エピローグ2:リリーシュ

<リリーシュ視点>


 私は王都にある城の高い塔の一室の窓から町を見下ろしていた。

 そこには、ゴブリンやオーガといった魔物たちが町を平然と歩き、人間の指示の元、建築のための資材を運んだり、荷物運びといった仕事をこなしていた。


 その光景は、つい先日までは魔物は人間の絶対的な敵対者であるという英雄ヒロの話を信じ切っていた人間たちからすればありえない光景だった。


「まさかこうして魔物と人間が同じ町で歩いている様子を見ることができるだなんて思わなかったわ」


 私はそのありえなかったはずの光景を見ながら呟く。


「よくこの国の国王も魔物を王都に入れることを許可しましたね」


 部屋に立っていた私の護衛兼側近のウルグが灰色の狼の耳を揺らしながら話す。


「国を救った英雄の仲間ってことで、なんとかね。

 人間たちの仕事を手伝うっていうことを条件に一時的に入れてもらってるだけとはいえ、これは大きな一歩だわ」


 私は遠くにある教会の建物に目をやる。

 窓の隙間から教会の中の様子が見える。

 そこには戦争で負傷した多くの騎士たちが運び込まれ、治療を受けていた。


「英雄ヒロは人間の騎士たちや民衆ですら洗脳によって無理やり戦場に駆り出した。

 そのせいで王都中の働き手がいなくなったみたいね。

 魔王様のおかげで被害は最小限に抑えたとはいえ、怪我人は多い。

 だからこそ代わりの働き手を確保したいって人間は多かったみたい。

 文字通り、魔物の手も借りたいってくらいね」

「それをうまく利用して、魔物を労働力として提供し、人間と魔物の共存の足掛かりにしようと考えられたのですか?」

「そうよ。 とはいってもまだ疑ってる人間や怖がっている人間は多いけどね」


 近くを通り過ぎようとする人間たちは魔物の姿を目にするり驚いた顔をしたり、怯えた顔をしてできるだけ近づかないようにしている。

 近くに騎士が何人もいて見張っているが、それでも不安な者は多いようだ。


「でも、魔王様が魔物たちを従えたことで人間たちを害さないようにしているっていう話は王都中に伝わってる。

 いずれ受け入れる人間たちも増えていくはずよ」


 実際、何人かの子供は魔物を見て目を光らせながら憧れの眼差しを向けている。

 オーガたちは困惑しながらも肩の上にのせてあげたり、ゴブリンたちは子供たちとちゃんばらごっこをしていたりもする。


「まさか、彼は本当に成し遂げるなんてね」


 私は迷いの森で彼に初めて会った時、彼が言い放った言葉を思い返す。


『俺は先代魔王が成し遂げられなかったことを成して見せる。俺ならそれができる』


 最初に聞いた時は世迷言にしか聞こえなかった。

 先代魔王の最終目的は「人間と魔物の共存」

 私たちが協力して、先代魔王が命をかけても達成できなかったそれを彼は実現すると言い放った。


 私は先代魔王がそれを成し遂げられず異形の怪物と化し、英雄ヒロに倒されたことで全てを諦め迷いの森に引きこもった。


 今になってそれを実現できるだなんて夢にも思わなかった。

 全ては彼のおかげだ。 


「でも、ここからよ」


 私は人間と魔物たちが一緒に歩く町を見下ろしながらそう呟いた。


「これはまだ始まりにすぎないわ」


 そう、これはただの始まりの第一歩に過ぎない。

 私たちは、踏み出すことすらできなかった第一歩をようやく踏み出したにすぎない。


「あとは、どれだけ長くこの平和を続かせることができるかよ」

「俺も、この命に代えてもリリーシュ様のために尽くす覚悟です」


 ウルグは覚悟を決めた瞳をこちらに向けながらそう宣言してくれる。


「ふふ……」


 ウルグの忠誠の言葉を聞き、大昔に私がウルグを拾った頃の小さな姿を思い出す。


 彼は両親がいたが、魔物同士の戦いに巻き込まれ命を落とした。

 彼も怪我を負い、生死の境を彷徨っていたところを私が助け、治療した。

 それ以降彼は私を心酔し、私に恩を返したいと強くなり、今まで尽くしてくれた。


「別に、無理に私に付き従わなくてもいいのよ?」

「この命はリリーシュ様に拾われた命です。

 リリーシュ様のために捨てる覚悟です」

「はいはい、貴方はそういう子だったわね」


 私は呆れ気味にそう呟く。


 私を信じて従ってきたウルグ、そして魔物たち、なにより私たちの悲願を叶えるための壁を打ち砕いてくれたスルトのためにも、私たちは人間と魔物の真の共存を成し遂げなければならない。


「この平和がずっと続かせることができたらいいわね」


 心地の良い風が吹く王都の塔の窓辺で黄昏ながら、私はそう呟き、ほほ笑んだのだった。

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