第47話 シュール&シュール

 応接室のソファーに意識を失い項垂れている向田たち4人。

 そして部屋の中には騒ぎに駆けつけてきた黒服の人たち。

 彼らは持っていた拳銃を床に置いて、全員が両手を上げている。


――こちょこちょこちょこちょ。


「ひっ!ひゃ!や、やめ!」

「ゆめちゃん、悪戯しないの」

「はーい」


 あの時、部屋の中で何が起こったのか、私には全く理解出来ていない。

 阿須奈の叫び声に反射的にしゃがんで耳を塞いだ。そしたらもの凄い音がして、気が付いたら向田たちがのびていた。

 その音で慌てて駆けこんできた人たちも、小鳥遊父を見るなりその場にへたり込んでしまった。


 向田との最後の会話――


『向田さん。あなたは探索者がダンジョン内でしか力を発揮できない。そう思っていらっしゃるんですか?』


 あれは……そういうことなんだろう。

 きっとお父さんはダンジョンの外でも、ダンジョンの中――家の中でいる時と同じ能力を発揮することが出来るんだろう。

 世界ランキング4位。

 それもおそらく、単独としての能力であれば2位に値する驚異的な力が。


 そのからくりは分からない。

 向田もそのことを知らないようだった。

 なら、世界でそのことを知っている人間は、おそらく小鳥遊家の人たちだけなんだろうな。

 でも、私たちが訊いたら簡単に教えてくれるんだろうなあ。

 絶対に訊かないでおこう。


「う…うう……」


 4人の中で最初に意識を取り戻したのは栗花落さんのようだった。

 どうなったかは分からないけど、吹っ飛んでいた3人に対して、栗花落さんだけはその場に倒れていたので、彼女だけ被害が少なかったのかもしれない。


「栗花落さん。目が覚めましたか?」


 東海林先生が栗花落さんの前にしゃがんで話しかける。


「……え?……あなたは――ヒッ!!」


 栗花落さんは、東海林先生の後ろにいた小鳥遊父の姿に気付いて小さな悲鳴を上げた。


「大丈夫です。落ち着いてください」

「え?!――あ?――は、はい!」


 ピンとバネ仕掛けの人形のように立ち上がり直立する栗花落さん。

 今のあの人の情緒はぐちゃぐちゃなんだろうな。


「申し訳ありません。あなたまで巻き込むつもりはなかったのです……」


 そう言って大きな身体を折り曲げて頭を下げる小鳥遊父。

 一瞬、頭からかじりにいったのかと思ったのは内緒。


「いえ、その、こちらこそ向田が馬鹿な真似をいたしまして申し訳ありませんでした!!」


 今度は栗花落さんが頭を下げる。


「いえそんな。こちらこそ――」


「キリが無いから止めて!」


 珍しく。とても珍しく阿須奈がツッコみを入れて2人のぺこぺこ合戦を止めた。


「そういうの良いから!恥ずかしい……」


「いや、しかし、こういうのはちゃんとだな――」


「お父さん!!」

「分かった!分かったから!」


 完全に思春期の娘とその父親の図だね。

 周りに落ちている拳銃とか万歳してる黒服とかが無ければだけど。


「あなたたちは持ち場に戻りなさい。ここで起きたことは他言無用で。責任は私と向田がとります」


 黒服たちに気付いた栗花落さんがそう言うと、黒服たちは逃げるように部屋を出て行った。

 おい、拳銃忘れてるぞ。



 ソファに座る私たち。

 肩を竦めて、全身を震わせながら私たちに囲まれるように床に正座している向田。

 その後ろで蔑んだ目で見下ろしている栗花落さん。


 うーん。シュール。


「では改めてお話をしましょうか。ねえ向田さん?」


 こういう時に一番サドっ気を出すのはやはりというか、みらんだった。


「あ、あの…話…とは……」


――パン!


 栗花落さんが向田の頭をしばいた。

 一応、向田が上司なんだよね?


「あなたが話があるからわざわざ来ていただいているんでしょう!」


「は、はい!」


 整髪料で固めていたオールバックが今や見る影もなくぼさぼさになっている。

 あ、10円ハゲ。

 苦労はしてるんだね。


「私たちの出す条件は、これまで通りのカレンダーズの活動を認めること。そしてその内容に関しては一切詮索しないこと。政府の公認として認めることと、私たちの活動の援助を行うこと。これが最低条件よ」


 それはここに来る前に話し合って決めていたこと。

 さっきの向田の脅しは、この内容に抵触するので受け入れられない。


「あなたたちはどんなことを私たちに望むのかしら?」


「……我々は、皆さんのお力をダンジョン資源の発掘および新階層の踏破にご助力いただければと思っております。それがこちらの希望です」


「そう。それで私たちの条件は飲めるの?」


「それだけならば全然問題ありません。むしろ我々としても、元よりご協力するつもりでおりましたので……」


「ならどうして脅しなんてかけてきたのかしら?普通に交渉で折り合う話だったんじゃないの?」


「あの、それは……」


 高校生に詰め寄られる大の大人。

 うーん。これもシュール。

 向田、流れ落ちるくらい汗かいてきてるけど大丈夫そ?


「少しでもこちらの都合よく利用できればなどと愚考いたした結果でして……」


「本当にそれだけ?」


 それは今まで聞いたことないほどにドスの聞いた宇賀神先輩の声だった。


「本当に、それだけのつもりであんなことをしたのですか?」


「あの……宇賀神先輩?」


 隣にいた空がどうしたどうしたとばかりの声を出す。

 向田の顔色は最高潮に真っ青になり、流れ落ちる汗が本当に滝のようだ。

 水分補給大事。


「カレンダーズを自分たちの、いいえ、自分の手の内に収めようとしたこと。それは本当にそんなことの為にやろうとしたことなのかと聞いているんですよ」


「あ、あの、違うんです会長!!」


 会長は私だ。

 どう見ても宇賀神先輩が会長に見えるけどもね!


 宇賀神先輩の表情は明らかに怒っている。この場にいる誰よりも怒っている。

 前も官僚に対して良いイメージを持って無さそうなことを言っていたけど、それと何か関係があるのかな?


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