第38話 転校生は頼られる?
「この部屋の鍵を渡しておくわ。会長は誰になるのかしら?小鳥遊さん?」
東海林先生はそう言って可愛らしいキャラクターのキーホルダーが付いた鍵を机の上に出した。
え?会長?全然そんなの考えてなかった。
まあ、阿須奈で良いんじゃない?特に会長だからってやることもないでしょ?
「鈴ちゃんが良いと思います」
おいぃぃぃぃ!!
それは絶対に出てこない答えぇぇぇぇぇ!!
「あ、阿須奈!?何言ってんの?!」
「あ、私も鈴で」
「お前は定食屋にでも来てるつもりなんか!!」
「じゃあ、鍵は鈴原さんに渡しておくわね」
机の上のカギをすっと私の方へ押し出してくる。
「ちょ、ちょっと待ってください!!何で私が会長なんですか?!」
「たった今、3人の中で多数決で決まったじゃない?」
いや、そういう意味じゃなくて。
それに私には投票権すらありませんでしたが?
「だって鈴ちゃんがこの学校で最初に出来た親友だから!私にとっては鈴ちゃんが会長さんだよ!」
あんたの辞書に書いてある「親友」の定義が広すぎる!!
阿須奈だって私からしたら最初の親友になるんだから同じ立場じゃないの?!
「いいじゃん。別に会長だからって特別に何かやることなんてないんだしさ」
「それは私がさっき思ってたやつぅぅぅ!!」
「お前もそう思ってたんなら余計に問題ないじゃん」
「自爆したあぁぁぁ!!」
学級委員も生まれてこの方やったことのない私に会長なんて務まるはずがないじゃない!!
「では鈴原さんを会長に研究会の正式な申請をしておきますね。正式な決定は数日かかりますけど、部と違って研究会の場合はすんなりと通るとおもいます。それまでもこの部屋を使ってくれてかまいませんし、今まで通りダンジョンでの活動も自由にしてもらって問題ありません」
「え?正式決定の前でも良いんですか?」
空!そんなことよりも今大事なのは私が会長になりそうだってことだろう!
「ええ。校外での個人的な行動に対しては、私たち学園側が制限することは出来ませんから。それとこの部屋も私が個人的に学園より借りている部屋ですから、自由に使ってもらって構いません」
私の話が決定事項として終わっていくぅぅぅ。
「東海林先生が借りられている部屋なんですか?」
「そうです。ここは私の個人的な研究資料を保管する為に、学園長の許可を得て借り受けている部屋です」
個人的な研究?現国の東海林先生の研究って何だ?古文とかだったら何となく想像できるんだ――いや、誰か私の会長の話に戻して!!
「――ダンジョンの研究。それが私が10年来続けてきている研究テーマであり、私の生涯を賭してでも為しえたいことでもあります」
……え?東海林先生がダンジョンの研究を?10年も?
「じゃあ、東海林先生は探索者を辞めた後も続けられているんですか?」
「正確には、辞めてから始めたんです」
ダンジョンの探索者を辞めたのに、それからダンジョンの研究を始めた?
私はその言葉の違和感に、心の奥がずきっと痛んだ気がした。
何かこれ以上は踏み込んではいけないような……そんな気がした。
「ですから、この部屋にあるのは私のこれまでの研究資料です。多少古いものが多いですけど、興味があるのでしたら自由に見ていただいて結構です」
「え?良いんですか?!」
阿須奈の声は何故か弾んでいて嬉しそうだ。
今そんな空気じゃないだろ?ちょっとシリアスな感じの場面だろ?
今の会話で何か気になることなかったかなあ?
「もう私には必要ないものになりましたから」
「え?さっき生涯を賭けてやってる研究って……」
言ってたよね?ここにあるのはその努力の結晶的な資料なんじゃないの?
どういうこと?
「さっき言ったように、私は約10年間ダンジョンの研究をやってきました。教師をやりながら、休日や空き時間の全てを費やしてやってきました。でも、あなたたちの話を聞いていると、そんな努力をして研究をしていたのが馬鹿馬鹿しいくらいにつまらないものだったと気付いてしまったのよ」
そう言った先生の声はどこか寂しそうだった。
「ここにある必死で調べた私の研究結果よりも、小鳥遊さんに聞いた方がよっぽど有益な情報が集められるんだと気付いてしまったんですよ」
ああ……そういうことね。
小鳥遊家に行って家族にダンジョンの話を聞いたら、多分、世界中の研究者がひっくり返って一回転して着地するくらい驚くと思う。
ほとんど知識の無かった私でもそれくらいのことは初期に気付いていた。
世界中の国で探索者や学者という人たちが研究をしている内容よりも、小鳥遊家の人たちが知っている事の方が多いんじゃないだろうか。量という意味でも質という意味でも。
この世界の誰も踏み入った事のない領域に住んでいる人たちなんだろう。
「でも、研究を辞めるつもりはないですよ。むしろ小鳥遊さんという貴重な存在と知り得たことで、これからが本番なんだと心が躍っているくらいです」
ならそれを少しは表情に出してもらいたい。
表情筋が死んでるのかと思うくらいに普段は表情に変化が全くないままで、感情の起伏をまったく感じない話し方で淡々と話すんだよなあ。
なのに何故あれほどまでに圧を放つことが出来るのか?
私たち生徒は日々戦々恐々としておりますよ。
「私でよければ、東海林先生にご協力しますよ。私に分かることならお答えしますので何でも訊いてください。あ、是非家にも来てくださいね!」
「小鳥遊さんありがとう。ご厚意に甘えさせていただくわ」
「鈴……」
空が私に耳打ちしてきた。
「これ、阿須奈を止めないとまずい気がする」
え?どういうこと?東海林先生の機嫌を取っておいた方が、研究会賛成派のお前にとっては都合が良いんじゃないの?
「土日の学園が休みの日は撮影だと思うので、その時は必ずお邪魔させていただくわ」
「はい!是非いらしてください!お待ちしておりますね!」
はいぃぃぃぃ?!
活動日に東海林先生と毎回一緒?!
土日も来るってことは、撮影は必ず先生がいるってことじゃん!
挨拶に来るだけじゃないの?!
「……な、まずかったろ?」
いや、耳打ちされた時点で手遅れだったじゃん……。
休みの日まで仁王様の顔を見たくないよ……。
「よろしくね。会長さん」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いいたします!」
あ……自分で会長って認めちゃった……。
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