第20話 転校生は甘え上手?

「ねえ空、これで合ってるかな?」


 私はビデオカメラの画角を調整する担当。

 空はワイヤレスマイクの準備担当。

 小鳥遊さんは画角用モデルとマイク取り付けられる担当。


 まあ、つまりは立っているだけだ。

 小鳥遊さんはピンクのつなぎを着て、ご機嫌そうにニコニコしている。

 とは言っても、私たちは帽子とマスクを着けてるから、見えるのは目の部分だけだけど。


 ここは小鳥遊家地下3階。

 2階から降りてきてすぐのところで、今いるところを進むとトイレがある。


 今日はついに撮影初日。

 この場所を選んだのは、トイレが近い方が良いと言う私の提案だ。

 本当は小鳥遊さんが――どうせならネットに上がっているのより強そうな魔物を撮った方が良いんじゃないかという案を出したのを命がけで制する為だけどね。

 彼女の言う強そうな魔物に遭うまでには、本当に命を賭ける必要があると思ったからです…。


 さて、小鳥遊家ポーション事件から一週間。

 その間に私たちは撮影に必要な機材の準備をしていました。


 ビデオカメラに三脚。ワイヤレスマイク3個。編集用のノートパソコンと編集ソフト。

 頭に付ける用のアクションカメラも3個。

 一応、ライブ配信にも対応出来るようにはしているけど、最初は動画でリスナーを増やしてからじゃないと、誰も観に来ないだろうということで、しばらくは動画を撮って上げていくことにした。


 結局費用はどうなったのか?

 ポーションを売ったのか?


 売りましたよ。


 本当に小鳥遊家のゴミを……。


 「ポーションは受け取れません。代わりにゴミください」


 そう言った時の小鳥遊さんのお母さんのぽかんとした顔は一生忘れないだろう。

 そして、顔を真っ赤にしてそう言った私の泣き出しそうなほどの羞恥心も…。


 よく分からないという感じで持ってきてくれたのは、前の日にダンジョンの中を掃除していた時に集めたというゴミの入った袋。


 ゴミ袋の中を見た時に空の顔が引きつっていたので、多分ゴミという名のお宝だったんだろう。


 空が慎重な手つきで、その中から小さな赤い石を取り出して――「これ…いいですか?」と、デカい身体に似つかわしくない小さな声で訊いていた。


 100万円。

 ダンジョンのアイテムを専門で買い取ってくれる店に、その石を持ち込んだ時に告げられた買取価格。


 空は大体の値打ちが分かっていたのか、それほど驚いてはいない様子だったが、私は完全に意識を飛ばしてしまい、その石が何だったのかの店員さんの話をまったく覚えていない。


 空が小鳥遊さんのお母さんに保護者として同行を頼んだ理由が分かった。



「うん。阿須奈の全身が入って余裕があるから、これなら私の身長でも大丈夫だと思う」


「オッケー。じゃあ、私の方はこれでお終い。マイクは着け終わったの?」


「私と阿須奈のは終わり。あとは鈴のだけ」


 全身赤の派手なつなぎ姿の空の首元には、小型のワイヤレスマイクが見えている。


「私も?カメラ役なんだから必要ないんじゃない?」


 一応私も薄茶色のつなぎを着て来てはいるけど、映る予定もしゃべる予定も無い…はずだ。


「まあ、一応。一応ね」


 そう言いながら空が私にもマイクを付けてくる。


「一応?逆に私の声を拾ったらまずいんじゃないの?」


「ん?どうせカメラのマイクが拾っちゃうから一緒だよ」


 そうか、一緒か。

 なら、余計に必要なくない?


「ねえ空。やっぱり――」


「じゃあ、そろそろ始めようか!!」


 私の言葉を遮るように、空が小鳥遊さんの方へ声をかけた。


「はーい!!」


 それに小鳥遊さんが右手を大きく振って応える。


 彼女はつなぎ姿でも可愛く見えるからズルいと思います!


