第46話 真の世界ランカー

「お話になりませんな。あなたのような人物に大事な娘をお預けするわけにはいきません」


 そう言って立ち上がる小鳥遊父。

 怒っているのがその気配からでもはっきりと伝わってくる。


「……保護者の方からのご了承は得られませんか。では、顧問である東海林教諭はどうですか?」


 突然話を向けられた東海林先生は、伸びていた背筋が更に伸びたかのようにビクッとした。


「あ、あの、私は――」


 普段の凛として怖そうな雰囲気はどこいった?

 明日から少し接しやすくなった気がする。


「――やはり私も、大事な生徒をお任せすることには賛成できかねます……」


「そうですか……。カレンダーズの皆さんは未成年ですので、お2人が許可されないというのであれば、我々も無理にというわけにはまいりません。これでも法治国家の公務員ですので」


 意外とすんなりと引き下がって拍子抜けした。

 脅迫してくるくらいだから、もっと食い下がってくるのだと思ったのに。

 でもこれだと、さっきの無断でダンジョンで撮影していたことはどうなるの?私たち逮捕されちゃうとか?

 それに目的は国の公認で活動することだったのに、みんなはどう思っているんだろう?


「無断でダンジョンでの撮影をしていた件について訊きたいことがあるのでしたら、直接私のところに訊きにこられるといい。今日はこれで失礼します」


 そう言うと無言で私たちに目配せをする小鳥遊父。

 あれ?今は怒って……ない?


「……私どもといたしましては、そのことは本当はどうでも良いことなのですよ。国が管理していない未登録のダンジョンが多くあることは承知しておりますので」


 私たちが立ち上がると、向田さんは独り言のように話し出した。


「全てを管理してしまえば、そこに入る探索者が決まってしまう。先ほど言ったような3流ともいえないような有象無象の探索者ばかりが増えてしまう……。しかし!それを放っておけば、無茶をして探索をする者が出てくるでしょう?危険を顧みず、命を惜しまないような探索者が」


「……誤って子供が入り込んでしまうこともあるんじゃないですか?」


 歩き出そうとしていた小鳥遊父が反応する。


「……非公式ではありますが――昨年1年で未登録のダンジョン内で命を落とした、または行方不明になったと思われる人の数は3000人に及びます。もちろんその中には子供も含まれております」


「それが分かっていて――」


「それでもです!!」


 大声で小鳥遊父の言葉を遮る。


「それでも、我々は世界と戦える探索者を見つけ出さなければならないのです!冷酷だと、血も涙もない奴だと思われても構わない!そうしないと、この日本の未来がないのですよ!」


 そう叫んだ向田さんの息は荒い。肩も大きく揺れている。

 雰囲気からして、普段はそこまで感情を表に出さない人なのかもしれない。それが急にこんなに叫んだもんだから疲れたんだね。

 ストレスを貯めるのはよくないよ。


「――あなたとはとことん合わないようだ。失礼します」


 そんな向田さんを冷たい目で見下ろす小鳥遊父。

 もう絵面が覇王とモブキャラだよ。


 私たちも小鳥遊父について歩き出す。

 これで良いのか?と思ってみんなの顔を見てみるが、みんなの目も泳いでいた。

 特に阿須奈は泣きそうな顔で父親を見ている。こんな感じのお父さんを見るのは初めてなのかもしれない。

 まあ、普段はあんなユルユルでガバガバだからねえ。


「――帰るのはお待ちいただけますか?」


 出口に向かう私たちの背後から向田さんの声がする。

 そして、ドアのところにいた黒服2人がドアの前に立ちふさがる。


 私が振り向いて向田さんを見ると――


「ふぅ――やはりあなたとは考え方が合わない」


「同じ考えの人間ばかりでは面白くないでしょう?」


 そう言って笑った向田さんの手には拳銃が握られていた。


「向田さん!それは――」


「治外法権、という言葉はご存じでしょう。銃の所持の認められていない日本において、警察でも自衛隊でもない我々が銃を所持している。それがどういう意味を持つのか――ご理解いただけますかな?」


 栗花落さんの静止の声が聞こえないかのように話を続ける向田さん。

 その銃口は小鳥遊父に向いている。


「――きゃ!」


 ゆめちゃんが小さな悲鳴を上げた。

 振り向くと、ドアのところにいた黒服2人も銃を私たちに向けていた。


「ここに国の所属となって活動をすることへの契約書があります。こちらにサインをいただければ手荒な真似などいたしません。ここは世界一安全な国、日本なのですからね」


 人に銃を向けておいてどの口がそんなことを言っているのか。

 私は銃への恐怖よりも怒りが湧いてきた。

 くそっ!ここがダンジョンの中だったら、ぎったんぎったんにしてやるのに!


「我々に協力していただけるのでしたら、カレンダーズの活動の全面的なサポートをお約束いたします。お望みであれば、初の政府公認アイドルグループとして認定いたします。現在ファンにもてはやされている大した成果も上げていない3流アイドル探索者たちなんか、あなたたちがその気になれば相手にもならないでしょう。どうです?国民的な――いや、世界に羽ばたくスターになれるんですよ?」


 おや?こちらから言ってないのに、向こうから目的に近づいてきたぞ?

 でも、逆に私たちが離れていっているというね。


「銃を突きつけた相手に言うセリフとは思えませんね」


「それだけこちらも本気でカレンダーズを引き入れたいのです。私は本気なのですよ」


 そう言うとカチリと銃の蹄鉄が下ろされた音がした。


「もしここがダンジョンの中でしたら、私などではとてもお嬢さんがたには敵わないでしょう。しかしここは地上ですからね。今は私の方が強い。体格では優れている小鳥遊さんよりもね」


 確かに向田さん――いや、向田の言う通り、いくらダンジョン内で強くなった私たちでも、地上では普通の女子高生でしかない。もちろん最ツヨカワ女子高生の阿須奈も同じだ。


「どうです?娘さんたちのこと、私どもに預けてはいただけませんでしょうか?」


 訊いているようで、そこには有無を言わさぬ迫力を感じる。

 ねえ、ここは素直にサインして帰ろうよお。


 ふう、という溜息が聞こえた。


「向田さん。あなたは探索者がダンジョン内でしか力を発揮できない。そう思っていらっしゃるんですか?」


 溜息の主は小鳥遊父。

 そして向田に語りかけるように言ったその言葉は、どこか優しく聞こえた。

 まるで子供を諭す時のような。


「何を?そんなことは常識でしょう?」


「みんな、それと東海林先生は少ししゃがんで耳を塞いでいてくれますか?」


「……え?」


「先生!良いから!」


 阿須奈のひっ迫した声に反射的に私たちはしゃがみこみ両手で耳を塞ぎ目を閉じた。


「――何を?!」


 突然の私たちの行動に驚く向田。

 そして次の瞬間――


――ドン!!


 必死で耳を塞いでいたのにも関わらず、まるで空気が爆発したような大きな音が聞こえた。


 恐る恐る目を開けると、そこには壁にもたれかかるように倒れている向田と床に倒れている栗花落さん。

 後ろを振り向くと、向田と同じような体勢で倒れている黒服2人の姿があった。


 そして小鳥遊父の手には3丁の拳銃が。


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