いじめられっ娘を教祖に仕立て上げてみた

兼定 吉行

第一章 いじめられっ娘を教祖に仕立てあげてみた!

第1話 不可解ないじめ

「うーわ、死神が来たよ」

 信じられない。

 高校生にもなってまだいじめなんて愚行をしているというのか?

 小学生じゃないんだぞ……。

「なんか臭くね?と思ったら近くに黒江が居るよぉ!そりゃ臭いわー!」

 お調子者の男子、渡辺の言葉に教室内からはケラケラという笑い声が俄に起こった。

「最悪。なんで学校来てんの?おめーのせいで空気悪くなるんだけどー」

 素行の悪さが目立つ女子、加藤純菜(じゅんな)だ。

「おいブス聞こえてるか!?」と、今時珍しい不良の塚原浩平(つかのこうへい)も加わる。

 そんな中、鈴木一郎は周囲を見回した。

 皆が嘲るような顔で、その視線をただ一人の女子生徒へ向けている。

 その先に居るのは黒江朝美(くろえあさみ)。

 特段目立ったところもない、この一年三組のクラスメイト。

 紫峰(しほう)高校入学から一週間目。

 季節外れの風邪を引き、三日振りに登校した一郎の眼前で、このような光景が繰り広げられていた。

 どうやら僕が休んでいた間に、いじめが始まったようだ。

 そうさせたのはこのクラスの担任で国語教師、三十代後半の吉田兵吾(よしだひょうご)の責任によるところが大きそうだと推察できる。

 吉田はおおよそまともとは呼べない男だった。

 初日の挨拶からして、大きくずれていたのを思い出す。

「君達はもう大人とほとんど変わりません。だから必要以上にお互い干渉せずにさ、いい感じでドライな関係をこう……うまくね、築いていこうね。教師と生徒、仲良くとは言わないから、付かず離れずいい関係でいこうじゃないか。問題も起こさないでくれたら、内申点で期待に応えるからさ」

 そんなことを悪気もなさそうに言ってのけるくらいには、教育者としての常識を明らかに逸脱していた。

 行き過ぎた事なかれ主義。

 クラス内で問題……いじめが発生しようとも、見て見ぬフリをするような大人だと、この瞬間に多くの生徒が見抜いた筈。

 もしかしたら、誰も悪くないのかもしれない。

 加害者すらも、この男が増長させたことにより作り出した被害者であると言えるかもしれないのだから。

 ……とまあ、そんな極論は置いておいて――。

 一郎は周囲に目を向けた。

 それにしても、不可解な部分が多い。

 たった三日の間に、何があったというのだろう?

 この場で誰かにそれを訊ねる訳にもいかず、大人しく自席から成り行きを見守る。

「何が朝美しいだよ?朝も昼も夜もブスだろーが!キャハハ!」

「純奈ウケるー」と、カースト上位グループの女子達も馬鹿にした笑みを浮かべ、同意した。

 ……世紀末かな?

 成績の優秀さから担任の推薦で、クラス委員長となった男子カーストトップである桐田一也(きらはらかずや)も、やはり口元に笑みを携え、黒江へと軽蔑の眼差しを向けている。

 同じく女子カーストトップにして副委員長の戸川結(とがわゆい)も、クラスメイトを咎めようともせず、むしろもっとやれと言わんばかりの視線をやっていた。

 一郎は呆れ果てる。

 一体僕は何を見せられているんだ?

 ばつが悪そうに肩をすぼめ、身を縮め、視線を落とし、針のむしろとなった黒江は老婆のように腰を前傾させたまま自席へ向かっていく。

 彼女の黒く真っ直ぐな髪だけが、この教室という空間内で自由に揺れていた。

 だが揃った厚い前髪は、目元をカーテンのように隠している。

 それが警察に護送される犯罪者を彷彿とさせた。

 ある種のショーのようだ。

 そう一郎は感じる。

 誰が仕掛けたのか、劇場型だと。

 それから予鈴が鳴り、ホームルームのために担任がやって来る頃、ようやくよく知った以前の落ち着きを取り戻した教室。

 黒江は数少ない北中出身だが、一郎と同じ西中出身の生徒は多い。

 その一人である、後ろの席の田中巧(たなかたくみ)へこそりと訊ねる。

「……僕が休んでる間に何があった?何が原因でこうなってる?」

 しかし、田中は――。

「さあ」としか答えない。

 その後も「わからない」「気付いたらこうなってた」「何かあったんじゃない?」と、要領を得ない返答を繰り返すばかり。

 そしてそれは他の者に訊いても同じだった。

 だがようやく辿り着いた元西中、砂田美琴(すなだみこと)からその原因らしい目撃談が自信無さげに語られる。

「……あー、なんか蛾が肩に止まってて、それに気付いた加藤さんがキモい近付くなーって言って蹴っ飛ばしたのが始まりかも」

「えっ」

 そんな程度で?

 一郎は耳を疑ったが、これ以外にいじめの原因と思しき出来事は無かった。

 ちょうど三日前、このいじめが始まった日のことだという。

 確かに、これが原因なのだろうが――。

 そのあまりのショボさに、肩透かしを食らっていた。

 ……すぐに飽きるだろ。

 そう一郎は結論付け、興味を無くす。

 だが驚くべきことに、この一過性に思われたいじめは陰湿さを伴い、その後一ヶ月経っても続いた。

 また改善する様子も一切見られない。

 恋の溜め息で教室の天井には雲でもできそうな湿度。

 恋に部活にバイトに勉強に遊びに。

 時間がどれだけあっても足りない寝不足のはずのこの高校生活で、まさかこんな幼稚な光景を目にするなんて夢にも思わなかった

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