59話 スキルの進化
「お前は……森の奥地のいる淫魔!」
「あら、聖女リカラ様に知ってもらえて光栄の至りね」
《幻惑》
リリーシュが魔法を発動した瞬間、鎌を持ったリリーシュの姿が揺らぎ、四人に分裂しリカラに襲い掛かる。
リカラは咄嗟に防壁魔法を展開し、襲い掛かるリリーシュの猛攻を防ぎ続ける。
咄嗟に杖を振り炎魔法をあたりに展開するも幻惑を破ることができず偽物ばかりに攻撃を加えてしまう。
「ぐぅぅっ!!」
「出し惜しみはしないわ」
《水竜》
スルトとの戦いでも使用した水の竜を生成する魔法を使いリカラを囲うように責め立てる。
リカラは必死に炎魔法を飛ばすがどれも当たらずすり抜ける。
「く……偽物ばかり……この私を馬鹿にしているつもりですか!!」
どうやらリカラの相手をしているのは全て幻惑のようだ。
そう、これはリリーシュがメアとカゲヌイを助けるための時間稼ぎである。
そして本物のリリーシュが二人の前に現れる。
「貴方たちのおかげでウルグを助けられたわ」
リリーシュは気を失った耳狩りウルグが抱きかかえていた。
メアたちが戦っている間に馬車の中で縛られていたウルグを回収していたのだ。
自分のなすことをすべくリリーシュは周りを見て状況を把握する。
「リカラには回復魔法を使った相手を操る能力があるみたいだけど、魔王様が使った技のおかげでウルグにかけられた魔法は解除されているみたいね」
スルトが放った魔剣による技、《魔剣の衝撃》
その範囲は本人が考えているよりもずっと広く、馬車に捕らえられていたウルグにもその効果が影響し、ウルグにかけられた操る力も解かれていた。
「それにしても、生命力を奪い取る竜なんてね……いやな気分だわ」
リリーシュが魔竜マナルティアの様子を窺っている。
魔竜は大きな傷を負ったことで周りからの魔力吸収を止め、傷の回復を始めた。
リリーシュが魔鎌アダマスの一撃を食らい負った大きな傷が光と共に徐々に再生しだす。
「どうやら傷の修復と魔力の吸収は同時に行えないようね」
《幻惑》
リリーシュは両手に桃色の魔力を込めると、その両手を魔竜マナルティアに向け、その周りを幻惑で包んだ。
「この竜は私が誘導する。
貴方たち二人はこれを飲みなさい」
リリーシュはメアとカゲヌイに魔力回復ポーションを渡す。
「……礼は言わないぞ」
カゲヌイはリリーシュから魔力回復ポーションを受け取ると、瓶の蓋を開けて飲み干す。そして同じものを意識を朦朧とさせているメアの口元に持っていき飲ませる。
「全く、素直じゃないわね。相変わらずだわ」
「り、リリーシュ様……」
ウルグがいつの間にか意識を覚醒させており、上半身をゆっくりと起き上がらせる。
「俺にも、戦わせてください」
「貴方は休んでて。まだ本調子じゃないでしょう?」
「そういうわけにはいきません、元はと言えば俺が任務に失敗したことが原因です……!」
「はぁ……」
リリーシュは呆れるように深くため息をついた。
こう言い始めたウルグは、もはや何を言っても聞かないことは、長い付き合いであるリリーシュには分かっていた。
「……分かったわ。起き抜けに悪いけど、できる?」
「お任せを」
リリーシュはメアとカゲヌイの前に立つとウルグをその場におろした。
「二人とも、確かメアと……カゲヌイで合ってるかしら?
