた生地にたっぷりのトマトソースとチーズ、そしてペパロニを乗せたら完成だ。
確かにこれはジャンキー美味しい。ホームパーティーにはぴったりの料理だ。
「この人、マドンナさんの彼氏ですか」
後輩がふと指差した写真には、彼女と身を寄せながらビールと共にピザを食べる、同年代のアジア人の顔があった。
「さあ、彼氏ぐらい向こうにいるかもな」
「手紙のやりとりはするのにあんまり詳しくないのね」
テルの彼女は時たま鋭い。
「内政不干渉さ」
僕はそう言ってピザをもう一口食べた。
なぜかニコリと微笑む後輩の瞳に映った自分にとてつもない嫌悪感を抱いた。
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