第4話 転校生は考える?

 晩御飯を食べ終わった私は、明日の為の予習をするなんて考えることもなくベッドに転がっていた。


 食べてすぐ横に鳴ったら牛になる?


 ふふん。

 眠らなければ、動き回るよりもゆっくり横になっていた方が消化が良くなるから、むしろ身体に良いのだよ。

 って、前にテレビで観たような気がする。


 そんな無駄な豆知識だけは頭に残るのに、どうして授業の内容は残らないのだろう?

 これは世界の七不思議に加えてもらっても構わないのでは?


 すやぁ……。



 ん……トイレ……。


 ぼんやりとした頭を起こしてスマホを見ると、もう20時過ぎ。

 そろそろお風呂にも入らなければいけない。

 でも、眠たい……。

 1日くらい…入らなくても……。


 そんなことを考えながら部屋を出る。

 すると、1階から人の話し声が聞こえてきた。玄関の方かな?こんな時間にお客さん?


 階段を下りていくと、やはり玄関の方から声が聞こえてくる。

 片方はお母さん。相手も女の人のようだ。


 階段を下りきる前に、壁から顔をそおっと出して玄関を覗く。

 ちょうど話が終わったところだったらしく、女の人は玄関の扉を開けて出ていこうとしていた。


 薄く茶色がかったボブの髪型。

 薄い水色のワンピースを着た、スタイルの良さそうな女性だった。


 お母さんに最後に挨拶をしようと女の人が振り返った時、不覚にも目が合ってしまった。

 あ、行儀の悪い子だと思われる。

 でも、今から顔を引っ込めたら余計にマズイ。


 出るに出れず、引くに引けず…。

 まさかの大ピンチ!!


 そんな私の葛藤はどこ吹く風とばかりに、その女の人はニコリと微笑んで会釈した。


 綺麗な人…。


 私は無意識に会釈を返した。

 

 壁から顔だけ出したままで…。


「あなた何してるの?」


 女の人の視線で気付いたのか、お母さんに見つかってしまった。


「……話し声が聞こえたから、お客さんかな?って思って」


「はあ……それなら、そんなとこから顔出してないで、ちゃんと出てきて挨拶しなさい」


「はーい……」


「お隣に引っ越してきた方がご挨拶に来てくださったのよ」


「え?もう?」


 隣に住んでいた人が引っ越したのはGW前だった先週だ。

 それなのにもう次の人が来たの?


「そうみたいね。私も今日は昼過ぎには帰って来てたんだけど、引っ越し作業してるのに全然気づかなかったわ」


 昼寝してたから気付かなかったんじゃない?

 なんて命知らずな事は口が裂けても言えない。


「ああ、お風呂湧いてるから早く入りなさいよ」


「……はーい」


 年頃の女子たるもの、めんどくさいからといってお風呂に入らないわけにはいかないのだ。


「あなた、昨日も入ってないでしょ?」


 ……少なくとも今日は。



 濡れた髪を乾かすのもそこそこに、眠気に負けそうになった私はベッドにダイブする。


 あ、カーテン閉めなきゃ。

 めんどくさいなあ。

 今日はもう良いかな……。

 あ、電気も消さなきゃ。

 明るくても寝れるけどなあ……。


 少しの間、眠気と戦っていたのだが、意を決して起き上がる。


 カーテンを閉めようと窓まで行くと、引っ越してきたという隣の家が見えた。

 玄関の明かりは点いていたけど、窓から見える部屋の明かりはまったく見えない。

 めちゃめちゃ分厚いカーテンとかしてるのかな?


 部屋の電気を消して、本格的に寝る態勢に入る私。

 あっという間に、さっきまでの何倍もの眠気が襲ってくる。

 寝つき良すぎるな私。

 いや、寝る子は育つ。

 横じゃなくて縦に育てよ私。


 意識がぼんやりとしてきた中、さっきの女の人の顔が浮かぶ。


 そして、その顔に小鳥遊さんの綺麗な顔が重なるような気がした。




「鈴ちゃんおはよう」


 教室に入ってきた小鳥遊さんは、昨日と変わらない抜群の笑顔で挨拶してきた。

 朝からこれはキツイ。

 無理やり血圧が上げられてしまう。


「おはよう、小鳥遊さん」


 その瞬間、小鳥遊さんの顔が曇る。


「……おはよう、阿須奈」


 そう言い直すと、再び笑顔を取り戻して隣の席に座る。


「ねえねえ鈴ちゃん!」


 そしてすぐに体を寄せてきて話しかけてきた。


 あ、シャンプーか何かの良い匂いが…。


「私ね、昨日テレビで観たんだけどね。凄い脱獄のプロの人がいるの」


 話の内容は意外と普通の事で、見た目とのギャップを感じる。


「その人は何回捕まえても、どんなとこに収監しても逃げ出しちゃうんだって」


「あ、私もなんか観たことある」


 映画だったかな?再現ドラマだったかな?よく覚えてないけど、その話は知っている。


「あれって、確かに凄いよ――」


「でも、そんなに凄い人なのに、何で何回も捕まっちゃうんだろうね?プロって言われるようになるまで、逃げても逃げてもすぐに捕まってるって事でしょ?」


「あー……そういう感想」


「私、最初にそのことを考え出したから、その後に何がどうなったのか全然覚えてないのよね。あの人って、脱獄が趣味の人なのかな?」


 そんな人はおりません。



 今日も休み時間の度に囲まれる小鳥遊さん。

 まだしばらく転校生フィーバーは収まりそうにないようだ。


「で、どうよ?」


「はい?」


 空が突然そんなことを言ってきた。

 お前はどこかのノリのおかしな先輩か。


「はい?って、分かってるでしょ?転校生の事よ。昨日も今日も、随分と仲良くなったみたいじゃない」


「仲良く――なのかな?」


 お互いの温度差がまだ結構あるような気がするが。


「昨日も一緒にお昼ご飯食べたんでしょ?今朝だって楽しそうに話してたじゃない。あれが仲良さそうじゃなかったら何なのよ」


 おもちゃを見つけて喜ぶ子供と、その遊ばれてるおもちゃとか?


「で、何か面白い話はないの?」


 この積極性で直接話しかければ良いのにと思うが、この子はこう見えて人見知りが激しいのだ。

 だから、中学からの同級生で慣れた私にはこんな感じで話かけてこれるが、クラス替えして1か月ちょっとの知らないクラスメートとはまだ親しくなれていない。


 そう考えると、この子も小鳥遊さんと同じで見た目とギャップがあるな。

 それに萌えはしないけども。


「昨日の今日で、そんなに話すことなんてないわよ。さっきだって普通にテレビの話してただけだし」


「……なんだあ、つまんない」


「あなたをつまらせる為に私は生きているわけじゃないですからね」


「お、下痢止めみたいに言うね」


「言葉選んでもらっても良い?」



 そんな感じで今日もお昼ご飯の時間がくるのだった。



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