悪いけど、このウルグと協力してリカラを倒してほしい」
「こ、こいつとか?」
カゲヌイはウルグに視線を向けながら不服そうな顔をする。
「なんだ、俺と共闘するのに何か問題でもあるのか?」
ウルグはカゲヌイの態度を見てむっとした表情をする。
「先日殺し合いした相手と共闘しろって言われて素直にできるわけないだろ」
「今は喧嘩してる場合じゃないでしょう。
少なくとも、私たちには共通の敵がいる。
そうでしょう?」
リリーシュは喧嘩を始める二人を諭しながら、リカラを指さす。
「貴方たちがどれだけできるかでこの町、ひいては魔物たちの未来に関わってくるんだから。それを自覚しなさい。もう時間もないから私は行くわ。魔竜は私に任せなさい」
そういうとリリーシュは魔竜の方に飛び立った。
幻惑を魔竜マナルティアに集中したことでリカラの周囲を囲んでいたリリーシュの幻惑が消え去る。
そしてメア達のことに気が付き、殺意を向けてくる。
「よくもこの私をコケに……!」
その威圧感に三人は気圧されてしまう。
まず最初にウルグが作戦について尋ねる。
「おい共闘するとは言ったが、お前たちはどう戦うつもりだ?」
「——今回は私に従ってほしい」
ウルグの問いに対していつの間にか立ち上がっていたメアが名乗りでる。
「私が最初に聖女のところに突っ込む。
でも私が正気なままだとまた操られるかもしれない。
だからすぐ魔眼を使って暴れる。
皆はその隙をうまくついて」
「分かった」
「いいだろう、お前たちと手を組むのは不本意だが協力してやる」
メアの作戦にカゲヌイとウルグが了承した。
「今!」
合図と同時にメアはリカラに向かって一直線に突っ込んだ。
リカラは突っ込んでくるメアを見て恨めしい表情をしている。
「さっきはよくもこの私に傷をつけてくれましたね……
私が回復しかできないような低俗な魔導士だと思わないことです!!」
《無限火球》
無数の炎の玉を周囲に展開した。
展開した炎の玉が目にもとまらぬ速さで次々とメアの元へと向かう。
しかしそれら全てを見切り左右上下に縦横無尽に動き回りことごとくかわしていく。
「くっ……どうして当たらない……!!それなら——」
《拘束魔法》
「!!」
リカラが魔法を唱えた瞬間、メアの足元から生えた紐状の土がメアの足に絡みつき動きを止める。
動きが止まった瞬間を見逃さずリカラは次なる魔法を発動した。
《業火球》
リカラの杖の先端から赤黒い巨大な炎が生成され、メアに向けて飛んでいき激しい炎に包まれる。
《氷の壁》
しかしその業火の炎は巨大な氷の壁に防がれた。
咄嗟にリカラとメアの間に入ったウルグがこの魔法を展開することで魔法を防いでいた。
「ただ突っ込めば勝てると思ってたのか。
少しは考えて——」
「ガァァァア!!」
メアは自身の足を拘束していた土の紐を剣を切り裂くと、そのまま目の前にいるウルグに斬りかかった。
ウルグは動揺しつつもそれを咄嗟に横に移動することで回避した。
「なっ——
お、おい!こっちは味方だぞ!
どうやら本当に暴走するみたいだな……」
ウルグは執拗に自身を追いかけ続けるメアから距離を取り続ける。
「おい!メアをリカラのところに誘導しろ!」
カゲヌイはウルグに向かって叫ぶ。
「俺に命令をするな!」
そう言いつつもウルグはリカラの近くに移動し、暴走状態のメアをリカラの元まで誘導した。
メアのヘイトをうまくリカラに向けたことで、メアはリカラに集中攻撃を仕掛けている。
カゲヌイとウルグも、メアの剣による攻めに合わせて攻撃を仕掛けている。
それに対しリカラは防壁魔法を同時展開することで攻撃を防ぎ続けている。
「おいおい……さっきあれだけ回復魔法使って、これだけ魔法使い続けて全く魔力切れを起こしてる気配がないぞ……化け物かよ……!」
カゲヌイは戦いながら英雄の一人と呼ばれるリカラの実力をあらためて再確認すると同時に、自身が復讐しようとしている人間たちとの格の違いを感じ取り屈辱感を感じていた。
****
一方そのころリリーシュ。
「……これだけ離れれば周りに影響はでないわね」
リリーシュは幻惑を駆使することで魔竜をメアたちまで魔力吸収が及ばない範囲まで遠ざけた。
それと同時に浮遊魔法を使い空を飛んだ。
「あまりやりたくないけど……時間もないことだし、仕方ないわね……」
リリーシュは纏っていた服を脱ぎ捨て、露出の多い淫魔らしい服装に変化する。
《魅了 全開放》
リリーシュは淫魔固有スキル、魅了を持っている。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚といった五感を通して相手を魅了することで相手の生命力と魔力を奪い取ることができる。