 空が決めていた立ち位置に立つ。

 その横に小鳥遊さんが立ったところで、私はもう一度カメラに写っている画面を見て、ちゃんと二人の姿が納まっていることを確認する。


「準備おっけー!」


 私は二人に合図を送る。


 すると、空が小鳥遊さんの方を向いて、何か目配せをした気がした。


「じゃあ、録画始めるよー!5秒前から、4…3…2…」


 残りは指で――1…0。


 私は二人の映っている画面を見ながら、カメラの録画ボタンを押した――瞬間。


 そこに映っていた小鳥遊さんの姿が消えた。


「んふふふ。りーんちゃん」


「ふぁああ!!」


 小鳥遊さんの甘い声が耳元からあああああ!!


 驚いて飛びのきそうになった私の背中に抱き着いてくる小鳥遊さん。


 いや…そんな…急にこんなところで……てれてれ。


「私、鈴ちゃんも一緒が良いなあ」


 一度も聞いたことが無い小鳥遊さんの甘えるような声。


「え!?一緒って!?何!?何!?」


 振り向くと小鳥遊さんの顔に……唇にあたっ!あたっ!あぁたたたた!!当たりそうな距離で囁かれているぅぅぅ!!


「ねぇ?鈴ちゃんも一緒にイキましょう?」


 どこにー!!ねえ!!

 いやぁぁぁ!!きゃあぁぁ!!

 うひょー!!


 興奮の――いや、混乱の中にいた私の身体が更に強い力で抱きしめられる。


 抱きしめられる?


 いや、これはどちらかというと――捕まっている?私?


 あれ?しかも私、運ばれて行ってる?

 何か、足元がズルズルいってますけど?


 あれれ?小鳥遊さん?どちらへイキますの?


「はい、いらっさーい」


 私が運ばれていったのは空のところ。


「え?ナニコレ?もう録画始まってるんだけど…」


「だからじゃん。鈴も一緒に出演するんだよ」


 はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?


「あんた何言ってんの!私は撮影係だって決めたじゃん!!」


「ルールは破る為にあるのだよ鈴くん」


「守る為にあるんだー!!」


 ふざけんなあぁぁ!!


「お前みたいなのが社会のルールを乱して、私みたいな健全に暮らしている善良な力無い儚くも純情可憐で将来有望なナイスバディの少女が被害を被るんだー!!」


「誰が健全に暮らしている善良で力無い純情可憐で将来有望な少女だ」


「ナイスバディも否定しろー!!恥ずかしいじゃないかー!!」


「鈴はそんなに動画に出るの嫌なの?ちゃんと顔バレ防止対策もしてるから身バレの心配はそんなにすることないと思うけど?」


 違う!!私が嫌なのは魔物と戦うことだ!!

 何故にそれが理解出来ないんだ!!


 あ、脳筋だからだ。


「ねえ、私は鈴ちゃんと一緒にイキたいなあ」


 ずっと抱き着いている小鳥遊さんの甘美な声。


「いや…あの…どうしてもって…わけでは……ね」


 またか!?また私の口が逆らうのか!?


「じゃあ、私と一緒にイッてくれるの?」


 た、小鳥遊さんの吐息が耳にぃぃぃ!!


「ひゃ!ひゃいぃ!」


 あ――


「やったー!!空ちゃんの作戦大成功だよ!!」


「あ!阿須奈!」


 は?作戦?ん?


「お前……阿須奈に何を吹き込んだんだ?」


 ああ、そういうことね。

 おかしいとは思ってたんだよ。

 でも、それを言わなかったのは、小鳥遊さんの感触を楽しんでいたからとかでは無いと――神に……いや、両親に……いやいや、そこらの蟻に誓って断言しよう!!


「はは……でも、自分から行くって言ったよね?」


「違う!!私は騙されたんだ!!」


「鈴ちゃんも一緒に行くの嬉しい!!」


「阿須奈!待って!もう一回チャンスをプリーズ!!」


「もう諦めなって。3人の方が動画映えするんだからさ」


「嫌だあぁぁぁぁ!!」


 そんな私の魂の叫びが、喜ぶ小鳥遊さんの心に届くことはなかった……。



 一緒に行く?


 神様、お父さん、お母さん……それと蟻。


 どうか私だけ逝くことになりませんように……。




― 第1章 隣の席の転校生は黒髪ロングの超絶美少女 完 ―




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カクヨムコン9参加作品です。

面白かったなあ。鈴そこ代われ!!

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