最終話 大虐殺の魔王になりたかった青年
俺はエイルの案内の元、戦争の場所へと再び戻ってきた。
周囲を見渡すと、敗北した騎士や兵士たちが呆然と立ち尽くしている。
「エーディン、ここに全体が見渡せるような塔を建てろ」
「アタシがか? 意図を聞いてもいいか」
「決まっているだろう。英雄が死んだことを知らしめるのだ」
納得したのかエーディンは右手を前にだし自身のスキルを発動させた。
《物体生成》
目の前に一戸建てくらいの高さのある塔が生み出されていく。
エーディンの思考が反映されているからなのかそれはドワーフの作る城に似た外観だった。
岩石や鉄鉱石など鉱物によりできた石壁でできており、塔の頂上には竜人の角を思わせる装飾が施されている。
なかなかの出来だ。
この俺が愚民共に魔王宣言をするに相応しい。
俺は塔の中へと入り階段を登る。
階段を一段一段登っていく俺の足音が重々しく響く渡る。
その音が鳴るたびに俺はその瞬間を今か今かと待ちわびていた。
英雄の死を愚かな民衆共に知らせ、新たな魔王が地上に現れたということを知らしめるために。
世界に真の恐怖を深く植え付けるために。
一番高い場所へと登りつめる。
その瞬間、地上にいる敵の兵士たちが一斉にこちらを見る。
「あれは——」
「まさか、あれが——?」
恐怖、困惑、不安、といったあらゆる感情の視線を感じる。
なんだか、前世でやりたくもないのに全校生徒の前で発表させられた時のことを思い出すな。
あの時は他にやる人がいないからとか言われて無理やりやらされた上に俺の好きなようにしようとしたらすごい怒られて内容を変えさせられた。
その結果面白くもない内容の原稿を言わせられてクラスメイトに笑われたりもした。
そのせいで人の前で演説したりしようとすると緊張して喋れなくなったんだっけ。
だが俺はもうあの時とは違う。
俺は異世界に来て、魔法という力を手にし、優秀で信頼のおける配下を手に入れた。
そしてなによりこの最強の魔剣を手に入れた。
そして英雄すらもこの手で殺した。
その栄光をこの手で掴み取った。
もはや今の俺には演説に怯える理由などどこにもない。
むしろ武者震いすらしてくる。
俺は緊張ではなく、歓喜によって震え始める自身の右腕を押さえ、高らかに声を上げた。
「聞け!英雄ヒロの配下だった兵士たちよ!」
俺は聖剣エクザクスと英雄ヒロが持っていた腕輪を兵士たちに見せる。
「貴様らの敬愛していた英雄ヒロは死んだ!」
俺がそう宣言した瞬間、兵士たちに大きな動揺が走る。
「あの英雄が……!?」
「信じられない……!」
「しかし、聖剣と腕輪がここにあるってことは——」
動揺がおさまらぬうちに俺は次の言葉を述べていく。
「俺が何者であるか、もはや言うまでもないことだろう。
俺こそは新たな時代を創造せし者。
奴の望んでいた野望をこの俺が打ち砕いた、これからは俺こそがこの世界を牛耳る。
喜ぶがいい!! 貴様らは新たな時代を目撃する生き証人となるのだ!
強大な火竜の縄張りに新たな火竜が舞い降り火竜の命ごとその縄張りを己が物とするように、英雄は死に新たな者がこの世界を支配する時が来たのだ!