しかしリリーシュは生まれつきこの能力が強すぎるが故に、肌を見せただけでも相手の生命力を奪ってしまう。そのため、普段は露出の低い服装をすることで力を抑えている。
『さぁ、私の手の中で眠りなさい……』
リリーシュは魔竜マナルティアの頭にゆっくりと近づき、まるで赤子を優しく包み込むように両手を魔竜の頭に触れ、額をくっつける。
そのあまりの暖かさに、魔竜が少しずつ大人しくなっていく。
この調子なら、魔竜を暴れさせないまま戦闘不能に追い込むことができる。
そう確信した、その時だった。
《土の槍》
どこからか土の槍がとんできてリリーシュの脇腹を貫く。
「ぐぅっう!?」
リリーシュは魅了スキルと浮遊魔法を維持できなくなりそのまま地面に落下していく。
そして、遠くでリカラがリリーシュがいた位置に向けて杖を構えていた。
「油断しましたね、淫魔リリーシュ。
さっきは幻惑で本当の位置を分からないようにしていたようですが、魅了スキルは幻惑の体では効果を発揮しない。
魅了を使うには姿を現す必要がある。すなわち、魅了を使っている時に現した個体は本物でなければありえない。
そこを狙えばダメージを与えられる!!」
「リリーシュ様!!」
ウルグはリリーシュの身を案じるあまり戦線を離脱してしまう。
「おい!今離れたら……!」
《業火の炎》
「がぁぁっ!?」
意識が逸れたことでその隙を突かれ炎魔法をまともに受け、カゲヌイは右手が焼けただれてしまう。
「ようやく一匹です。次は——」
リカラは続いて自身に真っすぐ向かってくるメアの方を向く。
《拘束魔法》
リカラが拘束魔法を唱え、メアが再び土魔法の紐に動きを止められ拘束される。
《無限火球》
再びリカラは周囲に無数の炎を展開し、メアに向けて飛ばす。
「ぐぅぅっ!?」
今度はメアはその炎をまともに食らってしまい、その場に倒れてしまう。
「メ、メア……!」
カゲヌイが助けに行こうとするも負ったダメージのせいで動けずにいる。
リカラを追い込んだものの、ウルグは戦線を離脱し、カゲヌイも右腕を完全にやられ、メアは再起不能に陥ってしまう。
更に魔竜マナルティアもリリーシュから受けた傷を完全に回復しており、絶対絶命の状態であった。
「時間をかけすぎました。終わりにします」
「ぐっ……」
カゲヌイはその時、自分の無力さに打ちひしがれていた。
(私は、私はこんなに弱かったのか……!
スルトがいないとロクに戦えもしないような、雑魚なのか!!
メアは、あの魔眼の力を使いこなすようになっていってどんどん強くなっている。
私は何も強くなれてない!
私だって、強くならないといけないんだ、強くならないと、こいつを倒せない、これ以上、これ以上仲間を失って、たまるかっ——!!)
その時、カゲヌイの影が黒く輝き衝撃波を放つ。
カゲヌイには何が起こったのかが理解できなかった。
しかし、すぐに頭より先に体が理解する。
——スキルの進化。
スキルは鍛錬により少しずつ強化することが可能である。
しかし、あくまでそのスキルな範囲内での話。
炎を発動するスキルなら、その炎の威力が増していく程度の強化しかできない。
その炎の形が変わったり、炎が爆発に変化したりといったことはいくら鍛えても不可能である。
——だが、そのスキルが普通のスキルでなければ話は別である。
カゲヌイのスキルは影潜り。
光がある場所でのみ、影に潜って隠れることができるというスキル。
そのスキルの正体は、覚醒前の魔魂スキルだった。
スキルは、極限状態において更なる進化を遂げる。
ロキシス教団が魔法学園で学生たちを追い込んだのもスキルの発現が行われるかを実験するためのものだった。
カゲヌイは苦痛を味わったことで、極限状態へと陥り、強くなりたいという本人の執念に応えるように彼女のスキルは進化した。
《影潜り》 → 《幻影の支配者》
突如、カゲヌイの影がまるで黒いスライムかなにかのように盛り上がり、それはやがて鋭利な形状へと変化し、リカラに襲い掛かった。
「なっ——」
咄嗟に防壁魔法を展開することで防いだが、リカラには何が起こったのか理解ができなかった。
そして前を見ると、右腕をやられボロボロだったはずのカゲヌイが立ち上がってリカラに殺意を向けている。
カゲヌイの周囲にはまるで触手のように無数の影の手が生えている。
「フシャァア"ア"ア"ア"!!!」
カゲヌイは影と共にリカラに突進し、生き残った左腕で猛攻を加える。
全て防壁魔法で防ぎ続けるも、突然の出来事に動揺し、リカラは対処しきれずにいた。
「ぐぅっ!この状況で……スキルが進化するなど……!
