第十二話 合体

 いまだにひざまづいたままのヤコブの首を、剣はまるで透明な兵士の手にあるかのように一閃してはねた。


「私は、自力では元どおりになれない。器がいる。だが、どれほど理想的な器であれもはや完全な悪魔にはなれない」

「じゃあ……全部……無駄じゃないか……」

「お前と会い、お前の才能を磨いて悟ったのだ。人間と合体し、魂の一部に干渉し続けるのもまた一興と。お前はあらゆる意味で完璧だ。生け贄もでそろった」

「なにから……なにまで……あんたの仕こみ……か……」

「少しだけちがう。お前はここで、私を拒絶してもなんら差し障りない。むしろ、キリスト教徒としては……どれほど不信心であれ……まっとうだろう」

「ク……ソ……くら……え」

「もう時間がないぞ。それとも司祭でも呼ぶか?」


 バオベは楽しそうにいたぶった。


「どの……みち……俺は……俺でなくなる……んだろう……?」

「ところがそうはならない。だいいち、私がお前を完全にのっとろうものならたちまち天使がやってきて退治されてしまう。つまり、私はあくまでお前のごく一部だ。めだたないよう、潜在意識に隠れる」

「……」


 フェリスは、二十年と少々の人生を頭の中でめまぐるしく思い返した。こんなときに、一番不愉快な義父の姿が心に浮かんだ。


 父と子と聖霊? それこそクソくらえだ。


「合体……しろ……あんたの……いうとおり……なら」

「そう答えると思っていたよ」


 フェリスの傷がまたたく間に塞がった。血の気が抜けかけた顔色も元のように回復する。


「肉体的には問題なくなっただろう? もっとも、合体したらこんな芸当はできなくなるからそのつもりでな」

「これからどうするんだ?」

「服を一枚残らずぬいで、両手両足を地面につけろ」

「なに!?」

「いまさら恥ずかしがることもなかろう。ただの儀式だ。卑俗な男色ではない」


 ごくっと唾を飲み、フェリスはバオベの要求を満たした。


 バオベもまた、全裸となった。腰から下は男性だが、胸にはやや小さいながらもはっきりと女性の乳房があった。下着や上着で隠せなくはないが、初めてあらわになった。


 フェリスのまうしろに、バオベは両膝を折って地面につけた。両手でフェリスの腰を掴み、そのままずぶずぶとフェリスの体内へ溶けこむように侵入していく。


「うぐぐぐっ! ああっああーっ!」


 全身がとろけそうな、甘美でうずくような快感がフェリスを襲った。このまま永遠に味わいたいとすら思った。しかし、その味わいはすぐに終わった。


 全裸のまま、フェリスは両手を地面からあげて膝をたてた。


 まさに生まれ変わった彼の耳には、森に息づく葉の一枚一枚が畏怖と歓迎に満ちた囁きを口にしているように聞こえた。


 脱いでいた服を着て、バオベが残した馬にまたがったフェリスは泉をあとにした。


 もうキリスト教など怖くない。

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