第11話 転校生はお姉さん?

「ねえ……本当に、阿須奈のお父さんなの?」


 小鳥遊さんの父親と名乗った魔物もどきと別れた後、前を歩くお母さんに聞こえないような小声でこっそりと小鳥遊さんに聞いた。


「え?そうだよ?似てないかな?」


 似ててたまるか。

 いや、そりゃちょっとは笑った顔に雰囲気は感じたけれども。


 それ以外は全部似てない。


「お父さんは何してる人?プロレスラーとか?」


「普通のサラリーマンだよ?食品関係の営業やってるって」


 ……営業?

 あの容姿で!?

 警察呼ばれないの!?


「へえ…営業職なんだ……」


「うん。部長さんだって言ってた」


 なかなかの重職!?


「営業って髭あっても大丈夫なんだね……」


 もう少しピシッとしてる人がやってるイメージなんだけど。


「毎朝きちんと剃ってるんだけど、お父さんの髭って伸びるの早いみたいで、帰ってくる頃には無精ひげみたいに伸びてるんだよねえ」


 あ、1日でああなるんだ……。


 それと、小鳥遊さんにはあれが無精ひげに見えるんだ。


 山ごもりとかしないと、ああはならないと思うよ。


 とりあえずあれが小鳥遊さんのお父さんであることは間違いないみたいだ。


 ……脅されてたりしないよね?




 さて、玄関ホールを抜けて別の通路へ入る。

 そこを更に歩くこと5分。ようやくリビングだという部屋へと到着した。


 小鳥遊さんの部屋の倍以上ある広さの部屋。

 床には絨毯がひかれてあり、テーブルやソファー、テレビまで置かれている。


 壁には抽象画っぽい絵画が飾られていて、ちゃんと壁紙も貼られている。


 部屋の奥にはカウンターがあって、その更に奥が台所のようだ。


 料理はすでに出来ているんだろう。

 部屋の中にはとても良い匂いが充満していた。


「鈴ちゃんはこの席ね」


 小鳥遊さんに促されるままにテーブルにつく私。


 テーブルの上にはお肉と野菜を炒めた料理が大皿に乗せられていて、大きなボウルにはサラダが山盛り入っている。


「ふふふっ。友達と一緒に晩御飯。楽しいね鈴ちゃん!」


 私の二つ隣の席に座っている小鳥遊さんはとても楽しそうだ。


 かく言う私もこの日常的ともいえる光景にここがダンジョンであることを忘れてしまったのか、気を抜いたことで自分の空腹に気付く。


 美味しそうな匂いに刺激されたお腹がぐぅぅと鳴った。

 聞こえてないよね?


「スープがもう少しで温まるから待っててねー」


 台所の奥からお母さんの声が聞こえる。

 はい、待ってます。

 まだ気になることがあるんで、その間にそれを解消します。


 気になっている事。

 まあ、山ほどあるっちゃあるんだけど、今一番気になっているのは……。


 私と小鳥遊さんの間に座っている、この可愛らしい生き物。


 ちょっと長めの髪を両側でちょこんと結んで、前髪ぱっつんの女の子。

 そっと足下を見ると、まだ床まで届いていない足を椅子から垂らしてぶらぶらさせている。


 そして、私の顔をまん丸なお目目でじーっと凝視していて、とても気になっている。


「小鳥遊さん…えっと…この子は?」


「あ!ごめん!紹介するの忘れてた!」


 どんだけ浮かれてるのか。


「この子は私の妹で――」


 小鳥遊さんが紹介しようと話し出すと、その子はぴょんと椅子から飛び降りて私に向かう。


「はじめまして。たかなしきょうかです。5さいです。よろしくおねがいします」


 そう言うとぺこりと頭を下げた。


「あ、これはご丁寧に……えっと、私はお姉ちゃんのお友達の鈴原鈴です。」


 なんか、五歳児の方がしっかり挨拶してないか?


「すずはら…さん?おとなりさん?」


「あ、そうそう。お隣に住んでる者です」


 うーん。どうも子供相手の話し方が分からん。

 しかし可愛いな。


「ふつつかものですが、よろしくおねがいします」


 なんだ?嫁にくるのか?歓迎するぞ。


「きょうかちゃん…まだ小さいのにしっかりしてるね」


 私は小鳥遊さんにそう言ったが、自然と私の手はきょうかちゃんの頭をなでなでしていた。


「鏡花は本を読むのが好きだから、いつの間にかしっかりした言葉遣いが出来るようになっちゃったみたい」


 なでなでなで。


「話してると私の方が妹みたいで焦っちゃうわ」


 なでなでなでなで。


「ふふ、それも含めて可愛らしいじゃない」


 なでなでなでなでなで――


「り、りんさん、あた、あたまが、ふらふら、しますぅ」


 あ、つい私の中の何かが暴走してしまった。


「ごめんね!きょうかちゃんが可愛らしすぎて…」


「はい、だいじょうぶです。それとかわいいといってくれてありがとうございます」


 そして殺人的な笑みを私に放つ!


 ぐはっ!この姉妹は笑顔で人を殺す血筋なのかあ!!


「阿須奈……この子って何ポイント貯めたら交換できる?」


 そのためならば毎日でもダンジョンに潜ってやろうじゃないか!!


「鈴ちゃんゴメン。鏡花きょうかは非売品なの……」


「そう……なんだ……」


「めちゃくちゃ落ち込んだ!?そんなに欲しかったの!?」


 そう、小鳥遊さんが初めてツッコミ入れるくらいに落ち込んだよ。

 こんな可愛い妹、欲しいに決まってるじゃないか。


「りんさん。わたしはあげられないけど、よかったらりんさんのおうちにあそびにいきたいです」


「やっぱりこの子頂戴!!」


「何だろう……鈴ちゃんの闇を垣間見ている気がするんだけど……」



「おまたせー」


 小鳥遊さんのお母さんがスープの入った鍋を運んでくると、それに合わせるようにオーガ…いや、小鳥遊さんのお父さん(仮)がリビングに入ってきた。


 スーツは当然脱いで、薄手の茶色のズボンにTシャツというラフな格好だ。

 でも、髪は逆立ったままだし、髭も…さっきより伸びてないか?

 まあ、明るいとこで見ると若干人間に見えなくもない…気がしたりしなかったり。


「あれ?お父さん。この後どこか出かけるの?」


 そんな父親に小鳥遊さんが不思議そうに声をかける?


「いや?別にどこも行かないよ?」


「だって、ちゃんと服着てるから」


 この恰好がちゃんと?

 まあ、出かけられなくは全然ないけど……。


「そりゃあ、阿須奈のお友達が来てるんだから、いつも家でいる時みたいな恰好で出てくるわけにはいかないだろう?」


「あ、そうか。それはそうだよね」


 ん?いつもはどんな格好してるの?

 ダンジョンの中だから鎧とか着てるの?

 それとも逆に全裸とか?


「はい、鈴ちゃんの分」


 もんもんと考えていると、お母さんがスープの入ったお椀を持ってきてくれた。


 そして、わいわいとした雰囲気の普通の家族の食事が始まったのだった。


 こんなダンジョンの中で。




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