第5話 掃除
酒臭いベットで起きて、もうとっくに昼だと言うのに、ヴィラの電気はつけられていない。
鏡で寝癖をなおし、顔を洗う。
「おはようございます」
朝に似合う元気な声で後輩が挨拶をした。
「一番乗りかと思ったら。起きるの早いね」
「掃除当番、気合い入りすぎですかね」
にっこりと笑う彼女の寝巻きから、いつもより少し日焼けした、それでも白い肌が太陽に照らされていた。
少し外でも散歩しようと浜まで二人で歩いた。
ヴィラのみんなが起きて、BBQの準備をするまでは掃除係に仕事はない。
「先輩ってなんでこの大学入ったんですか」
「読みたい本があってね」
「先輩はそうだな。ヘミングウェイとか?」
「僕はいつからそんなふうに映っているんだ。太宰さ」
そう苦笑いしながら答えると、太宰なんてどこでも読めるじゃないですかと後輩はこたえた。
「ヘミングウェイもさ」
そう答えると、確かにと言って、彼女は砂を軽く蹴り上げた。
ただ同じ大学で同じサークルの彼女ならわかっているだろうが、僕らの大学の生徒が一人の作者について、それも自殺した現代の作家などを掘り下げるほど勤勉ではない。
「早起きだとお腹が空くな」
「もうペコペコですよ」
「早起きは三文の徳なだんて、一体誰が言ったんだか」
「私は、先輩と二人で砂浜歩けてて楽しいですよ」
普段はそんなこと全く言わない後輩がそう言っているのを聞いて、彼女の顔を見ると、そう心底思っているのであろう瞳が僕を見つめた。
「僕もさ」
そう言って軽く砂を蹴飛ばした。
正午。
皆はBBQをしに浜まで出た。準備ができ、炭をおこして、本格的に始まるまではあと30分はあるだろう。
僕の頭はさっき後輩の見せた見たことのない黒い、ただどこまでも透明な目が支配していた。
「先輩どの部屋から片付けます?」
「一番昨日飲んでた部長の班の部屋からでいいんじゃないか」
そう言って二人で部屋のドアを開けて思い出した。
そうだ。掃除はこの光景を見なければいけないんだ。
薄っぺらい毛布はくちゃくちゃになって隅っこに置いてあった。
ベッドのシーツはシワだらけで、若干湿っていた。
「この部屋なんか湿っぽいですね」
「窓を開けずに寝たんじゃないかな。昨日の夜は扇風機だけでも涼しかったしね」
彼女は気づかないのだろうか。
シーツを広げて、二人で両端から整える。
彼女は気づいたようだ。
「静かなので、ラジオ流してもいいですか?」
もちろん。そう答えて僕はシーツを取り替えた。
...FM湘南...今日はサマーソングスペシャル...
...MCハマーがお送りします...
僕らは窓の外を見た。
ヴィラから浜までは100mもないが、BBQはヴィラよりももう少し東側の浜辺でやっているようだった。
「早く行きたいな」
「羨ましいです。でも終わったら食べれますよ」
「羨ましいからカーテンを閉めてもいいかい」
そんなにですか。と笑いながら彼女はいいですよ。と答えた。
カーテンを閉め終わると、彼女はドアを閉めた。
やっぱり彼女の瞳は透明だった。
いや彼女の瞳は暗くてよく見えない。
「先輩」
そう言って僕を見上げる。
暗いからわからなかったのではない。
大きな瞳は紛れもなく黒かった。
そしてこの時ばかりは彼女の目に白いところなどなかったのだ。
22回
さて、何の数字だったか。
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