第6話 転校生はボッチさん?

「阿須奈がお友達を連れてくるなんて初めてなんですよ。それもお隣さんだなんて、本当に嬉しいわ」


 そんな小鳥遊さんと同じレベルの笑顔を向けられたら、いえ帰りますとは言えない。


 この部屋は魔物が出ないという言葉を信じて、決してここから離れないようにしよう。

 そう心に固く誓うのだった。


「じゃあ、私の部屋に行こうか」


 だが、そんな私の決死の覚悟は一瞬で砕かれた。


「えっと……阿須奈の部屋って……この階にあるよね?」


「ここは玄関なんだから、あるわけないじゃない?」


 だよね。そりゃそうだよね。


「部屋はだからこっちだよ」


 そう言って、私の腕を掴んだまま、玄関?の奥に見えている通路の入り口へと引っ張っていく。


 彼女の言う2階というのは、絶対に私が外から見た建物の2階じゃないと思う。


 私は踏ん張った体勢でずるずると引きずられながら聞いてみた。


「あの、に、2階、って、言うのは――」


「ん?ここの地下2階だよ?」


 やっぱり地下だったー。


「じゃ、じゃあ、じゃあ、そこは、魔物は――」


大丈夫だよ」


 じゃあ、その部屋まではー!?


「あとでお茶持っていくわねー」


 お母さん!!そんな呑気な事言ってないで、娘さんを止めてくださーい!!



 玄関?と同じような白い石造りの通路を歩いていく私たち。

 いや、歩いているのは小鳥遊さんで、私は床を足の裏で滑っている。

 これ以上引きずられていては、腕が抜ける前に足がちびて無くなってしまう。


 観念した私は、小鳥遊さんに言って手を放してもらった。

 そして、その背中に張り付くように肩を掴んで歩いて行く。


 顔の前で小鳥遊さんの長い髪が揺れている。


 しかし、今の私にはその髪の匂いを嗅ぐなどという余裕は全くもってない。


 くんかくんか。


 いや、少しはある。


「鈴ちゃん。そんなに怯えなくても大丈夫だよ。この辺は雑魚しかいないから」


 いや、こんなに怯えている原因を作ったのはあなたなんだけどね。

 あと、その見た目で「雑魚」とか言わない方が良いよ。

 その笑顔で言われると、サイコパスっぽくてめちゃめちゃ怖いから。


 ときおり動物園で聞いたような鳴き声が遠くから聞こえてきて、私の小鳥遊さんを掴む手に力が入る。


 私は小鳥遊さんの背中に頭を付けて、肩を手で掴み、下を向いて目を瞑り、出来れば耳栓も欲しいくらいの気持ちで歩いていた。


 ああ、子供の頃に行ったお化け屋敷でもこんな感じだったな。

 今になって考えると、本当に子供だましみたいなしょぼいお化け屋敷だった。

 でも、お化けがこの中にいるんだって考えただけで怖かったものだ。

 うーん、懐かしい。


「鈴ちゃん。着いたよ」


 そんなノスタルジックな気分に浸っていた私に小鳥遊さんがそう言ってきた。


 ああ、リアルお化け屋敷に引き戻されてしまった。


 歩き出して10分くらいは経っていただろうか、とても家の中を移動するのに掛かる時間じゃないな。

 アラブの石油王の家とかしか、そんなことにならないんじゃないかと思う。

 石油王がそんなに家の中を歩き回るのかどうか知らんけど。


 恐る恐る目を開けた私が見たのは、通路の壁にぽっかりと空いた四角い穴。

 その向こうに部屋のようなものがあった。

 でも、その床は薄いピンクのカーペットが敷かれてあり、部屋の中心には小さな丸い卓上テーブルがある。

 奥には何かクローゼットみたいなのもあるな。

 でも――扉は無い。


「どうぞー。入って入ってー!」


 先に入った小鳥遊さんが手招きしている。

 しかし、どうしても先に確認しておかなければいけないことがある。


「……この部屋って、扉は無いのかなあ…って」


「え?無いよ」


 無いんだ。

 出入りフリーダムなんだ。

 人も魔物も。


 ここまでは何にも出会わなかったけど、ここってダンジョンの中なんだよね?


 逃げ場の無い部屋の中で寛いでいる時に魔物に襲われるとか嫌なんですけど?


「やっぱり私そろそろ帰――」


「私がそっちに座るから、鈴ちゃんはここね!」


 めちゃ楽しそうにクッションをパンパンしている姿を見たら、帰るとかそんなこと言えないよお。


 諦めてクッションに座る私。


 意識は部屋の入り口に全集中だ。


「ふふん、こうやって部屋で友達と一緒にいるのって楽しいね」


 そこに同意を求められても困る。

 今現在もすり減り続けている私のか細い神経は決して喜んでなどいない。


 君には聞こえないのか?私の神経の叫びが!!


「でも、ちょっと自分の部屋を見られるのって恥ずかしいかな」


 恥ずかしがるとこソコ!?

 あなた、ダンジョンに住んでるんですよ!?

 何で今更部屋を見られることに羞恥心があるの!?


「他の女の子の部屋とか入った事無いから、女の子っぽい部屋っていうのがよく分からなくて」


 ダンジョンの中というだけで、どれだけ可愛らしく部屋を飾っても無意味だと思います。


 だって、誰も見に来ないもん。


「あ、今度、鈴ちゃんとこも行って良いかな?」


「え?あ、うん。…良いよ」


 でも、うちはダンジョンじゃないけど大丈夫そ?


「やったー!初めての友達の家だー!!」


 やっぱりボッチだったんかな?


「何故かみんな私が行きたいって言うと断られるんだよね。うちに魔物はいないから大丈夫とかって言って」


 前の学校で、どんな風に思われてたのか分かるわー。


 扱いが魔物ハンターじゃん。


「えっと……阿須奈はさ、魔物倒したことあるんだよね?」


 まあ、一応、念のため。


「そりゃあるよ。生まれた時からここにいるんだから」


 生粋のハンターだった。


「……生まれた時から、家がダンジョンだったの?てか、昨日引っ越してきて…あれ?」


 何で隣の家がダンジョン?

 前に住んでた人は何も言ってなかったと思うけど…。


「えっとね。最初はお父さんとお母さんが結婚して、それで家を借りて住むことになったんだって。で、その家に引っ越しの荷物を運び終わったら、急にダンジョンになったらしいよ」


 普通はなりません。

 その家に何が起こったのか…。


 じゃあ、最初のダンジョンはその家で…今のこの家はどういうこと?


「それから何回か引っ越しをしたんだけど、引っ越しをする度にその家が同じダンジョンに繋がっちゃうみたいで――」


 ん?ダンジョンがきてるの?


「あ、引っ越しちゃうと前の家は元に戻るから安心してね」


 別に前の家が普通になっても安心しませんよ。

 今のこの場所が普通にならない限りはね。


「だから、最近ではみんな慣れちゃって、家具ごと着いてくるから引っ越しが楽だねって言ってるの」


 家族そろってダンジョンにネジを何本か落としたんかな?


「阿須奈、お茶持ってきたわよ」


 小鳥遊さんのお母さんがお茶とお菓子の乗ったトレイを両手で持って部屋に入ってきた。


 この人、魔物が出るかもしれないところをこのまま歩いてきたんだよね?


 私はネジがどこかに落ちていないか、カーペットの上を見たのだった。



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