第18話 黒江をプロデュース
藤咲の一件以来、こっそりと黒江にお祈りを頼む者が堀内のカードゲーム仲間を始めとし、何人も現れた。
黒江に指名された代理人ということにして、一郎がその対応に当たる。
イチローというあだ名でも付けられそうなものだが、鈴木か鈴木君としか呼ばれなかった僕だからこそ、都合がいい。
そう一郎は自身を評価している。
黒江の隣に居ても、不審がられない。
それどころか目立つ位置に居ながら、その存在感の陰に隠れることすらできていた。
そんな一郎は彼らに、黒江がお祈りをするに当たり、こんな条件を提示した。
黒江を教祖とし、その力を認め、崇める宗教団体に入信するという条件を――。
当然、嫌がる者が多く居た。
だが、一郎はこう説得する。
「信じてないけど自分の願いは聞いて欲しいって、そんな道理が通らないことくらいわかるだろ?神社に参拝する時は先にお賽銭を入れてからお願いするのに、今はその逆をやろうとしてるんだぞ?叶ったらお賽銭を入れてやるよって」
こう言ってやれば、大抵が「そうか」と納得した。
他にも宗教という単語自体に抵抗を示す者も多く居る。
そんな者には、こう言ってやった。
「宗教とは言っても、便宜的にそう呼んでるだけだし、実際にはゆるいサークルみたいなものだよ。教祖は居るけど、今のところ教義も無いし」
これで皆、安心して入信する。
結局は自身の欲望の方が、優先度が高いのだ。
初めの内はできるだけ来る者は拒まず、金銭的に叶えられそうなものであれば、一郎は躊躇せずにお年玉や貯金やバイト代を注ぎ込み、また人的リソースで叶えられる――あるいは叶う可能性が高まる願いであれば、やはり金銭も駆使しつつ周囲にも協力を仰いだり、自身も努力を惜しまなかった。
こうして黒江の評判は徐々に上がっていき、それに比例して信者になりたいという者も増え始める。
テニス部の宮川も、試合に勝ちたいからと入信を希望した。
しかし同じ信者の藤咲はバレーの試合に勝ち、宮川は負けてしまうという事態が起こる。
当然宮川は文句を言ってきたが、一郎はこう反論した。
「信じる気持ちが弱かったんじゃないか?」
「いや、一応俺だって信じたんだけど……。なんで藤咲は勝てて、俺は負けるんだよ」
「他力本願だからだ馬鹿」と言ってやりたい気持ちを抑え、一郎は藤咲に話を振る。
「藤咲さん、試合に勝つために具体に何かやった?」
「あ、うん。毎晩寝る前にお祈りというか、してたよ」
「どんな風に?」
「黒江様のこと信じてますから、どうか見守っていて下さいとか、少しだけでいいので力を貸して下さいって感じで……」
「なるほど。それで、宮川はどうだったんだ?藤咲みたいに具体的に何かやったのか?」
「いや、そこまでは……」と、宮川は口ごもった。
そこに漬け込む。
「……その差だろうな。入信しただけでご利益を得ようとするからだ。そんな調子じゃ、やってきた練習もたかが知れる」
「……そうかもしれない」
「精進するしかないよ」
これでもう十分に、黒江の力を宣伝することは出来た。
これ以降は同じような、叶えることが難しいタイプの願いは一郎が断ることにする。
藤咲のよう、怪我を治して欲しいと頼んできたサッカー部員は、こんな風に断った。
「黒江様の負担が大き過ぎる。ずっと苦しみ続けているんだ。彼女はそういう願いを叶える代わりに、その痛みを引き受けてるんだぞ?対価を払うのは君じゃない。いずれ放っておいても治る苦しみを、人に押し付けるのか?自分が試合に出たいがために?」
もちろん嘘だが、こう言えばそれ以上食い下がっては来ない。
「……悪かったよ。知らなかったんだって、まさかそんな思いをさせるとか……」
しかし、突き放してばかりではなく、ちゃんとフォローも入れる。
「黒江様が祈りを込めたお守りを譲るよ。力は直接祈るよりも弱いけど、何もしないよりはマシだろ?」
「そうか!?ありがとう!助かるよ!」
溺れるものは藁をも掴む……か。
もしこれで怪我が治らなくても、力が弱いと念押ししているのだから、文句を強くは言えまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます