第9話 夏、花火、檸檬

浴衣を着て、人混みの中花火を見るなんて野暮なことはしなかった。

生意気と言われればそれまでだが、彼女の二階から二人きりの花火を見ていた。

レコードが奏でる音色は部屋を包み込み、もう冷めてしまった紅茶は花火を映していた。

彼女の横顔が、不定期に花火に照らされる。

珍しくクールな彼女が、興奮しているように思える。

話すことがないからか、花火に見入っているのか、雄弁な少年少女は、静かに部屋の中をこだまする音と同調した。


「紅茶、もう一杯入れようか」

花火が終わると感想も言わずに彼女はそう聞いてきた。

「ぬるめでお願い」

「紅茶は熱いお湯で入れなきゃ美味しくならないよ」

「なら構わないさ」

彼女が台所で紅茶を淹れている間、一人彼女の部屋を見渡した。


ベッドに机、本棚にレコードたち。

同年代の女子とは思えぬ部屋で、普段の彼女と同じように、女性といった方が正しかった。

それでも机にひっそりと置かれた昔の写真だけが女の子らしい彼女を記憶していた。


「その頃から美少女でしょ」

いつもの調子で笑いながら言う彼女に、そんなことより紅茶を飲もうといった。

「濁さないでよ」

「濁すのはお茶だけ」

「うまいこと言えてないよ」

二人して声を上げて笑った。

二人して。


「これレモンケーキ」

「本場広島土産か」

「よく覚えてるね。私が広島行ってたの」

「もちろん。記憶力はいいですから」

「お茶会ティーパーティーは忘れてたけどね」

忘れてなんかいないさ。と大きな声で言いたかったが、まあね。と流した。

珍しく彼女は深く追及しなかった。


レモンケーキと紅茶。

いかにも彼女らしい。

爽やかで、凛としてて、でもどこか一般的だ。


「せっかくのコーティングが台無しじゃないか」

「坊やのうちは甘いケーキしかお口に合わないのよ」


午後11時、太陽は沈み、彼女の部屋は街の明かりに照らされる。

どこか行くには遅い時間だが、なにもしないには早い時間だ。


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