第16話 転校生は配信者を目指す?

「うわあー!!広ーい!!」


 空が手足を大の字に広げて叫んでいる。


 その声は風呂場中に反響してかなりうるさい。


 それよりもそんなことしてると、身体に巻いてあるタオルが落ちるぞ?



 小鳥遊さんが言っていたように、旅館の大浴場のような広さのお風呂。


 湯舟には龍のような飾りの口から、絶え間なくお湯が流れ出ていた。


「ね、広いでしょ?お父さんたちがここをお風呂場にしようと思った時に、せっかくだから豪華にしようと思ったんだって」


 何故ダンジョンの5階にそんなものを造ろうと思ったのかは謎だが、確かにこれはテンションが上がるお風呂だ。


「これで本当に水道代かからないの?」


 空が不思議そうに聞いている。


「うん。水もお湯も勝手に出てくるんだよ」


「お湯も?沸かしてないの?」


「ここにお湯が沸いてるのを見つけたから、ここをお風呂にしようと思ったんだって」


 うん。もうそれくらいじゃ驚かないよ。

 電気がどこからか流れてきてるんだから、お湯くらい湧いてくるよね。

 温泉と同じだと思えば大丈夫。


「じゃあ、ここは温泉みたいなもの?」


 空も似たような事を思っていたらしい。

 くそっ!


「そうだねえ。ちゃんと効能もあるから温泉と同じかな?」


「おおー!まさに温泉じゃん!」


「うん。このお湯につかると、多少の怪我とかはすぐ治っちゃうの」


 は?温泉にそんな効能が?


「昔、お父さんは取れた腕がくっついたって言ってたよ」


「多少とは!?」


「びっくりした!どうしたの鈴ちゃん……急に大声出して……」


「そりゃあ心の声も叫びますよ!!取れた腕がくっつくってどういう事!?」


「え…。そのままの意味だけど?」


 そのままの意味だから叫んだのさ!


「ねえ、これってさ、ダンジョンにある回復の泉じゃないの?でもあれは水だって聞いたような……」


 回復の泉?

 空がまた変な事を言い出した。


「うーん。よく知らないけど、お父さんたちは、うちの家には温泉があるんだぞって言ってるよ」


「……とりあえず、害が無いなら入ろうか?」


 私たちはどこから出てきているのか分からないシャワーのお湯で体を洗ってから湯舟に浸かった。



「で、さっきの話の続きなんだけど」


「さっきのってどれ?ここにたどり着くまでにいろいろありすぎて分かんないわよ」


 3階の芋虫までは昨日見たから良いとして、4階からこのお風呂場に来るまでの出来事は、間違いなく今晩の夢に出てくる。

 あんなでっかい犬とか、家の中を徘徊してる骸骨とか、通路を塞ぐような大きな口の蛙とか……。

 全部が悪夢として今晩襲い掛かってくるんだー!!


「動画配信の事だよ。阿須奈がやりたいって言ってたやつ」


 ……何故だろう?

 一番平和な話のはずなのに、一番物騒な話に思えるのは。


「あ!そうそう!あれってどうやってやるの?2人はそういうの詳しい?」


 ああ、そうだった。

 これには私も含まれてたんだった。

 本当にいろいろありすぎて分からなくなってた…。


「鈴は存在を知らなかったくらいだから論外だね。私もそんなに詳しいわけじゃないけど、動画を撮るくらいはどうやるか分かると思う。あ、編集とかは無理だけどね」


 失礼な!!

 私だってそれくらいは分かるぞ!!

 ほら、あれでしょ?スマホに付いてるカメラとかで撮って、撮って…撮ってからどうする?

 えっと…ネット?撮った動画をネットに……ん?動画をネットに?どうやって?


 いや!私は参加するつもりは無いんだから、そんなことに悩む必要はないのだ!!


「ほら、今の考えてた鈴の顔を見たら分かるでしょ?とりあえずこいつはこの件に関しては戦力外ね」


「鈴ちゃん……私も同じだから。ね?大丈夫」


 あれ?突然慰められたぞ?


「まず必要なのは撮影用のカメラね。固定して使ったり手持ちで使ったりする用があれば一応撮れるんだけど、頭とか付けて使う小型のカメラがあると迫力ある動画になるね」


「ふむふむ…カメラ…小型カメラ…」


「あとは撮った動画を編集する用のPCとソフト、それを編集できる人がいると思う。じゃないと、だらだらと長い動画にしかならないからね。いらないところはカットして、テロップとかBGMとか入れて面白くしないとだし」


「カメラとPCは買うとして……編集出来る人が問題かなあ」


「いや、撮影用のカメラだってそれなりの値段するわよ?バイトもしてない私たちが簡単に買えるようなもんじゃ、画質とか機能とかが格段に落ちるだろうし」


 そんなに高いのか……いや、興味は無いですよ?

 そうなんだーって思っただけで。


「そっかあ、じゃあアルバイトしてお金を貯めるとこから始めないとだね」


「いや、もう一つお金を稼ぐ方法があるんだなあ」


 空が悪い顔をしている。

 この顔の空がまともなことを言った試しがない。


「アルバイト以外で?」


 おい!まさか法に触れるようなことを――


「私たちがこのダンジョンで魔物を倒して、そこでドロップしたアイテムを売ってお金に換える!!」


 法には触れなかったけど、もっと最悪な提案だった!!


 はあ?私たちが魔物を倒してだあ?

 お前、そこに私は含まれてないだろうな!?


 お前は将来探索者になりたいんだから良いよ!

 でも私は将来なあ!

 将来……なあ……。


 とにかく!!私の無限に選択肢の広がる輝かしい未来に、危険極まりない探索者になるという選択は絶対に無いんだ!!


 あの探索者カードだって、小鳥遊さんのポイントカードなんだからな!!



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