第8話 閉じた宇宙
空には一等星が輝き出していた。
星が好きで、天体観測のボランティアを天文台で行っていた一郎は、自然とそれらを見上げながら話を続ける。
「……さっきも言ったけど、祟りを起こす存在になることは第一フェーズでしかないんだ。君にとってはこれが通過儀礼の締め括りになる。ここを経て、みんなが無意識の内に黒江さんを畏れていたことを自覚するようになるんだ。そして次のフェーズは、ネガティブな存在からポジティブな存在への変換。君はみんなから祭り上げられることで怒りを鎮め、これまで祟りを起こしてきた力で今度は奇跡的なご利益をもたらす」
「そ、そんな力、私にはないけど……」
「わかってるよ。ちゃんと考えがあるから安心して欲しい。打てる手は打つし、あくまでもみんながご利益を信じさえすればいいんだ。たとえ偽りでも。きっと掌を返して、これまでとは真逆の態度を取るようになるはずさ」
「……詐欺みたい。そんなの……」
あくまでも黒江は乗り気でなかった。
一郎は苛立った様子も見せず、説得を続ける。
「いいじゃないか、詐欺でも。いじめをするような連中なんだし。それに本当の詐欺と違って大金を巻き上げる訳じゃない」
「そうだけど……」
「いいんだよ。人は信じたい嘘を信じる。その方が心地いいから。『大衆は小さな嘘より、大きな嘘の犠牲になりやすい』なんて言葉もある。望んでるんだ、大きな嘘を。どこまでも現実でしかない世知辛い世の中に嫌気が差し、潜在的にファンタジーを求めてる」
次に黒江が発した言葉は、一郎が予想しないものだった。
「……星が、好きなの?」
驚いたが、それを態度に出さず、逆に訊き返す。
「……どうして?」
「ずっと、空を見上げてるから……」
よく見てるな。
この観察眼は、いいかもしれない。
そう感じながら、一郎は脱線して話し出した。
「綺麗だなって、最初は感じたんだと思う。でもある時星の光が寂しげに見えたんだ。だからこそ、見てしまうのかなって」
「……少しわかる。星の光はなんだか、冷たく感じる……。実際には凄く熱いって知ってるのに……」
「冷たく感じるのには、理由があるのかもしれない」
「……あるの?」
「ああ。きっと、この宇宙がとても寂しい宇宙だと思い知らされるからなんだと思う」
「……よくわからない」
「宇宙が閉鎖された空間だとしたら、どうなると思う?」
「えっ、……えっと、急に言われても、わからない……」
「外に出られない。入ってくることもない。つまり、宇宙空間内の質量は、永久に一定なんだ」
「……それが、どうしたの?」
「つまりこの宇宙では、何度も同じことが繰り返されている」
「あ」と、黒江が短く声を上げる。
「同じ物質しか無いってことは、その物質同士の結合のパターンには限りがあるって……そういうこと?」
「うん。物質が有限なら、その組み合わせも有限。つまりその組み合わせは何度も繰り返されている。だからこの会話も、もしかしたら過去に数えきれない程したことがあるのかもしれない。逆にこれが初めてかも知れないけど」
「そういうことに……なるね。でもそれって、なんだか寂しい……」
「そうなんだ。星を見てると、それを思い知らされるんだよ」
「あっ、そういう……」
「機械的にパターン化されることでアイデンティティが脅かされ、存在する意義や価値が僕らにあるのか、それがよくわからなくなる。でもきっと、僕らの存在にも意味はあるんだ」
「……どんな?」
「それだけ宇宙が経験を積む速度が早まる。パターンを網羅するスピードが……。もしかしたら人や生物は、宇宙が経験する速度を上げる装置の一部なのかもしれない」
「じゃあ」と、一度区切ってから黒江はこんなことを言った。
「北極星をゼンマイみたいに回したら、は、早くなるんじゃないかな」
つい「ふっ」と、一郎は失笑してしまう。
……冗談も言えたのか。
「……かもな。まあ天の川銀河に限った話になるけど」
「あ、だね……」
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