第3話 転校生は食いしん坊?

 そしてあっという間の昼休み。


 小鳥遊たかなしさんはお昼どうするんだろうと思って隣を見ると、その小鳥遊さんと目が合った。


りんちゃんはお昼どうしてるの?」


 むしろ、先に聞いてこられた。


「私は――いつもはお弁当か購買だよ。学食は混んでるからあまり使うことはないかな。今日は購買でパンでも買おうと思ってるよ。今朝はお母さんが仕事で早出するからお弁当作る時間がなかったの」


 大体、週に2回くらいは購買のお世話になっている。


 自分で弁当を作る?包丁の使用を家族から固く禁じられるような私にそんな事が出来るとでも?


「小鳥遊さーん。お昼一緒にどう?」


 そんな会話をしていると、クラスの女子が数人、お弁当片手に小鳥遊さんをお昼に誘ってきた。


 彼女たちは休み時間の度に小鳥遊さんを質問攻めにしていた内の数名だ。


「誘ってくれて嬉しいんだけど。今日は鈴原さんとパンを買いに行く約束なんだ」


「えー。そうなんだー」


 へー。そうなんだー。初耳だー。


「ごめんなさい。また今度ご一緒しましょうね」


 小鳥遊さんは天使のような笑顔を彼女たちに向ける。


「う、うん。また今度ね!」


 そして、その笑顔の直撃を受けた彼女たちは、顔から手からを真っ赤にして走り去っていった。


 血圧大丈夫かな?


「じゃあ、鈴ちゃん行こうか?」


 ぐっ!その笑顔は私にも効く!


「それで、こうばいって何?坂?」


 お嬢さん、勾配こうばいでパンは買えませんよ。



 小鳥遊さんを連れて勾配に――いや、購買に行くとすでに多くの生徒で込み合っていた。


 ちなみに校内にそんな坂は無い。


「凄い人だねー。あそこが購買?何があるか全然見えないね」


「ちょっと来るのが遅くなったからね。いつもならチャイムと同時に走ってくるんだけど」


「チャイムと同時?まだ授業が終わってないんじゃないの?」


「え?チャイムからチャイムが授業中でしょ?」


「……鈴ちゃんて、自由人なんだね」


 美人さんに褒められると照れるじゃないか。


「まあ、結構混んでるけど、これでも学食よりはマシだから」


 あっちの行列に今から並んでたら、食べ始める頃には午後の授業が始まってしまう。


「そうなんだ。でも、あれはきちんと並んでないから、買うのが難しそうじゃない?」


 ちっちっちっ!お嬢さん、私を舐めてもらっては困るな。

 一年間購買に通っている私が何の経験も積んでないとでも?


「あれはあれでコツがあるんだよ。今日は私が小鳥遊さんの分も買ってきてあげる。何が良いの?サンドイッチとかカレーパンとかがあるよ。あ、私のお勧めは納豆コロッケパンだけど」


 納豆の入ったコロッケが二つも入った名物パンだ。

 何故かいつも売れ残るので、今からでも多分買えるはずだ。


「………」


「小鳥遊さん?何にするか悩んでるの?」


「………阿須奈」


「え?」


「……小鳥遊さんじゃなくて…阿須奈」


「……阿須奈は何が良い?」


「私も鈴ちゃんと同じで良いよ」


 満面の笑顔でそう言われた。


 あなたはもっと自分を知った方が良い。

 そのうち歩いてて倒れる人が出るから。


「じゃあ、買ってくるから待ってて」


 女神の祝福を受けた私は戦いの場へと向かうのであった。


 おりゃあぁぁぁぁぁ!!


 込み合う人込みを瞬時に見分けて、一瞬でも空いた隙間に身体をねじ込む!


 買い終わって出てくる人を避けた隙間に飛び込む!


 肩で横の人を押して、崩れた瞬間に身体を前に入れる!


 そうして、私はあっという間に購買の先頭まで辿り着いたのだった。


「鈴ちゃん…凄い……」


「おばちゃん!!納豆コロッケパン2つ!!」


 その瞬間、購買に群がっていた生徒の動きがピタリと止まった。


 何かありましたか?



 そして、あっという間の放課後。


 小鳥遊さんはどうも体調が悪いらしく、午後からは元気がなかった。


 転校初日で疲れたのかもしれない。


 でも食欲はあるらしく、明日からは絶対にお弁当を持ってくると言っていた。


 納豆コロッケパンも全部食べてたし、結構食いしん坊さんなのかもしれない。


「鈴ちゃんは今日はもう帰るの?」


 鞄に教科書を詰め込んでいると、小鳥遊さんがそう言ってきた。


「帰るけど、お母さんに買い物を頼まれてるから、駅前のスーパーに寄ってからかな」


「そっか、一緒に帰ろうかと思ったんだけど」


「あ、ごめん。今日はちょっと……」


「ううん、良いの。……キニシナイデ」


 そのカタコトで気にするなというのは無理がある。


「じゃあ、明日は一緒に帰ろう」


「え!?うん!!約束だよ!!」


 お、おう。

 可愛さの圧が強いな。


「私ね!!親友と一緒に下校するのにずっと憧れてたの!!」


 その私の親友ポジは確定なんですか?

 クラスメイトの視線が痛いんで、もう少しマイルドな関係から始めたいと希望します。


「じゃあ、また明日ね!!」


「うん…また明日」


 私は軽快なスキップで帰っていく小鳥遊さんに、ひきつった笑顔を返すしか出来なかった。


 ああ、転校初日に疲れたのは私の方だ。



  


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