この名を永遠に記憶に刻むがいい、我が名は——」
俺が演説の最後にかっこよく名前を語ろうとした瞬間、どこからともなく突風が吹き荒れる。
「我が名は、魔王デスルトス。新たなる魔王となりこの世界を絶望に導く者である!!」
ついに言い切った。この演説を何度考え直し、何度書き直し、何度練習したのか見当もつかない。
俺は今この瞬間確信した。前世での理不尽も苦痛も孤独も全て、今この瞬間のためにあったのだと。あの無為の日々は無駄ではなかったのだと今ならそう思える。
俺は両手を掲げ、静かに両目を閉じる。
数秒後に来るである怨嗟、悲鳴、恐怖の声を全身で浴びるために。
——すると、魔導士の女性がある一言を呟いた。
「真の……英雄様……!!」
「……え?」
俺はその思いがけない一言に唖然としてしまう。
その一言につられるように周囲の騎士たちも口を開く。
「俺たちを偽の英雄の幻惑から救い出し、起こってしまった戦争すら犠牲者を最小限に抑えて停戦に導くなんて……」
「それだけでなく、分かり合えないはずの魔物たちと和解し和平を結ぶなど!」
「彼こそ真の平和をこの世にもたらしてくれる真の英雄に違いない!」
「スルト様!!」
「真の英雄だ!」
「スルト様バンザイ!!」
民衆たちは恐怖するとどころか歓声を上げ始め俺のことを英雄と称賛し始める。
——俺はこの時気づいていなかった。
最後の一番重要な宣言が突風のせいで騎士たちの耳に届いていなかったということに。
俺は咄嗟に後ろに振り向き後ろにいるメアとカゲヌイに聞く。
「……メア、カゲヌイ。どういうことだ?」
「なんでだろうね?」
「いや、私に聞くなよ」
「一旦降りるぞ。エイルたちから聞けば何かわかるかもしれん」
俺は塔から飛び降りエイルのいる場所へと向かう。
「おい、エイル。これは一体——」
「失礼、貴方がスルト殿か?」
他の騎士よりも豪華な装飾が施されている鎧を身に着けた騎士が現れる。
「私は騎士団長グローレンス。
王都へ来ていただけないか。
ことの詳細を精査せねばならない」
「え? え? あ、うん」
俺は頭が真っ白になり、その申し出を頷いてしまった。
「あれ、スルト? スルト?」
メアが肩をツンツンとつつくが俺は何も反応を返すことができなかった。
****
その後のことはよく覚えていない。
うっすらと思い出せることは、まずエイルの転移魔方陣を使い王都へと移動したこと。
そのあと事件の詳細を聞かれ、あれこれと答えた。
ルーン魔法学園で学園生たちを殺戮したこととか、教員たちを皆殺しにしたこととか、学園の校舎を派手にぶっ壊したこととか。
「浄化の剣で狂った学園生を救い出すとは……まさかそんな力があるとは!!」
「まさか、学校の教員たちにロキシス教団の者たちが紛れ込んでいたとは、信じられん。誰も気づかなかったことに気が付き、人知れず対処されるとは!」
「校舎に突如出現した魔竜に極大魔法を放ち討伐なさるとは、素晴らしい!」
次に冒険者ギルドであったことを話した。
魔物たちを率いて町に攻め込んだこととか。冒険者たちを殺戮したこととか。聖女リカラをぶっ殺したこととか。
「誰にも成し遂げられなかった魔物語を習得し、なおかつ魔物との和平を実現するだなんて……貴方は一体……」
「町を滅ぼそうとしていた悪党たちを粛清してくださるとは……」
「聖女リカラが裏で悪事を行っていたことに、一体どうして気が付いたのです!?」
魔剣国で起こした事件についても話した。
ドワーフの秘宝の大地の魔秘石盗んだり。
あとロキシス教団に盗みの罪押し付けたりこととかも。
なにより魔城を奪い取るために暗躍したことも。
「偽の英雄に狙われることを先んじて判断し、魔剣国に危険が及ばぬように自身に注意が逸れるようにしてくださるとは……」
「国王暗殺の罪を擦り付けられても逃げずに立ち向かうだなんて……」
「魔剣国と手を取り偽の英雄と戦うなんて!!」
何を言っても流石真の英雄、としか言われなかった。
どうやら英雄ヒロは裏で悪事を行っており、俺が英雄ヒロを倒したことでむしろ喜ばれてしまったらしい。
そのあとはなんか王都の城にある国王の謁見室に招待された。
「国王を代表してお礼申し上げます!
我々だけでなく、多くの国民が彼の幻惑スキルにかかり正気を失っておりました……
貴方こそ、真の英雄です!」
「……何を言っている、俺は英雄などではない!俺は魔王で——」
俺はなんとか英雄という言葉を取り消そうとしたが、それすらも裏目に出始める。
「ご謙遜を……」
「なんと、自身がした功績を功績とも思わないとは、なんというお方だ!」
「流石は真の英雄……」
俺が何を言おうと、何をしようと周りが俺を英雄と呼ぶ。
あまりの事態に俺は流されることしかできなかった。
そのあと、凱旋式だなんだとか言われて連れまわされた。
既に俺のことが王都中に広まったのか、人々が俺たちの姿を見て称賛する。
——あれ? この光景、どこかで見たような。
そうだ、子供のころに見た英雄ヒロの凱旋式だ。
俺が、魔王になりたかったはずの俺が、英雄扱いされて、凱旋させられてる?
なんだこの状況は。
本来は俺がこの場で英雄の首を晒して恐怖に打ちひしがらせてやるつもりだったのに……
いや、間に合うか?