そんなことがっ……!!」
周囲を囲む影から無数の影武者が現れリカラを惑わす。
炎魔法を次々と展開しぶつけようとするもどこにも本物はおらず、翻弄されてしまう。
「どこに、どこに——」
「こっちだ」
まるでカゲヌイは影の中を泳ぐように優雅に動き回りリカラの背後を取っていた。
《雷拳》
「がはっ——」
カゲヌイは瞬時に雷魔法を拳に宿りリカラの背中を殴り飛ばした。
(ようやく一発——私も入れてやったぞ!!)
立て続けにカゲヌイはリカラに攻撃を加え続ける。
「調子に乗るな、獣人風情がぁああ!!」
《無限大火球》
リカラは怒りに身を任せあたりに炎魔法をばらまき続ける。
カゲヌイはなんとかそれを左右に飛ぶことで回避し続ける。
しかし、攻撃のうちの一発がカゲヌイの影に当たってしまう。
「がはっ——
なんだ、これ——」
カゲヌイには攻撃が当たっていないにも関わらず、カゲヌイは口から血を吐いていた。
「能力の反動?いや——」
影が攻撃を受けてしまうとカゲヌイ本体にダメージが行くという弱点があったことにカゲヌイは気が付いていなかった。
それによって自分か気づかないうちにダメージを負ってしまっていた。
****
「リリーシュ様!!」
一方その頃、ウルグはリリーシュ駆け寄り、魔竜に踏みつぶされそうになっていたところを担ぎ、ぎりぎりのところで避ける。
「ば、馬鹿……今の私に近づいたら……生命力が……」
「そんなことどうでもよいでしょう!」
「私より、あっちを——」
リリーシュはリカラのいる場所を指さす。
その時既にリカラは既に体制を立て直していた。
「魔竜は既に傷を完全に回復させました。
貴方たちはこれで終わりです」
魔竜は口を大きく開け、周囲から吸収した魔力を口元に集め、圧縮し始める。
「消し飛びなさい!!」
あれは魔竜のブレスの予兆。
しかも周囲にいる魔物や冒険者からかき集めた全ての魔力を圧縮した一撃。
射線上にいるメア、カゲヌイ、魔物たちやリリーシュもまとめて消滅するだろう。
「くっ……!」
「で、せめて貴方たちだけでも、逃げなさい……あんなの、防げるわけが……」
バキン
その音は、その場にいる誰もが聞いた。
何かが割れるような、聞いたことがあるようで聞いたことがない、不思議な音だった。
その音と同時に、宙の空間に大きな亀裂が入る。
バキン!
その亀裂は轟音とともにさらに大きくなる。
どんどんどんどん亀裂は広がっていく。
バキィイイイン!!
最後に大きな破裂音が鳴ると同時に、空間に大きな穴が空く。
「ゴォオァアアアア!!」
それと同時に魔竜マナルティアが圧縮したブレスを放った。
しかし、そのブレス空間の亀裂から出てきた一つの存在が放った斬撃により、相殺される。
空中で魔力同士が衝突したことによる凄まじい爆音が鳴り響く。
「なっ——」
徐々に土煙が晴れていき、謎の亀裂から出てきた存在の姿が明らかになっていく。
そこには赤黒い竜の翼のようなものを背中に生やした、右手に魔剣レーヴァテインを構え宙に浮かぶスルトがいた。
スルトは全身に闇の魔力を纏ったまま、悪魔のように口角を吊り上げながら笑い、口上を述べた。
「生きとし生ける全ての者に平等に滅びを与え、この世の森羅万象全ての者に恐怖を与え、この星に存在する全生物に絶望を与える大虐殺の崇高なる魔王。
魔王が、この地に再び帰還した。絶望するがいい」
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