第七話 消息

 人形の『死』から数日。習作……埋葬されるライオン頭は少しずつ形になってきていた。


 自分の経歴にせよ人形の遺した言葉にせよ、もう迷う必要はない。ノミと金槌だけが雄弁に彼の思いを刻んでいった。


「フェリスさん?」


 ドアごしに呼びかける、聞きおぼえのある男の声がフェリスの手をとめた。


 タキピオなのは察しがつく。当人の立場からしても知りあったなりゆきからしても、ろくな用件でないのは嫌でも想像できた。


 舌打ちしたくなるのを我慢して、フェリスは作業台から離れた。ドアの南京錠を外し、招かれざる客をたしかめる。


 いつものように、兵士を二人連れたタキピオが軒先にたっていた。


「お忙しいところ申し訳ありません」


 まず儀礼的な口上からタキピオは始めた。


「なんの用です?」


 同じくらい儀礼的にフェリスは聞いた。


「先日、我々が拘束した異端でヤコブという男がいましてね。ご承知かもしれませんが、ここであなたをわずらわせたライオン頭の仲間らしいのです」

「はぁ」


 ご承知もなにも、大音声で同志と語っていた。


「ヤコブはここに現れてないですか?」

「きてないです」


 事実を述べるのが最善であり、それ以外の手だてはない。


「ヤコブは行商人のバオベ氏が身元を引き受けていますが、バオベ氏はここにきましたか?」

「何日か前にきましたよ」


 雲ゆきの怪しさを顔にださないように、フェリスは意識した。


「どんな話をしましたか?」

「私を気づかって土産をくれました。ヤブランの根を」

「ヤブラン?」

「その辺に生えてる草花ですよ。煎じると滋養強壮になります」


 実のところ、フェリスはすでに試していた。薬効のありがたみを実感している。


「そうですか。実は、ヤコブが街で目撃されたというお話が寄せられていましてね。バオベ氏が保護して当面は禁足させていたはずなのですが。バオベ氏もどこにいったかわからない状態なんです」

「ええっ!?」


 ヤコブはともかく、バオベまで問題に巻きこまれているのなら無視できない。


「まだ、これといった騒ぎにはなっていません。そこはご理解をお願いします。ただ、なにかありましたらこちらまでお知らせくださると幸いです」

「はい、わかりました」

「ありがとうございます。では」


 タキピオが兵士達とともに退場すると、なんともいえないがらんとした虚しさが押しよせた。


 制作中のライオン頭は、タキピオ達からは見えなかったはずだ。とはいえ危ないところだった。もし目のあたりにされたら、どんな疑いをかけられたことか。


 一方で、安堵した気持ちが制作に必要な緊張感を削いでしまったのも事実。


 気分転換が必要ということだろう。バオベだって、まだなにかしらの被害を受けたときまったわけではない。


 ちょうど、水が乏しくなってきたところでもあった。


 水瓶を担いで、フェリスは小屋をでた。抜け目なくドアの外側には南京錠をかけておく。


 泉にいくと、一人の女がほとりにいた。少女というほどではないが、フェリスよりもずっと若い。華奢きゃしゃな体格をしている反面、腕の筋肉だけはなかなかに盛りあがっていた。


