第5話 転校生はお隣さん?

「ねえ、りんちゃん。今日は一緒に帰れるかな?」


 中庭のベンチで並んでお弁当を食べていると、ふいに小鳥遊たかなしさんがそんなことを聞いてきた。

 昨日断っているのがあるので、私としては一緒に帰っても良いんだけど…。


「今日は特に用事が無いから良いんだけど……たか――阿須奈あすなの家ってどこ?」


 校門出てすぐにさようならだったら意味が無い。


「あ、私の家は鈴ちゃんの近くだから大丈夫だよ」


 それなら問題ないかな。


「じゃあ、今日は一緒に帰ろうか。あ、どこか寄りたいところがあるなら案内するけど?」


「うーん。まだこの町に来たところで何があるか知らないから、案内はそのうちお願いするね」


 あ、そりゃそうか。


「うん、その時は遠慮なく言ってくれて良いから」


「鈴ちゃん……。これってデートの約束になるのかな?」


 いや、親友とデートはしないでしょ。

 親友ってとこもまだ受け入れたわけではないけども。


 そして、何故私はこの時に気付かなかったんだろう?


 彼女が私の家の場所を知っていることを。




「ここが私の家だよ」


「へえ……そうなんだあ……」


 放課後、二人で学校を出て歩き出す。

 特に何でもないような会話をしながら家に向かって歩いていた。


 しかし、どれだけ私の家が近づいてきても、小鳥遊さんと別れることはなかった。


 もしかして、このまま家まで来るつもりなのかな?


 そんなことを考えているうちに、とうとう家まで着いてしまったのだ。


 そして――


「ここが私の家だよ」


 これは小鳥遊さんの言葉。


「へえ……そうなんだあ……」


 これは私の隣の家の前で呆然と呟いた私の声。


 玄関の表札には確かに「小鳥遊」と書かれていた。


 え?引っ越してきたお隣さんて……。


「ねえ、良かったら寄っていかない?きっと驚くと思うんだあ」


 いえ、今でも十分に驚いてますよ。


 これ以上の驚きってなかなか無いと思います。


 一瞬どうしようかと迷ったが、めちゃめちゃ期待した目で見られて断れるはずがなかった。


「……じゃあ、少しだけお邪魔しよう…かな?」


「やったー!初めて友達が家に遊びに来たー!!」


 小鳥遊さん……あなた、前の学校でボッチだったのかしら?


「ほら!どうぞどうぞ!!」


 そう言って、私の背中を押してくる。


 小鳥遊さんは玄関の扉を開けて、先に中に入る。


「ただいまー!!」


 元気よく帰宅の挨拶をした小鳥遊さんの後に、おずおずと着いて入っていく。


「……は?」


 私の目の前に現れたのは――


 学校の体育館くらいの広さの空間。


 大理石のような白っぽい石で出来た床に壁に天井。


 全体が白いからか、照明のようなものが見当たらないのに、室内?はとても明るかった。


 私は慌てて外に飛び出す。


 そして、小鳥遊さんの家の外観を見た。


 特に変哲のない普通の2階建ての一戸建て住宅。


 明らかに今見た空間の方が、この家の建っている面積よりも大きい。


「ね、驚いたでしょ?」


 家を見上げていた私に、小鳥遊さんがいたずらっ子のような顔でそう言った。


「え……私、幻でも見たのかな?」


「いやいや、幻じゃないよ」


 じゃあ夢だ。

 私はまだベッドの中にいるか、机に突っ伏して寝てるんだ。


「私の家、ダンジョンになってるんだ」


 ……やっぱり、これは夢だ。

 しかも、かなり質の悪い悪夢だ。


「鈴ちゃん?」


「あ、私は今、目覚ましが鳴るか先生に怒鳴られるのを待ってるんで、そっとしておいてもらって良いですか?」


「いや、夢じゃなくて現実だから」


 なら、なお質が悪い。


 家がダンジョンて何?ダンジョンに住んでるの?


 え?小鳥遊さんて魔物とかいうやつ?


「多分なんだけど……私はちゃんとした人間だからね?」


 心を読んだだと!!やはり!!


「いや、そう言いたそうな顔してるから。それは良いから入って入って」


 全然良くないし。


 再び家の中に入っても、やはりさっきと同じ景色がそこには広がっていた。


「あ、靴は履いたままで良いから。うちはゴミとか勝手に吸収されて無くなっちゃうの」


 ああ、それは便利だねえ。――なんて、言うとでも?

 私がゴミと間違えられて吸収されたりしない?ねえ?


 昨日ちゃんとお風呂入ってて良かった…。

 お母さんありがとう。


「おじゃま…しまぁす……」


 ここから帰るという選択肢は無いのだと察した私は、恐る恐る室内へと足を踏み入れた。

 ダンジョンて事は魔物がいるんだよねえ…?


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。今はお母さんしかいないから」


 いえ、緊張してるのはそんな普通の家庭の話なんかじゃないです。


「たか…たか、高い天井だねえ。で、阿須奈の家は本当にダンジョンになってるの?」


 今更疑いようがない事なのかもしれないが、信じられる話ということでもない。


「見た通りのダンジョンだよ」


 胸を張って自慢げにそう言う小鳥遊さん。


「前の学校では、みんな怖がって誰も遊びにきてくれなかったの」


 ……でしょうね。

 私だって知ってたら絶対に来てないって。


「……ダンジョンて、魔物がいるんじゃないの?」


「いるよ」


「お邪魔しました!!」


 回れ右で全力ダッシュをしようとした私の腕を小鳥遊さんが掴む。


 え?ナニコレ?

 物凄い力で引き留められて、私はまったく進むことが出来なかった。


「大丈夫、大丈夫。ここはダンジョンの入り口で安全地帯になってるから魔物は出てこないの」


 そっと振り向くと、私の腕を掴んだままで小鳥遊さんは笑っていた。

 どう見ても力を入れているようには見えない……。


「阿須奈、お帰りなさい。あら?あなたはお隣の――」


 小鳥遊さんの異常な力に驚いて固まっていた私の目に入ってきたのは、夕べうちに引っ越しの挨拶に来た女の人だった。

 まあ、そうだよね。

 当然、小鳥遊さんの関係者だよね。

 お姉さん?


「お母さん、ただいま。――えへん!今日はお友達を連れてきましたー!!」



 いいえ、騙されて連れてこられました。



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