第45話 日本と世界の格差と小鳥遊父

「ええ……改めまして本当に申し訳ございませんでした!」


 通された部屋に入るなり、向田さんは膝に額が着くんじゃないかってくらいに体を折り曲げて謝罪してきた。


「い、いえいえ、気にしておりませんので、どうか頭を上げてください!」


「しかし……」


「私の方こそ、このような寝ぐせのついた頭で失礼を……。何故かこの恰好でと言われまして、髭も剃らせてもらえなかったもので」


「……寝ぐせ…ですか?」


「はあ、どうも帰りのバスの中で眠ってしまう癖がありまして」


 腰は折り曲げたまま、器用に顔を上げてお父さんを見る向田さん。

 寝ぐせと無精ひげのある普通の人間……?

 そんな顔をしている。

 説明した今でも、改めて顔を見ると信じられない様子。

 ここまでは私たちの計画通り。


 私たちの通された部屋は、ふかふかのソファのある応接室で、正方形の落ち着いた木目のテーブルを囲うようにソファが配置されていた。

 部屋の奥側のソファに小鳥遊父を挟むように阿須奈、私。その正面に向田さんと栗花落つゆりさん。私たちの右側のソファに東海林先生に空とみらん。左側に宇賀神先輩とゆめちゃんが座った。

 入り口のドアのところには2人の黒服が待機している。



「もう私たちが言いたいことは分かっているかとは思いますが、単刀直入に申し上げますと、カレンダーズには我々政府の下で仕事をしていただきたいのです」


「ほう……」


 小鳥遊父にはこれからのカレンダーズの指針について何も話していなかった。

 今の漏れ出したような言葉の裏にどんな感情が込められていたのか、隣に座る私には表情が見えない為分からない。


「それは皆さんが進めているダンジョン資源の発掘を手伝えということですね?」


「まあ、はっきり言うとそうです。ご存じかと思いますが、我が国は他の先進国に比べて国土が狭い分、現存しているダンジョンの数が少ないのです。その上、世界のトップレベルと張り合えるような探索者が育っておりません」


「そのようですな。私も仕事でダンジョンでのアイテムを取り扱うお客様と話をする機会がわりとありますので、日本のダンジョン開発における現状があまり芳しくないものであるというのは理解しています」


「そうです。現在、世界はダンジョンから発見されたアイテムを中心に回っているといって過言ではありません。今より約30年前、フロリダ州のタンパダンジョンよりポーションが発掘されたことを口火に始まった地球ダンジョン時代。日本にも各地にダンジョンが出現していましたが、当初探索に当たっていた自衛隊員に犠牲者が出たことで世論の賛成を得ることが難しく、一般人のダンジョン探索への参加を認める法整備が遅れました。結果として日本はダンジョン開発の部門で未だ大きく遅れているという状況です」


「それでも特殊部隊を編成して探索を進めていらっしゃいますよね?進捗に関してはニュースでよく拝見しております。確かリーダーは……桜田門さんでしたか」


「はい。我々ダンジョン省が育て上げてきたチーム「ソメイヨシノ」のリーダーが桜田門です。彼らのチームが現在日本のトップチームです」


「彼はまだ二十歳過ぎでしょう。若いのによくやってらっしゃる」


「ありがとうございます。我々ダンジョン省は子供から大人まで身体能力の高い者を調査し、その中からダンジョンでの活動の才能のありそうな者を集めて育成しております。その中でも彼は幼い頃から育て上げてきたホープです。そして「ソメイヨシノ」はそういった中でも桜田門に近い才能のある者を集めて作ったチームです。日本の将来は彼らにかかっているといっても過言ではありません」


「では彼らがいるのですから、私の娘たちをわざわざスカウトする必要はないのではないですか?彼らの他にも育成されている人たちが多くいるのでしょう?」


「……現在、桜田門の世界ランキングは約2000位。我々が育て上げて実践に投入しているチームは16。こうやってスカウトして所属しているチームが55。これでは世界と戦うには全く足りないのです!」


 急に感情を露わにした向田さんの声にビクッとした。

 ちょっと難しい話っぽかったんで気を抜いて目の前に置かれているジュースをどのタイミングで飲もうかしか考えてなかった。


「……失礼しました。んん、現在日本の市場に流れているダンジョンアイテムのほとんどは個人探索者の流した下級品ばかり。医療現場で使われているポーションや、研究開発の進められているダンジョンからで発見された未知の素材を使った機器などの多くを他国よりの輸入に頼っております。当然その分野の研究開発も遅れております」


「でしたら、もっと多くの市民探索者の力を借りれば良いのではないですか?それを生業にしているプロも多くいるでしょう?」


「……はい。いるにはいます。カレンダーズの皆さんのように配信を行っている探索者から、発見されたアイテムを売って生計を立てているプロの探索者まで。探索者としての活動許可を国に登録している数だけでも3万人ほどの探索者が全国のダンジョンで活動しています。しかし、そのほとんどが低階層を行き来しているだけの者たちです。危険を侵さず命を惜しんでいる彼らが力になるとは思えません」


「娘たちに命を賭けて危険を侵せ――そういうことですか?」


 その声はそれまでよりも少しだけ低く聞こえた。


「……悪く言えばそうなります。しかし!カレンダーズにはそれを乗り超えられる力があると感じているのです!「ソメイヨシノ」よりも!それこそ世界のトップと競い合えるようになるだけの才能があると感じているのです!」


「それはあなたたちの勝手な都合でしょう。それに娘たちが手を貸す理由は無いのでは?」


 もう小鳥遊父が全部対応しちゃってるね。

 一応顧問の東海林先生も来てるんだけど……ああ、2人のやり取りに気圧されているのか、背筋をピーンとしたまま固まってる。


「……調べましたところ、カレンダーズの皆さんは探索者としての登録を国にしていませんね?それなのにダンジョンでの動画を上げていらっしゃる」


 向田さんはぐるっと私たちの顔を見回しながらそう言った。


「あれはどちらのダンジョンでの動画なのでしょうか?そして、もしも未登録のダンジョンでの撮影なのでしたら、それは法に違反していることになるのはご存じでしょうか?」


「脅し――ですか?」


「いえいえ、そのようなことは。ただ、もし私たちに協力していただけるというのであれば、それも含めて国への貢献対象となる、ということです」


 口ではそう言っているが、それが脅迫であることは私にも分かる。

 ちょっと思っていたのとは違う展開になってきたぞ。


 ねえ、こんな怖そうな人に協力しないで、素直に活動をやめた方が良いんじゃない?

 ねえねえ。



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