第十一話 崇拝

 タキピオ達を見送った翌日。


 フェリスは、街にあるバオベの事務所にきていた。


 二回目の訪問とあって、それほど緊張する必要はないはず……だが。


 ドアを開けてまっさきに把握させられたのは、机を挟んで話をしている三人の人々だった。一人はバオベで、戸口に顔をむけている。だから、まっさきに対面した。


 残る二人は、バオベとは反対に背中を見せていた。鎧兜から兵士なのは明らかで、顔をこちらへ曲げた。タキピオがいつも連れていた連中だ。


「ちょうどよかった。フェリス、参事会員のタキピオ氏とマッサージ師のハンナ氏が今朝から行方不明だそうだ。なにか知らないか?」


 フェリスがうしろ手にドアを閉めるが早いか、バオベは挨拶抜きで本題にはいった。


「ゆうべ俺の小屋にきたよ」


 どうせ調べればはっきりすることだし、バオベにまで隠す必要はなかった。兵士達はあからさまに驚いている。当然の反応ではあった。


「具体的には?」


 フェリスを敷居のうえにたたせたまま、バオベは重ねて尋ねた。フェリス本人も含めて、誰も彼に失礼だとは思ってないようだ。


「夕方くらいかな。雷雨のせいで、雨宿りにきた。ちょっと話をして、雨があがったらすぐ帰ったよ」


 兵士達が眉根によせたシワの具合から、二人が無事に帰宅してないのはなんとなく推し量れた。


「どんな話をしていたか、思いだせるか?」


 バオベからの三つめの質問には、さすがに迷いがあった。いくらなんでもおおっぴらに打ち明けていいことではない。


 それでいて、二人が行方不明であるなら間接的にせよ重大な情報ではあった。


「二人は結婚するってさ」


 ややあって、フェリスは決断した。バオベは思わず笑いかけて危うく口元を引きしめ、兵士達はぽかんと口を開けた。


「少なくとも、一方がもう一方をむりやり誘拐したのではなさそうだな。あと、私が無関係なのも理解できただろう」


 ここで初めて、バオベが兵士達にいい渡した。


「お手間をわずらわせて申し訳ない。ただ、今後のなりゆきによってはまた話を聞かせていただく」


 兵士の一人がしっかりと釘を刺した。


「それで結構」


 バオベはそっけなく同意した。


「では」


 二人が回れ右したので、フェリスは脇によけた。


「つまらない時間をすごさせたな」


 兵士達の足音が遠ざかってから、バオベはおもむろに詫びた。


「いやぁ、大したことないよ」

「では出発しよう」

「出発!?」


 首をかしげるフェリスに対し、バオベは席からたちあがった。


「タキピオ達のいる場所へだ。詳細は道すがら話す。馬には乗れるか?」

「いや……経験がない」

「なら私のうしろに横座りになれ。それほど時間はかからない」

「そ、そうか」


 フェリスとしては、バオベを信用するしかない。


 事務所をでて、裏にあるうまやまで二人で歩いた。屋根の下では獣の臭いがたちこめており、栗毛の馬が一頭飼われていた。


「ちょっと待っていろ」


 バオベは馬防柵の下をくぐり、横の壁にかかっていた鞍や手綱を馬につけた。


「柵を外してくれ。重いものじゃないから手でずらせばいい」

「ああ」


 フェリスはバオベの頼みを果たした。バオベは、手綱を引いてゆっくりと馬を路上にだした。


「まず私が乗る」


 宣言してから、バオベはひらりと馬にまたがった。


「手を貸すから、私の背中にしがみつきながら登れ」

「よし」


 いささか恐ろしくはあったが、思っていたよりうまくいった。横座りながらも。


「私の腰に両手を回せ。飛ばしはしないが自分で自分の手をしっかり握れ」

「わかった」


 準備万端、バオベは馬の脇腹を軽く蹴った。馬は黙って歩き始めた。


「ヤコブの狼藉ろうぜきについて、まず謝っておこう」


 街の中央広場を抜けながら、バオベは背中ごしに伝えてきた。フェリスは、バオベの背にしがみつく格好になっているので小声でも差し支えない。


「あれはいったいなんだったんだ?」

「一口にいえば、暴走だ」

「暴走?」

「お前の作品が、私の予想を超えて強力すぎたということだ。いや、お前はなんら悪くない」

「そういえば、ヤコブは俺の作品にやたらとこだわっていたけど……あいつは別に、彫刻家になりたいわけじゃないだろう?」

「冷静に考えればな。奴は短期間に様々な要素を詰めこみすぎた」

「なんだよ、その要素って」

「メメント・モリをアンチキリスト教の観点から解釈するための要素だ」

「なあんだ。結局カルトか。だから歯どめが……」

「ヤコブは私を崇拝していた」


