第56話 くるくる大作戦!!

 その空間に踏み込むと、その瞬間にそれまでとは空気が一変する。

 これまでに何度も経験している肌に突き刺さるような緊迫した空気。

 間違いなくここはボス部屋だ。


 今まで1人でボスと戦ったことはない。

 当然素手なんてありえない。

 そのうち動画映えするからやってみようか?なんて案が出ているけど、それは十分に勝てる相手に武器を使っての話だ。

 今回は何が出てくるのか、どんな強さなのかすらも分からない相手に素手で挑もうとしている。

 これが脳筋の空だったらやる気満々で殴りかかっていきそうなもんだけど、お清楚な私といたしましては、お魔物さまを素手でぶん殴るなんて野蛮な真似はご遠慮したいところでありんすえ。


 部屋全体が地震のように揺れ出した。

 どこから来る?上か下か?


 ――下か!!


 部屋の中央の地面が爆発したように弾けた。


「うえぇぇ……」


 土くれが舞い散る中、地面から現れたのは巨大なネズミ。

 象よりもまだ二回りは大きいサイズの真っ黒な色をしたネズミの魔物、ジャイアントキラーマウス。

 マズイ!!ここで最悪な相手に当たってしまった!!


 小鳥遊家地下9階にいたボスで、前に撮影とは別の特訓で戦ったことがある魔物。

 その時は阿須奈がサポートしてくれながら、残りの3人で戦ったから勝つことが出来たけど、こいつのマズイ能力は――


「チュイィィィィィ!!」


 咆哮とも遠吠えとも聞こえる鳴き声。

 その声に反応してジャイアントキラーマウスの周辺に大型犬サイズのネズミが次々と出現する。

 これがこいつの特殊能力。

 眷属であるキラーマウスを召喚することが出来るのだ。

 これが今の私にとって最悪の理由。

 猟犬が狩りをするかのように私目掛けて走ってくるキラーマウス。その数20匹。

 ここはだだっぴろい空間で天井も高い。つまり壁や天井を使って回避することも出来ない。

 私は援護も無く武器も無い状態で、真正面からこいつらを倒しながらボスまで辿り着かないといけないのだ。

 せめて一対一で戦えるボスにしてほしかったー。


「それでも!!」


 やるしかないのだ!!

 私は正面からキラーマウスに当たるのを避けるため、ボスを旋回するように右手側へと走り出す。

 それを追うように進路を変更するキラーラビットたち。私の後を群れをなして追いかけてくる。

 キラーラビット自体の戦闘力はそれほど高くはないが、その走る速度はこれまで出会ってきた魔物の中でも一、二を争うほどの速さだ。普通に走っていても振り切ることは出来ない。

 それでも一気に囲まれる危険は無くなった。

 ちらりとジャイアントキラーマウスの方を見ると、ちゃんと私の動きに合わせて向きを変えている。

 ちっ!隙をついて一気に倒すとはいかないか。

 このままボスに向かえば挟み撃ちに遭う。

 正直なところ今の私が素手で戦ったとして、ジャイアントキラーマウスとの力差がどんなもんなのかも分からない、そもそも一気に決められるという保証はない。

 一撃で倒せない場合、どうしてもキラーマウスたちに背後から襲われるのは間違いないだろう。

 そして一気に全身をガジガジと……いやあぁぁぁ!!それだけは絶対に嫌!!

 思い出せ!あの時はどうやって倒した?どれくらいの強さだった?


 召喚されたキラーマウス、阿須奈が出てくるそばから倒していった。

 ジャイアントキラーマウス、3人でよってたかってボコボコにした。


 思い出した意味!!

 全くの無意味!!

 何の参考にもならないじゃん!!


 とりあえず、この雑魚から片づけるしかない!!


「うりゃあぁぁぁ!!」


 急反転して向かってくるキラーマウスに突進する。

 すれ違いざまに殴り、蹴り、尻尾を掴んでぶん回す!!


「りんおねえちゃんかっこいいー!!」


 鏡花ちゃんの声援が聞こえる。

 鈴原鈴のやる気メーターが上昇した。


「とりゃとりゃとりゃー!!」


 キラーマウスの集団を突っ切った時には、残った敵は僅かに3匹。

 これなら振り切ってボスに行ける!!


「チュイィィィィィ!!」


 わけないですよね。はい知ってました。


 数が減れば次を呼び出すのがジャイアントキラーマウス。

 新たに20匹のキラーマウスが召喚されて、これで合計23匹。

 増えとる!!

 結果増えとる!!


 前から新手の20匹。後ろには最初の3匹。


「んー。こっち」


 再び方向転換。

 最初の3匹を一気に蹴り飛ばして、そのままダッシュで逃げる。

 追いかけてくる20匹のキラーマウス。

 キリがない!!

 エンドレスマウス!!


 ダンジョンの中ということで、これくらいで疲れることはないけど、だからといって同じことを繰り返していても仕方ないし、そのうち限界はくる。

 あ、そうだ!!

 このままボスの周りを徐々に距離を詰めながら回っていけば……。


 逃げる私。

 追いかけてくるネズミたち。

 くるくるくるくる――

 周回を重ねるにつれて少しずつ縮まってくるボスとの距離。

 いける!!あと少し近づけば一気にいける!!

 くるくるくるくる――

 あと少し、私が踏み込むのが先か、ネズミ共々バターになってしまうのが先か。


「ここだあぁぁぁ!!」


 一気に飛び込める距離になった瞬間――


「チュイィィィィィ!!」


 ジャイアントキラーマウスの放った火炎弾が私の顔の真横を通り抜けていった。


 そうですよね。

 そりゃあボスなんだから、本体にも攻撃力ありますよね。

 抜けていった火炎弾は遠くの壁に当たり、大きな爆発を起こしていた。

 やばぁ……。

 当たったら熱いだけじゃ済まないねあれ。

 今はポーションも無いんだから怪我するわけにいかないんだった……。


 私はジャイアントキラーマウスから距離をとって、再びくるくると周回を始めた。



 本当にバターみたいに溶けちゃうとこだった……。

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