第3話 廊下

次の週、彼女は何事もなかったかのように、僕に話しかけてきた。

いや何事もなかったのだが、あれはデートではないのか。

クラスはいつも通りで何ら変わりはない。

僕の心の中でマドンナと抜け駆けした罪悪感と、それに遥かに勝る優越感は、過去を思い出すと共に、隠したい恥じらいへと変わっていった。

僕と彼女が今日は暑いだの、今年は暑いだの、中身のない会話をしていると、テルが話しかけてきた。

普段は絶対聞かないのに、週末はなにしたと。

何の罪悪感もなく、話してきたのだろうが、それはあまりに難題だった。

「週末はなにしてたっけな」

「なに、一緒に喫茶店に行ったじゃん」

誤魔化す暇も無くすぐに彼女が答えた。

それも相手が悪い。クラスで一番明るくて、爽やかなテルにだ。

テルアキなのに、その笑顔からテルと呼ばれている彼にだ。

「あぁ、美味しいコーヒーだったよ」

「おい、珍しくお二人さんデートかよ」

混じりっ気もなく笑顔で聞いてくるテルに僕の心臓は分かりやすく鼓動した。

「デートじゃないさ。きちんと文学について語り合ってたんだ」

「私はデートだと思ってたみたいだけど違うのね」

「デートだったら文学についてなんて語り合わないさ」

「デートだからコーヒーを飲んだのかと思ったのに」

「いつもコーヒーなんて飲まないよな?」

テルも彼女に同調して僕に波状攻撃を仕掛けてくる。

この二人さてはデキてるな?と勘繰らざるを得ないほど素晴らしい連携だった。

「カフェと言ったらコーヒーだろ。誰と行こうとカフェではコーヒーだ」

「あそこはよ」

彼女はあの日と同じように笑いながら言ってきた。

「これ以上は聞かないほうがいいみたいだな」

テルは満面の笑みでそう言いながら、僕たちの肩を軽く叩いた。

「ティーパーティーはなくなったんだ。だからこれ以上詮索してもなにもないさ」

テルは何のことか分からず僕の顔を覗き込んだが、彼女はそうね。残念。と言って席へと戻っていった。


午後3時。

ホームルームも終わり掃除の時間が始まる。

ほうきをはきながら、廊下を歩く。

「お掃除お疲れ様」

「いつもはそんなこと絶対に言わないのにどうしたんだよ」

少し声が上帰りながらもそう答えると、労いの言葉を言っちゃダメ?

と爽やかに返してきた。

「そんなこと言ってないだろ。ありがとう」

彼女は親指を立てながら口角を上げた。

「お茶会ティーパーティー根に持ってる?」

「根に持ってなんかないさ。でも僕もいいレコードを買ってね。その時一緒に聞こうと思ったんだけど残念だよ」

「あらお茶会ティーパーティーは中止だけど、音楽会レコードパーティーは中止にした覚えはないわよ」

「うちは弟がいるから無理さ」

彼女は僕の答えを知っていたかのようにお得意の笑みを浮かべて、レコードプレイヤーはうちにもあるよと言ってきた。

「それなら決まりだ。コーヒー豆でも持って行こうか」

「あるならそれでいいわよ。でも美味しい紅茶がうちにあるけど」

「それならそっちだ。コーヒーはカフェに限るからね」

「「あら、喫茶店よ」」

彼女は僕が被せてきたことに少し驚いたような顔を浮かべた。

「それじゃあレコード喫茶楽しみにしてる」

「夏休みにね」


気温32℃

屋内とはいえ、体からは汗が流れていた。

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