エピローグ3:エーディン

<エーディン視点>


 魔剣国バルムンクの庭園に佇むとある広場。

 血のように赤い花々と金貨のように輝く黄色の花々雪のように白い花々が立ち並ぶ。

 その中心に高い石碑がそびえ立っている。

 その上には魔剣国の王家の紋章が刻まれていた。


 戦いを終えた後、アタシは王都には向かわず父親が眠るこの墓石の前に訪れていた。


 この後は英雄の国の国王との外交が控えているが、それはまだ後の話だ。

 アタシの側近のクラウスが後ろで控えていた。


「ロキシス教団はどうなった?」

「残党はほとんど残っておりません。

 生き残った者も全員が降伏しております」

「仇は取った、と言っていいんだろうか」


 アタシは父親の墓石を見つめながら静かに呟く。


「秘宝をこの国に戻すことはできなかったが……魔王を超える災厄が取り除かれた今、もはやこの国にはいらない力なのかもしれないな」


 ロキシス教団に奪われたと思われていたこの国の秘宝である大地の魔秘石は、いつの間にか彼が取り戻していたようだった。

 おそらく、魔城での戦いの中でロキシス教団の幹部の誰かから取り返していたのだろう。

 英雄ヒロとの戦いの役に立てるのならと彼に預けたままにしておいたが、最後の戦いで秘宝は失われたと彼は言っていた。 


「王都との魔剣の取引はどうなっていく予定だ?」

「英雄ヒロは王都の中にも悪い噂を流し、最終的にはこの国を乗っ取るつもりだったようです。

 しかし、それは彼の手によって未然に防がれた。

 国王も洗脳が解かれたようですし、以前のように交易が行えるでしょう」

「それならよかった」


 クラウスと話していると、向こう側から黒い鱗を持ったトカゲのような外観をもち左目に眼帯をつけている竜人が歩いてくる。


「ドラガー殿……」


 それは竜人の中でも伝説的に語り継がれている存在、黒竜人ドラガー。

 今回の戦争でも竜人たちを率いて勝利に貢献してくれた一人でもある。


「傷はもういいのか?」

「はい。 エイル殿の回復魔法の腕は大したものです」

「あれを腕と言っていいものか……

 確か、禁断の魔導書に封印されていたとされる魔法創造によって生み出された回復魔法だろう?」

「なんと……彼女の力はそんなモノによる代物だったのですか……

 通りであの年に見合わぬ力を秘めているわけです」


 ドラガーはアタシの横に立つと、同じように父親の墓石の前に佇み、胸に手を当て敬礼を行う。


「この戦いで失った仲間たちは決して少なくありません。

 スルト殿の側近であるカゲヌイ殿も自身が最も信頼していたオーガのオルガス殿を失ってしまった」

「……アタシもだ。この戦いで失った兵士の数は少なくない。

 これでも彼らの活躍によってかなり少なくできたほうなのだがな。

 だが、例え一人でも我が国の大切な兵士であることに変わりはない」


 アタシとドラガーは父親の墓の周りに立てられた兵士たちの墓標を悲しい目で見つめる。


「貴殿はスルト殿の配下なのではないのか?」

「私はこの国の手助けをしたいと申し出たところ、了承していただきました」


 詳しくは知らないが、彼は英雄ヒロを打ち倒してからというものの数日の間、国王から与えられた豪華な宿の一室に引きこもっているという。

 噂では英雄ヒロから受けた傷が癒えていないとされているが、真実は定かではない。


 そんな状態の中でこの国のためにドラガー殿の申し出を了承してくれるとは、彼にはどこまでも借りを作ってばかりだ。


「アタシは、この魔剣の国を率いていけるだろうか?」


 戦いの中で彼らの強さ、異次元さをこの目で嫌というほど見せつけられた。

 

 反則級の強さを持つ英雄たちに対して、天災を容易く起こすような実力で正面からぶつかり合い、全てを打ち砕いた。

 魔城の力をこの実に宿したことでアタシは心のどこかで慢心していたのかもしれない。

 だからこそ、自身の魔力と魔剣の力だけであそこまでの実力を発揮する彼らの力には驚かされた。


「アタシはこの戦いで役に立てたんだろうか?」

「姫様が軍を率いて魔城を守り切らねば、英雄ヒロを援護する者が玉座の間に侵入し彼は英雄に勝てなかった可能性もあります」


 後ろに控えていたクラウスがアタシが漏らした弱気な発言に対してかばうようにその言葉を口に出した。

 その後ろに並んでいる竜人の兵士たちも同じ心持のようで、深く頷いていた。


「そうか……お前たちがそう言ってくれるのならそうなんだろう。

 アタシたちは、彼らが戦っている間無事に魔城を守り切ることができたんだな」


 クラウスのその言葉と、竜人の兵士たちの反応のおかげで肩の荷が下りた気がした。


「偽の英雄を倒した今、しばらくの間は魔城の力も必要ないだろう。魔剣の力もだ。

 だが、これからも争いはきっと起こるだろう。

 真の英雄となった彼らを狙う者たちがな。

 きっとアタシたちの力が必要になる時は来る」


 アタシは懐から一振りの魔剣を取り出す。

 これはアタシが幼い頃に父親から教わって初めて打った魔剣だ。

 アタシは何か重要な覚悟や決定を下す時、この剣を父親に向けて宣言することにしている。


「これからは魔剣の力を、争いのためではなく平和のために使うことを、魔剣国の姫として、新たな王として、父の前で誓わせてもらう。

 クラウス、ドラガー殿。 そして我が国の兵士たちよ。

 アタシについてきてくれるか?」


 背後にいる兵士たちは一斉に敬礼し、全員が同じ覚悟のようだった。


「彼には、感謝してもしきれないな」


 自身の国を守ってくれた恩人の顔を頭に浮かべながら、アタシは改めてこの国のために、彼のためにこれからも戦っていくことを固く心に誓った。

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