今こそ、英雄ヒロの死体から奪い取った魔剣と腕輪を掲げ上げて——
「「ワァァアアアーーーー!!」」
「見た? 偽の英雄は死んだ、俺こそが真の英雄だ、ですって!」
「おかしいと思ってたのよ、誰もあの英雄を称賛してばかりで疑おうとしないんですもの」
……あれ、また裏目にでた?
どうして俺のすること全てが裏目に出るんだ。
「スルト!」
向こう側から歩いてきたエイルを見つけた。
「スルト!」
「……エイル?」
エイルが民衆をかき分けて俺の前に現れる。
「……おい、これは一体どういうことだ。
どうして民衆が俺のことを英雄と言うんだ」
「安心して。既に貴方の功績は伝わってるわ。
ルーン魔法学園で魔竜を倒し、操られた学園生たちを助けてくれたこと。
それに冒険者の町で悪事を働いた聖女リカラを倒し町を救ってくれたこと。
魔剣国で事件を起こそうとしたロキシス教団を全滅させたこと。
それになにより、この世の全てのスキルの力をわが物にしようとした偽の英雄ヒロを倒してくれたこと」
なにそれ、俺一つも知らないんだけどそんな功績。
何?魔法学園で魔竜を倒した?
魔法学園の校舎をあれだけ破壊したのに、なんでそれが悪行として広まってないんだ?
学園生たちをあれだけ殺戮したのにどうして救ったことになってるんだ?
聖女リカラを無残に殺したのにどうして町を救ったことになってるんだ。
魔剣の国バルムンクで魔城奪い取ったのに、どうしてそれが悪事になってないんだ。
なにより、何よりも……
「どうして英雄ヒロをぶっ殺したのに俺が英雄になってんだ!!」
俺はたまらず地面を両手で強く打ち付ける。
俺の頭の中で一つの答えが生まれる。
「俺のやってきたことが……何故か全て善行に変換されている……!?」
「……みたいだな」
カゲヌイが静かに呟く。
カゲヌイは自身の一番の目標である英雄に復讐するということをやりきったが故に満足してしまったのか、どこか遠い目をしていた。
「スルト……大丈夫?」
メアが心配そうに優しく俺の肩に手をのせる。
俺が魔王になりたいことを一番身近で知ってくれていたのはメアだ。
だからこそ俺に同情せずにはいられないのだろう。
配下に同情されるなどという魔王を志す者にとってはあってはならない事態になりつつも俺はそのことに怒れないほど追い込まれていた。
「俺は魔王になりたかったのにぃぃいいい!!」
「もう諦めたらいいんじゃないか?これだけ英雄って言われたらもうどうしようもないだろ」
カゲヌイが諦めたような声で静かに呟く。
俺は、俺は—―
―――――――――――――――――
魔剣レーヴァテイン
代償:装備者が願った望みを完全に諦めた時、魔剣に取り込まれる。
―――――――――――――――――
「——いや、諦めん。絶対に俺は諦めん」
俺は静かに立ち上がる。
「逆に言えば、俺は周りからは英雄と呼ばれている。すなわち、いくらでも悪事がし放題だということだ!先代魔王は騎士団長だったのが反旗を翻した。英雄ヒロは裏で悪事を行っていた。
同じように俺も英雄と言われている身分を利用すればいくらでも悪事がし放題だということだ!」
俺は天がこの俺に突き付けた理不尽に屈することなく、そう宣言する。
その姿を見たメアは目を輝かせ、カゲヌイは頭を抱えながら静かにため息をする。
「メア、カゲヌイ、俺は絶対に魔王になる野望を諦めん。人類を皆殺しにし、大虐殺の魔王として恐れられるその時までは!!」
「スルトのためなら私はどこまでもついていくよ」
「はいはい……ここまで来たんだ。いくらでもお付き合いしますよ、魔王様」
知らず知らずのうちに英雄になってしまった俺とその配下たちの、魔王になるために物語はまだまだ続く。
というか、いくらやっても望んでも永遠に魔王になれないことに俺はこの時気がついていないので、ずっと続いていくことになる。
これは、大虐殺魔王になりたかった俺が「装備者の望みを逆の形で叶える呪い」を持った魔剣を抜いた結果魔王どころか英雄になってしまった話である。
-------=======[Fin]=======-------
※Finと書いていますがキャラごとのエピローグがもう何話か続きます。もう少しだけお付き合いいただけますと幸いです。
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