 馬は北門を抜けた。かつてヤコブがアジ演説をしていた地点を横に、橋を渡る。


「はあああぁぁぁっ!?」


 バオベがなにをいっているのか、理解するのに数十秒かかってしまった。


「ヤコブにとっては、私が神なのだ。正確には、神々の世界に至る窓口だ」


 街をあとにし、次第に木が密集しだした道を馬は進んだ。


「いやいやいや。おかしいだろそれ。百歩譲ってバオベさんがカルトの司祭だっていうんなら……あ、ごめん」

「構わない。誰しもそう考えるだろう。ヤコブが漁師というのは説明したな?」

「まあ……なんとなく覚えてるよ」

「彼は、まだ若いころに海で嵐にあい難破した。そのせいで、雷を病的に怖がっている」

「そうか、それであんなに……」

「難破した先で、彼は無人島に漂着した。数日遅れてライオン頭も同じようにたどりついた」

「……」


 自分の小屋が、バオベからは一顧だにされないまますぎさっていく。


「二人は食料を求めて島をくまなく探検した。そして、何百年も前に封印された祠を見つけた」

「祠……じゃあ、二人は……」


 バオベを促すのは、できれば避けたかった。ことここに至ってそれは不可能だった。


「封印を解いた。それは、キリスト教徒から異端とされ追放された『悪魔』の祠だったのだ」


 馬はいつしか、泉を目前にしていた。いつもフェリスが水をみ、ハンナがヤブランを摘んでいた泉が。


 泉のそばには、むかって右側に三本の柱が横一列にたっていた。いずれも粗末な木製で、ただやたらに頑丈そうではあった。


 柱の内の二本にはそれぞれ、タキピオとハンナが縛りつけられていた。二人とも首筋をざっくり斬り開かれ、爪先まで血まみれだ。ふつうはうなだれている形になるはずだが、胴体とはまた別のロープで頭を柱に固定されている。とどめといわんばかりに、柱と泉の間にはフェリスが納品した彫刻が地面に置いてあった。


「な、なんなんだこれは!」


 仰天して馬から降りたフェリスは、速やかにタキピオ達の具合をたしかめた。二人とも死んでいる。


「バオベさん! すぐ兵士達に……」


 柱から数歩はなれた木陰で、ガサッと音がした。フェリスが警戒する暇もなく、ヤコブが血まみれな剣を振りあげて斬りかかった。まうしろへ飛びずさったフェリスだが、泉へ背中から飛びこんだていになった。


 水底に手をつき、水面へ顔をだした瞬間。タキピオ達さながらに、フェリスもヤコブの剣で首筋を斬りつけられた。


「ぎゃあーっ!」


 吹きでる血を右手で抑え、左手をあやふやに宙へかざしながらフェリスは膝をついた。血にも水にもまみれて無残な姿だ。


「そこまでだ」


 馬上の一声で、バオベはヤコブを制止した。


「バオベ様! これであなたの願いはすべて叶えました! 私こそが! 私こそがあなたの一番の崇拝者ですよね!?」


 ヤコブは恭しく片膝をついてお辞儀し、剣を地面に置いた。


「認めよう」


 バオベは馬から降りた。


 そのとき、フェリスから滴り地面を流れた血がバオベの足にまでたどりついた。


 血の流れがひとりでに動き、バオベの影のように変化した。コウモリのごとき翼を背中からはやし、頭の両脇から角が生え、ひづめのついた山羊の脚と乳房のついたむきだしの胸が。血でできた真っ赤な影が。


 ついで、ヤコブの背が不自然に盛りあがった。びりびりと衣服が裂け、バオベの影に似た……しかし、それよりはずっと小ぶりな翼がのびる。額にも、親指ほどの角が新たにのびた。


「ああっ……バオベ様……バオベ様!」


 血の影を別とするなら、バオベはまだちゃんとした人間の姿を保っている。ヤコブはバオベの影が覆う地面に対してひざまづき、影の中でも唇に当たる部分にキスまでした。


「フェリスよ、まだお前は死なない。祠から解き放たれた私は、ライオン頭やヤコブのような同志を募り失われた力を回復させようとしている」

「タ、タキピオさんや……ハンナさんは……関係ないだろ……」


 虫の息で、フェリスはどうにか反論した。


「お前に土産として渡した人形は、タキピオが錬金術として作った。ギリシャの貴族が所有していたのは事実だが、偽の魂を吹きこんだのは彼だ」

「ま、まさか……」

「そのまさかだ。私が錬金術を手ほどきした。ハンナへの想いも、ヤブラン汁に私がもたらした愛の薬を混ぜて飲ませることで結実した」

「あの巻物は……!」

「タキピオが執筆した」

「な……なぜ……どうして……」

「見極めるためだ」


 バオベがかすかに右手をかざすと、ヤコブが地面に置いた剣がひとりでに宙に浮いた。

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