 彼女が水汲みにきたのではないのは、肩からさげたずだ袋からも明らかだ。かがんでヤブランを摘んでいる。


 気分転換にきたとはいえ、作品で頭がいっぱいのフェリスは特に関心を持たなかった。お互い邪魔にならないよう距離をとってから、片膝をついて水瓶を満たし始める。


 女は手をとめてフェリスを見た。彼女が軽く会釈してきたので、フェリスも返礼した。


「あのう、失礼ですがこの辺には詳しいんですか?」


 女の方から話しかけてきた。


「いや、大した知識はないね」


 水瓶に水が入っていく、ごぼごぼという音がフェリスの返事に混ざった。


「そうですか。あの、私はハンナといいます。近くの街でマッサージを開業したんですけど、あのっ決して嫌らしいサービスをするお店じゃなくて……」

「はぁ」


 我ながら、気の抜けた反応になった。


「こ、ここにパンフレットもありますから……よろしければおいでください」


 ハンナはずだ袋から一枚の紙をだした。


「どうも」


 フェリスは、水瓶からいったん手を離した。紙を受けとり、たたんでポケットに納める。


「そ、それじゃ。お店の場所とか、細かいことはパンフレットにありますから」

「どうも」


 フェリスが同じ台詞を二度重ねると、ハンナは回れ右して去った。


 マッサージ。店によっては、売春の建前にしているところもある。ハンナの主張からして、言葉どおりの施術をしてくれるのだろう。


 職業がら、フェリスも節々の痛みと無縁ではいられない。ヤコブ云々は気になるが、街へいく機会があれば試すのも悪くなさそうだ。


 水瓶の重さを肩に食いこませつつ、フェリスもまた泉を背にした。


 さらに数週間がすぎた。あれからタキピオもバオベも、他の誰だろうと小屋にきた人間はいなかった。彼自身、小屋からでるときといったら泉で水汲みか畑の世話ついでの水浴びくらいだった。


 完成した習作……『横たわる異端』と題したが……を、フェリスは右手にとってためつすがめつした。


 満足のいく仕あがりではある。ライオン頭の全身から、自殺までして我が意を貫いた妄執ぶりが漂ってきそうだ。かつ、彼が願ってやまなかったであろう死後の栄光をも示した。歪み、曲がりくねった栄光だが。


 作業台に作品を置いてすぐ、ドアがノックされた。


「フェリス、いるか?」

「バオベさん!」


 椅子からたつのももどかしく、フェリスは戸口まで大股で歩みよって鍵を開けた。


 タキピオのもたらしたいきさつが不安でないといえば嘘になる。しかし、ここまで平穏無事ならまず安心していいだろうという意識が強く働いた。


「久しぶりだな」

「ああ、本当に! ちょうど習作が完成したところなんだよ! 入ってくれ!」

「うむ」


 バオベが腰を落ちつけるが早いか、フェリスは作品を渡した。


「素晴らしい。習作にしておくのが惜しいくらいだ」

「『横たわる異端』って名づけたんだ」

「たしかに、異端という言葉がぴたり当てはまるな」


 両手で『横たわる異端』を包むように持ちながら、バオベはうなずいた。


 バオベに認められ、フェリスはようやくにも晴れ晴れした栄光を実感した。同時に、タキピオとのいきさつを打ち明けるかどうかに頭を悩ませはじめた。


 本来なら、埋葬という演出を手にしたきっかけなども詳しく語ってさらなる賛辞を耳にしたいというのに。


「お前の成長ぶりが実感できて大いに喜ばしい」

「ヤブランのお陰かもね」


 タキピオの件から少しでも長い間遠ざかりたくて、フェリスは軽口を叩いた。


「あれはよく効くだろう。街でもはやっている」

「ひょっとして、バオベさんがはやらせたとか?」

「むろん。目をつけた商品の人気を高めるのも商売の一環だ」


 泉であったハンナも、そうした流れを意識したのだろう。


「ところで、今回の用件はまさに作品の依頼となる」

「依頼……?」

「お前にしか頼めない。埋葬される修道士の石像が欲しい。墓までは詳しく作る必要はない。あくまで修道士が中心だ」

「もちろん、二つ返事だよ。でも……どうしてまたそんな題材にしたいんだ?」


 十字架にかけられたイエスや、処女懐胎した聖母マリアといった方向が主流なことくらいフェリスにもわかる。


「お前はメメント・モリを掴みつつある。それは『埋葬』という形で今回の習作となった。ならば、お前の才能を伸ばすには次なる『埋葬』がまず必要不可欠だ」


 異論のあろうはずがない。


「そして、イエスやマリアではなく無名の修道士こそがそれにふさわしいのだ。いってみれば、建物を基礎から一段一段積んでいくようなものだ」

「じゃあ、次の次の依頼は司祭の埋葬かな?」


 バオベが、少なくとも経済的には頼もしい庇護者なのは感謝している。依頼の内容も理にかなっている。にもかかわらず、フェリスはタキピオからもたらされた話からくる不安を感じずにはいられなかった。

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