第8話 転校生は…どこいった?
小鳥遊さんの部屋へ行った時と同じように、私はその背中にしがみつくようにして歩いていた。
時折聞こえてくる獣のような鳴き声は、すでに動物園レベルを超えていて、明らかに私の知らない生物の声だと思った。
でも、私はぎゅっと固く目を瞑っていたので、それがどこから聞こえてきているのか全然分からなかったし、むしろ分かりたくもなかった。
「鈴ちゃん、着いたよ」
びくびくしながら階段を下りて、少し歩いたところでトイレに到着したようだ。
小鳥遊さんの声に、恐怖と尿意の板挟みだった私は、ほっと息をついた。
トイレに間に合った、よかった。これは一番良くない。
「ありがとう!!」
ほっとした瞬間に牙をむいて襲ってくる尿意。
ダンジョンにはおおよそ相応しくないドアを開けて、私はその中に駆け込んだ。
……セーフ。
ビデオ判定が必要なくらいのギリギリセーフ。
今度こそほっとして、トイレの室内を見回す。
うん、トイレだ。普通の洋式の個室トイレ。
ダンジョンの中にあるという点を除けば、家庭のトイレにいるのと同じ感じ。
どうして私は命がけでトイレに来なければいけないのか?
――それはここがダンジョンだから。
どうして私はダンジョンなんかにいるのか?
――それはここが友達の家だから。
これ以上は脳みそがバグるので考えるのを止めた。
あれ?あれれ?
「小鳥遊…さん…?」
トイレから出ると、そこに小鳥遊さんの姿は無かった。
おい!!どこいったよ!!
辺りを見渡すが、どこにも姿は見えない。
そして私は帰り道が分からない。
だって、ずっと目を瞑って来たんだから。
まあ、分かったところで一人で帰る気はさらさらありませんけどね。
流石に置き去りにされたはずは……無いよね?
そんな酷い事しないよね?
でも、ここは彼女にしてみたら家の中。
ちょっとお母さんに呼ばれたとかでも、軽い気持ちで行っちゃうことだってありえる。
……かもしれない。
じゃあどうする?
答えは一つしかないじゃない。
私はもう一度トイレのドアを開けて、小鳥遊さんが戻ってくることを信じて待つことにした。
ドアのノブに手をかけた時、私の背後でぼとりとした何かが落ちた音がした。
一瞬で最悪な事を想像しつつも、私は反射的に振り向いた。
そしてほっとする。
そこにいたのは、緑色の芋虫。
小学生の頃にクラスみんなで飼育して、綺麗な蝶になったやつと似ていた。
「もう、脅かさないで…よ……」
そいつはウニョウニョと身体を動かしながら、上半身?を起き上がらせた。
あれ?この子大きくない?
何で私と視線の高さが同じなの?
それは、この芋虫が大きいからだよー!!
全長が3メートル近くある芋虫!!
そんなに芋食べられないって!!
私は意味不明なことを考えながら、廊下を走り出した。
廊下は走ってはいけません!!
知らんがな!!
人の家かもしれないけど、それは時と場合によるでしょ。
私はここがダンジョンだということをすっかり忘れて走った。
今はあの巨大な芋虫から逃げることしか考えられなかった。
走りながら後ろを振り返ると、芋虫は身体を上下にウエーブさせながら追ってきている。
私の走る速さと同じくらいの速度で。
「小鳥遊さーん!!助けて―!!」
逃げながら助けを呼ぶしか、今の私に出来ることはない。
一応、家の中なのだから、声が聞こえたら助けに来てくれるはず!!
「小鳥遊さーん!!」
それがいけなかった。
「……オワタ」
私は走るのを急停止する。
進行方向から同じような芋虫がこちらへウニョウニョと向かってきているのが見えた。
そりゃ、これだけ叫んでたらそうなるよね。
私は完全に芋虫サンド状態。
あとは綺麗に挟まれてパティになるんだ……。
なってたまるかあー!!
私を追ってきていた芋虫が状態を起こして迫ってきた。
「購買で鍛えた私を舐めるなー!!」
その突進をギリギリのところで躱すと、その体に横から体当たりをした。
芋虫はよろけて壁にぶつかり、私はその反動で裏に回り込むことが出来た。
チャンス!!これでトイレの方へ戻れる!!
私は再びダッシュをし――オワタ。……今度こそ詰んだ。
そんな私の目に映ったのは、更にこちらへ向かってくる芋虫。
それが3匹。
廊下は完全に塞がれた。
ああ……芋虫に囲まれて人生を終えることになるなんて、今まで想像したこともなかったなあ。
そんな気持ち悪い想像するやつはいないだろうけど。
そんな私の目に映ったのは、更にこちらへ向かってくる芋虫。
それが3匹。
廊下は完全に塞がれた。
右からは2匹の芋虫。
左からは3匹の芋虫。
私も芋虫に擬態出来たら……いや、それはいいや。
お父さん、お母さん、あなたたちの娘は綺麗な蝶になる前に、芋虫によって人生を終えようとしております。
しかし――最後までやれることはやろうと思います!!
右側の2匹はゆっくりを私へ近づいてきている。
どうやら、さっきので警戒しているようだ。
左側の3匹はまっすぐにこちらに向かってきている。
私は迷うことなく3匹の芋虫の方へ向かって走り出した。
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