58話 魔竜マナルティア
「まさかAランク冒険者を全員倒すとは……」
聖女リカラは草原のあちこちに散っているメアとカゲヌイが倒した冒険者たちの屍を眺めながらそう呟く。
「もう諦めたらどうだ?」
「……フッ」
カゲヌイが挑発するように言うが、リカラは二人をあざ笑うように静かに笑う。
「自分たちが有利なつもりですか?
そちらの少女はもう限界でしょう」
リカラはメアを指差す。
それと同時に、メアは顔から血を流しその場で膝から崩れ落ちる。
「がふっ——」
魔眼を同時発動した反動だった。
ただでさえ多くの魔力を消費する魔眼の発動。
特に右眼の魔眼は暴走のリスクが伴う。
それと同時に左眼の魔眼を発動することは、短時間とはいえ体に多大な負担がかかる。
現在のメアの練度では不可能であることを無理やり表現したことにより、ダメージとなって本人の体に現れてしまった。
「メアっ!!」
「行かせるかよっ!」
カゲヌイが駆け寄ろうとするが、冒険者たちに阻まれ助けに行くことができなかった。
「さぞかし苦しいでしょう。治してあげましょう」
聖女リカラはその場に崩れ落ちたメアの元にゆっくりと歩いていくと、右手に持った杖を頭の上に近づける。
《回復魔法》
そしてあろうことか聖女リカラは自身が傷をつけたはずの敵であるメアに対して回復魔法をかけた。
カゲヌイはその意図が理解できなかった。
「!?どうしてメアの回復を——」
——勝った。
聖女リカラはそう確信した。
再び杖を構えると、聖女リカラは自身が持つスキルを発動するための詠唱を始めた。
《愚かな子よ、我が命に従え》
「うぐっ……」
聖女リカラの詠唱と共にメアの様子がおかしくなる。
頭を右手で押さえ、自身の内なる何かを抑え込んでいるように苦しんでいる。
「知らないなら教えてあげますよ。私は回復魔法をかけた相手を操れるスキルを持っています」
「なっ——」
カゲヌイはそれを聞いて戦慄した。
このままでは、まずい。
メアと自分の二人でなんとか耐えられていたこの状況。
もし聖女リカラの話が本当で、メアが敵に回ってしまうのなら簡単に状況は崩れてしまう。
そして自身もメアと同じように攻撃を受け、相手の回復魔法を受けてしまえば操られてしまうということになる。
《奴を殺せ》
聖女リカラは操ったメアに命令を下した。
しかしメアは両手で頭を押さえた状態でその場でうずくまった状態から動こうとしない。
「ウグッ……」
「どうした、早くやりなさい」
もう一度命令を下すべく、聖女リカラはメアに近寄り杖を構えようとする。
——その瞬間、メアは紅く光った右眼と殺意の矛先をリカラに向けた。
「ガァアア!!」
「なっ——」
メアは目にもとまらぬ速さでリカラに斬りかかる。
「がはっ……どう、して——!」
自身の操る力に絶大な信頼をおいていたリカラはその動きに反応することができず、脇腹に大きな深手を負う。
(どうやらあいつはメアの魔眼の効果を知らなかったらしいな……)
そう、カゲヌイの考察の通り、メアの《狂騒の魔眼》の代償は「敵味方関係なく襲いかかる暴走状態になる」というもの。
故にリカラがどんなに操ったつもりでも魔眼発動中はどう足掻いても指示に従わせることができない。
「ハハハハッ、アハハアハハハハハッ!!!!」
「な、なんなんだあいつは……」
「ぎゃああぁっ!?」
「く、来るなぁっ!!」
メアはそのまま笑いながら周りの冒険者を切り刻んでいる。
皮肉なことに、リカラが回復魔法をかけたおかげで動きが元に戻っており、瞬く間に襲い掛かる冒険者を斬り倒している。
「び、Bランク冒険者を同時に二人倒すなんて……」
「ば、化け物……!!」
「うわぁぁああ!?」
メアがリカラに攻撃を加え、強い冒険者たちもやられてしまったことで士気も落ち、逃げ出す者も現れる。
「リカラ様!た、倒すことは諦めて逃げましょう!」
護衛がリカラに対してそう提言する。
しかしリカラに耳には護衛の言葉は何一つ入っていなかった。
「リカラ様……!?」
「よくも……よくもこの私に傷をっ!!」
自身が最も信頼を置いている自身の操る能力を崩された屈辱、傷を負わされた屈辱。
彼女の冷静さを崩壊させるに十分な理由だった。
「役立たずどもがっ!!」
逃げ惑う冒険者たちを見てついに普段の口調を保つことができなくなったリカラ。
彼女は懐から真っ黒な魔法石を取り出した。
そしてその魔法石を天高く掲げ、詠唱を始めた。
《我が手の中に眠りし災厄よ、今こそ我が呼びかけに答え顕現せよ、さすればわれらの血をその身に捧げん》
リカラの詠唱と共に魔法石は砕け、それと同時に巨大な魔方陣が地面に浮き上がる。
そして、魔方陣の中心から紺色の謎の物体が徐々に姿を現す。
滑らかな形状をした真っ黒な二本の角、全てを食らいつくすかのごときとがった巨大な口、そして四枚の美しい翼、振っただけで大陸を両断しそうなほど長く巨大な尾。
魔方陣から現れたのは、巨大な紺色の竜だった。
「な、なんだあれは!?」
カゲヌイは目の前に顕現した巨大な紺色の竜を見上げ戦慄する。
「魔竜マナルテア。
この竜は周囲の生物の魔力と生命力を少しずつ奪い取る竜。
私はこの魔道具があるから影響はありませんが……」
リカラの手には青色に光る宝石が入ったアクセサリーのようなものがあった。
《魔力吸収》
《生命力吸収》
「ぐっ!?」
「な、なんだ、これはぁ……!」
リカラの言葉通り周りの人間はどんどん魔力を奪われて行き、魔力の少ない冒険者はあという間にその場に倒れこんでしまう。
「り、リカラ様……!」
「役立たずなりに、少しくらい役に立ちなさい」
「そ、そんな……」
リカラはこれまでずっと付き従えていた護衛でさえも冷酷な目で見て切り捨ててしまう。
「くっ……ま、魔力が……雷を……維持できない……」
「げほっ、げほっ……すると……」
やがてメアとカゲヌイも魔力を吸い込まれて行き、雷纏も魔眼も解除されて動けなくなってしまう。
——もはやここまでか、そう思った時だった。
《魔鎌アダマス、その魂を刈り取れ》
どこからか膨大な魔力が込められた巨大な斬撃が飛んできて魔竜を襲う。
その巨大な斬撃は魔竜マナルティアの腹を斜めに切り裂きえぐる。
「ギェェアアア!!!」
魔竜マナルティアが割れんばかりの咆哮をあげながら苦しみ叫ぶ。
「間に合ったわね」
「お、お前は……!」
その言葉と共にメアとカゲヌイの目の前に舞い降りてきたのは淫魔リリーシュだった。
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