57話 彼の横に立ち続けるために

《回復領域》


 リカラが杖を構え、もう一度回復領域を発動した。


 まだ全体の冒険者のうち7割は残っている。

 強い冒険者を何人か倒したとはいえ、リカラの回復魔法で相手はゾンビのように何度でもよみがえってくる。

 メアとカゲヌイの二人だけでは勝算は薄い。


「彼がいなければ貴方たちはただの雑兵にすぎません」


 リカラが見下しながらその言葉を吐く。

 その挑発を受けカゲヌイは怒りを露わにし歯を食いしばる。


「雑兵かどうか……確かめてみろ」


《雷纏》


 カゲヌイは自身が纏うことのできる最大の量の雷を纏った。

 カゲヌイの全身からバチバチと稲妻のごとき電撃が放たれる。


「スルトを返せ」


《風纏》


 メアは剣に風魔法を纏わせた状態で剣を構え、感覚を研ぎ澄ませる。

 メアとカゲヌイが戦闘態勢に入った瞬間、前方からリカラの配下たちが向かってくる。


「リカラ様を手にかけようとした愚か者め!!」

 

 まず最初に暗器使い、剣士、武術家の三人が同時にカゲヌイに攻撃を仕掛けてくる。

 カゲヌイはその攻撃をしゃがむことで回避し、それと同時に自身の魂に刻まれしスキルを発動させた。


《影潜り》


 カゲヌイがスキルを発動させた次の瞬間、カゲヌイの姿が消失する。


「ど、どこに行った––––」


 冒険者たちはあたりを見渡すも、カゲヌイの姿はどこにもない。

 カゲヌイが持つ使用者の限られる固有スキル。影潜り。

 相手の影に潜りこみ、姿を消すことができる。

 光のある場所でしか使用できないという弱点もあるものの、一度潜り込めばまるで姿を消したかのように相手を攪乱することができる。


「後ろだ」

「がっ––––」


 カゲヌイは影潜りスキルを利用し、暗器使いの懐から暗器を奪い取り、そのまま暗器使いの背後に回り込み心臓をナイフで突き刺した。

 暗記使いがその場に倒れこみ、横にいた剣士が慌てふためいている。

 当然その隙をカゲヌイが見逃すはずもない。


「よそ見してる場合か?」


《雷拳》


 カゲヌイは拳に雷を込めて剣士の腹部を思い切り殴打する。


「ぐふぅっ!?」


 雷の拳で剣士が痺れている隙を見逃さずそのまま暗器を心臓に向けて突き刺す。


「武器はあんまり得意じゃ無いんだけどなっ!」 


 剣士はその場に倒れこむ動かなくなる。

 その場には武闘家のみ残される。


「あとはお前だけだぞ」

「くそっ……よくもっ……!うぉおおおお!!」


 その場に残された武術家は怒りに身を任せてカゲヌイに殴りかかる。

 カゲヌイはそれを軽々と拳の裏で受け止める。

 武術家は何度も連撃を繰り出すが全て防がれてしまう。


「力が弱い。相手にならない」

「舐めやがって……!」


《身体強——》


 武術家はスキルを発動しようとする。

 しかし、それは不発に終わってしまう。


「それに、遅い」

「がはっ——」


 武術家がスキルを発動しようとした時には既に心臓にナイフが突き刺さっており、勝負がついてしまっていた。

 武術家はその場に倒れこみ動かなくなる。



 一方メアは手練れの剣士五人に囲まれていた。

 それぞれが凄まじい技量を持った剣士たち。


模倣もほう青眼せいがん


 メアは自身の左眼に刻まれし魔眼を発動した。

 それによってメアの左眼が青白く光り輝く。


「「おらぁぁああ!!」」


 剣士たちの連携攻撃で同時に攻めこまれるもメアは全ての攻撃を防ぎ続ける。

 正面からの振り下ろしを剣で受け止め、その隙を突き真横から来た攻撃を見切り、瞬時に真後ろに飛ぶことで避け、後ろから来ていた剣士を振り向くと同時に体をひねり器用な足技を使い足を払い攻撃を無効化した。

