第9話 転校生は人を振り回す?
走って向かってくる私に、芋虫は若干その動きを緩める。
しかし、私はそこへ向かって無謀にも見える突撃をかました。
急速に縮まる距離。
先頭にいた芋虫が動きを止めて、体を持ち上げて臨戦態勢を取る。
やっぱり!!
私はその動きに注意しながらも、後ろにいた2匹の動きを観察した。
急に止まった芋虫に反応出来なかった2匹が次々と先頭の芋虫へぶつかる。
そして、持ち上げた頭を振り下ろそうとしていた芋虫の体勢が大きく崩れ、その頭は私の右横の廊下へと叩きつけられた。
そのタイミングで後ろで転倒していた芋虫の背中を一気に飛び越えた。
やっぱり走りながらだと攻撃出来ないんだ。
パーフェクト!!
イッツビューティフル!!
自画自賛の完璧な作戦!!
これで後はトイレ方向へ逃げるだけ。
きっと小鳥遊さんも戻ってきているはず!!
絶体絶命の危機を潜り抜けることに成功――あだっ!!
走り出した瞬間、私は何かに足首を掴まれて転倒した。
そおっと、自分の右の足首を見る。
そこには白い糸のようなものが、ぐるぐる巻きになっていて、それを辿っていくと……さっきの転んでいた芋虫の口へと繋がっていた。
うん。芋虫だもんね。
そりゃ糸の一つも吐くってなもんだよ。
「いやー!!小鳥遊さーん!!」
私の身体がずるずると芋虫に引き寄せられていく。
廊下に手を張り付けて踏ん張ってみたが、汗で滑ってまったく抵抗力を発揮しない。
うわっ!!手汗すごっ!!
そんなことを思っている場合ではない。
5匹の芋虫は動くことなく、私が引きずられてくるのをナイフとフォークを持って待っているような状態だ。
「小鳥遊さーん!!助けてって―!!」
私は最後の力を振り絞って叫んだ。
「助けてー!!小鳥遊さーん!!」
しかし、小鳥遊さんが来ることはなかった……。
そしてとうとう芋虫の目の前まで引きずられてきた私。
やつらにしてみたら、すでに皿の上に乗った料理に見えているんだろう。
前菜扱いだと嫌だな。
せめてメインディッシュで……。
そして芋虫が一斉に私に向かって口を開いた。
「いやー!!阿須奈―!!」
「はい。鈴ちゃん」
ほへ?
「……え?阿須奈?」
「そうだよ」
今まで目の前にいた芋虫が阿須奈に変身した?
「あれ?芋虫……は?」
「ん?あっち」
小鳥遊さんが視線を送る方を見ると、確かに5匹の芋虫がいた。
「ひっ!」
私はさっきの恐怖を思い出して、思わず小鳥遊さんに抱き着く。
そして、そこでようやく自分が抱きかかえられていた事に気付いた。
「鈴ちゃんて、やっぱり凄いよね」
小鳥遊さんは満面の笑みを浮かべながら、抱き着いている私の耳元でそう言った。
相変わらず良いにお……いやいや。
「え?やっぱり凄い?」
私は彼女の言っている意味が分からない。
「購買で人込みを抜けていく動きを見た時に思ってたんだけど、鈴ちゃんの相手の動きを読む力って普通じゃないよね」
普通じゃない?いや、ずっとやってれば誰でもあれくらいは…。
「今も見てたけど、グリーンキャタピラーを躱していく動きは、とても素人とは思えないわ」
え?今なんて?
今も見てた?いつから?
「はい、下ろしますねー」
そんな混乱していた私を下ろした小鳥遊さんは――
「はい、これ持ってー」
――と、どこに持っていたのか、一振りの剣を私に渡してきた。
柄の部分に豪華な飾りの付いた美術品のような剣。
私は渡されるままにそれを受け取って両手で持つと、小鳥遊さんが片手で持っていたとはとても思えないほどの重さがその手にかかってきて、思わず落としそうになった。
「落とさないようにしっかり持っててねー」
そう言いながらしゃがむ小鳥遊さん。
私のスカートを覗き込まんばかりに両膝に抱き着いてくる。
え?今はそんなことをしている場合じゃ……。
今じゃなくてもどうかと思いますけども。
「じゃあ、いくよ?」
いや、聞かれても、私には何が何だか…。
私の返事を聞くまでも無く、ひょいっと私は小鳥遊さんに持ち上げられる。
え?そんな簡単に?
もしかして、ダイエットの効果がこんなにも出ているとか――
「よいしょっと」
ぶわっ!!
物凄い風圧が私を襲う。
まるで台風の中で中継をしているリポータの気分だ。
持っていた剣もその風圧に押されて、私は剣を握ったまま万歳したような格好になる。
あまりの一瞬の事で目を瞑ることすら間に合わなかった私は、さっきの芋虫――グリーンキャタピラーだっけ?それが一気に目の前まで襲ってきているのが見えた。
いや、違う!
これ、私が近づいて行ってるんだ!!
正確には、私を持った小鳥遊さんが……。
そして脳裏に過る最悪の考え…。
小鳥遊さん……私、スカートなんだけど……。
「おりゃ」
そんな気の抜けた掛け声と同時に、私の身体は水平に振られた。
うん、やっぱりね。
「ピギャー!!」
グリーンキャタピラーの悲鳴が聞こえた。
私の持っていた剣が、その身体を斬りつけたようだ。
ようだ、というのは――私の手には斬った瞬間に何の衝撃も届かなかったからだ。
「ピギャー!!」
私の身体が左右に振り回される度に聞こえる悲鳴。
そして、それが5回聞こえた後に、私はようやく解放された。
「鈴ちゃんお疲れ様」
いつもと変わらない笑顔の小鳥遊さん……。
そして私は、降ろされたと同時に全身の力が抜けて、持っていた剣の重みに耐えられなくなって廊下にへたりこんだのだった。
本当にトイレの後で良かった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます