第六話 破滅
骸骨を抱いてステップを踏むエリザに、まだ人間としての姿を保つロルフとゲルトは手拍子を添えた。
「まだまだ、これくらいの人数では寂しいですわ。さあ!」
エリザがうながすと、大食堂の扉が開いて新たな人々が現れた。
「クリューガー殿! バッハ!」
二人とも婚礼に参加するような盛装で、襟元にはヤブランを一枝さしていた。
「私の体は一つしかないから、ハインツの隣にならんで座っていてくださいな」
クリューガー達は黙ってそのとおりにした。あまりにもナンセンスな事態に、ハインツは喋るも動くもままならなくなった。
「元はといえば、あなたの生まれがいけなかったのですよ」
マクシミリアンの骸骨と踊りながら、吟遊詩人のようにエリザは語った。
「生まれだと?」
やっと口だけが自由になった。少なくともハインツはそう思った。
「そうですとも、テオドールぼっちゃま」
テオドールはマクシミリアンの三男で、とうに亡くなっている。
「俺はハインツだ。間違えるな」
「それはあなたが自分でつけた名前です。素敵なお名前ですね。さ、ローテ子爵様、疲れたでしょう。交代しますわね」
マクシミリアンは骸骨のまま席にもどり、今度はロルフの腕を握った。ロルフもたちまち骸骨と化し、父と同じようにエリザの相手をさせられた。
「ハインツ、いえ、テオドール。あなたのお母様は修道院の尼僧です。つまり、お父上のお手がついたのです。そして、ロルフが結婚してからしばらくして、ロルフの奥方に毒殺されたのですよ。あなた自身が。……うーん、ロルフは内気すぎてダンスの相手はつとまらないわね」
「なにを馬鹿な。魔法よりもっと酷いたわごとだ」
一刀両断のつもりのハインツだった。エリザはロルフを席にもどし、ゲルトを三番目の骸骨に選んだ。
「本来なら、あなたはなにも知らずに修道士として一生を終えるはずだった。でも、ゲルトが地区司祭になったせいで皆が困ったんです。だってゲルトは口が軽いですし。あなたが事実を知ったら皆が面倒ですし」
「ふざけるな!」
「あなたのお母様は、あなたが成人する前に病気で亡くなっていました。……あらゲルト、もう足腰がたたないの? 美食のやりすぎかしらね」
ゲルトもまた席にもどされた。エリザはテーブルを回りこみ、バッハの間近に顔を寄せた。
「バッハ君。君は誰?」
わざとらしくエリザは声を潜めた。
「僕はハインツ・フォン・ローテです」
かしこまってバッハは答えた。
「おいっ! しっかりしろ!」
エリザはにこにこしながらバッハからはなれ、クリューガーの顔を横から覗きこんだ。
「クリューガー様。あなたはどなた?」
「私はハインツ・フォン・ローテだ」
「クリューガー殿まで!」
「おほほほほほほ! あははははは!」
さも愉快そうに笑いながら、エリザはハインツの背後にたった。そして、細くてしなやかな両腕をハインツの両脇に座すバッハとクリューガーの肩にかけた。案に相違して、二人は骸骨にはならなかった。その代わりに、ただ消えた。もはや呆然とする他ないハインツの背後で、エリザは彼の首筋に唇が届く寸前のところまで顔を近づけた。
「さ、そろそろ思いだしてきたでしょう」
嫌でもそれが頭の中でよみがえった。修道院に差しいれられた菓子を食べ、のたうち回る自分。
慌てて飛んできたテルカンプ修道院長。医務室で横になり、苦しむハインツに誰かがささやききかける。自分の出生の秘密、そして復讐の意図を。
そうだ、テルカンプ院長は知っていて黙っていた! 自分の母親も見殺しにした! ならば目には目を、だ! ……いや、それはいけない! 悪魔の誘惑だ! 屈せずただ死をうけいれる。それでこそ天国で神が迎えて下さると、ハインツは考えた。
「とても面倒な子だったわ、テオドール君は。だからね、テオドール君の良識と優しさを引きはなして、残りの部分だけとお話したの」
「やめろ」
「それがハインツ、あなたよ。ちなみに良識はクリューガー様で、優しさはバッハ君ね。いま、あなたの心の中で、二人とも消えたわ。これでローテ家はあなたのものよ。さ、お祝いに踊りましょう」
「やめろ! やめろーっ!」
エリザの左手がハインツの左頬を薄くなでた。ハインツは骸骨にはならなかった。
その代わり、屋敷も父や兄の骸骨もまとめて消えた。彼はエリザとともに森にいた。
昨日……いや、昨日かどうかもはや疑わしいが……迷いこんだ森。あの屋敷もあったが朽ち果て崩れかかっており、辛うじてハインツが叩いた玄関口のノッカーだけが原型を保っていた。
エリザはハインツの手を引いて戸口へ歩き、ノッカーを叩いた。すぐにドアが開き、骸骨と化したままのテルカンプが二人をむこうがわに招いた。
二人が中に入ると、そこは室内ではなく古い墓地だった。そちこちの墓石の隙間からヤブランが咲いている。
「じゃあ、手を取ってくださいな」
「嫌だ!」
「もうあなたの頼みは聞いたでしょう? なら私の頼みも聞かないと。踊るだけですし」
「うるさい! 俺を放っておいてくれ!」
「テオドール、聞きわけが悪いぞ」
テルカンプがさとすようにたしなめた。
「もういい! 許す! みんな許すから元にもどせ! 俺は死んでも構わない!」
どさっ。暗闇のなかで、なにか湿った塊が自分の口を塞いだ。
背中もまた、似たような塊を押し当てられている。慌てて払おうとしたものの、両腕はぴくりとも動かない。逃げだそうにも、足まで駄目だ。
また塊。今度は自分の胸を打った。苦しい。重くて息ができない。
せめて必死にもがこうとするうち、口に塊の一部が入った。土だ。吐きだしたいが口も動かず、土は喉を塞ぎつつあった。
「兄弟よ、許してくれ。お前の死と引きかえに、我が修道院は子爵様から格別のご喜捨を頂戴できる。エリザ様がわざわざ書面にしてくださった」
頭上からそんな声がした。
「せめて、母親と同じ場所に葬ろう」
また別な声がする。
「我が子テオドールよ、汝の死は我らの生に結びつき、永遠の安らぎをえる」
これははっきりわかる。テルカンプ院長の声だ。
「最後のひとかけは私がおこないますわ。さようなら、愛しい義理の甥」
エリザの台詞とともに、シャベルから落とされた土が完全にテオドール……即ちハインツの遺体をおおいかくした。
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