 斜めから斬りかかった剣士の一撃はまるで曲芸師のごとき跳躍で回避した。


「この人数相手に……!なんて奴だ……!」


《風影一閃》


 体制を崩した剣士の隙を狙い、メアは剣術を繰り出した。


「がっ——」


 剣士のうちの一人の懐に潜り込み前方から心臓を貫かれその場に崩れ落ちる。


「よ、よくも——」


 仲間の死に怒ろうとした瞬間、メアは既にもう一人の剣士の後ろに回り込んでいた。

 そして有無を言わさず後ろから心臓を貫く。


「がはっ——」


「あと三人」


 メアは剣を横に払い剣先に付着した血を払った。


「怯むな!同時に仕掛けるぞ!」


 残った三人が同時にメアに斬りかかる。

 確かに彼らは実力も高く、剣術も洗練されている。

 冒険者はあちこちの地域から集まるため、それぞれが使用可能な剣術も幅広い。


 一つは王国の騎士や衛兵が使う守りを主体にした流派、王国剣術。

 二つに非合法な者が学んでいることの多い奇襲と素早さで相手を一撃で仕留めることに重きを置いた暗殺剣術。

 三つに実力を認められないと道場の敷居を跨ぐことすら許されないと言われる達人のための水流剣術。


 彼らはそれぞれ違う剣術を習得していた。

 しかし、天性の剣術の才能を持ち、カゲヌイと実戦経験を重ね、風魔法を利用することを覚えたメアとでは差が大きかった。


 彼らの攻撃にかすりもせず、次々と相手の脇腹、首元、胸元剣を突き刺していき三人の剣士を切り伏せる。

 三人の剣士は血を吹き出しその場に倒れ屍と化す。


「まだ終わってないぞ!」


 この場に残った最後のAランク冒険者。

 剣士リュウがメアに向かって攻撃を仕掛けてくる。

 メアは剣で攻撃を防ぐ。


「僕は流浪の剣士リュウ。

 言っておくが、この僕をさっきまでの雑兵と同列に考えないことだ!

 洗練されし我が水流剣術を見よ!」


ガキィン!!


「!!」


《水流剣術奥義、水刃斬!!》


 まるで剣の軌跡が川のような滑らかで流れるように繰り出される連撃をメアはなんとか剣で防ぎ続ける。


「メア!」


 カゲヌイが助太刀すべくメアの元に駆け寄ろうとする。


「ここは私一人で大丈夫。周りの冒険者の邪魔が入らないようにしてて」


 しかしメアはその助力を拒否した。


「……分かった」


 カゲヌイはメアの要望に従い、周りの残りの冒険者の排除を始めた。

 メアは時間をかけるべきではないと判断し、切り札を切ることにした。


「早めに終わらせる」


狂騒きょうそう赤眼せきがん


 メアは左眼の魔眼を解除し、今度は右眼の魔眼を発動した。

 それによりメアの右眼が赤玉ルビーのごとく赤く怪しく光り輝いた。


「ガァアアア!!」

「!!」


 ガキィン!!


 それと同時に疾風のごとき速さで相手に突撃し、Aランク冒険者のリュウと剣をぶつけ合う。


「へぇ、それは暗殺剣術かい?そんなものまで習得していたなんてね」


 剣士リュウはまだ気づいていないようだが、メアはさきほどの剣士たちとの戦いで自身の左眼の魔眼、《模倣の魔眼》を使い、剣術を模倣していた。

 その模倣した剣術を使いAランク冒険者の剣士に連撃をしかけるがことごとく流されてしまう。


「どんな攻撃だろうと僕には届かない!」


 敵の剣術は攻撃を水のように受け流すことを主体とした水流剣術。

 奇襲に重きを置いているとはいえAランク冒険者相手には見切られてしまっていた。


《水纏》


 流浪の剣士リュウは剣に水魔法を纏わせた。


「水流剣術は水魔法を習得してこそ進化を発揮する!

 水流剣術奥義、水花斬!!」 


ガキィン!!


「!!」


 メアは剣を真横に構えた状態で攻撃を真正面から防いだ。


「なっ、その構えは……」


 剣士リュウの心の中では動揺が広がっていた。


 守りに重きをおいた王国剣術。

 幾度となく繰り広げられる魔物との戦いの中で、民を守ることに特化した防御の剣術。

 相手の攻撃に耐えるための足腰、剣の構え、一見凡庸な動きでいてその防御技術をモノにするには長い修練が必要となる剣技。


 その剣術自体はそう珍しいものではない。

 しかし、目の前にいる人間がその剣術を習得しているのは彼にとって違和感があった。


「こ、これは王国剣術?

 非合法な人間には学ぶことはできないはずじゃ……」


 とどめとばかりに、メアは魔法学園で習得したこの剣術を繰り出した。


《三風斬》


 風影剣術奥義、三風斬。

 目にもとまらぬ速さで剣を振るうことでまるで一度に三つの斬撃を放っているかのように錯覚させるほどの剣術。

 立て続けに三つの剣術を受けたことで流浪の剣士リュウの動揺は更に広がっていた。


「このっこのぉっ!!」


 まるで複数の剣術家から同時に攻撃を受け続けているかのような戦い。

 無数の剣術を巧みに切り替え、攻撃を繰り出し続ける。


 ——そしてついには、とうとうメアは彼にとって最も繰り出してほしくはない剣術を繰り出した。


《水流剣術奥義、水刃斬》


 流れる川のような美しい連撃が剣士リュウに襲い掛かる。


「ふ、風影剣術……!?どうしてお前がっ——」


 動揺した剣士リュウは咄嗟に後ろに距離を取った。


「水流剣術を——ふざ、けるな!

 水流剣術は伝統ある剣術、お前ごときが使っていい剣術じゃない!!

 本物の剣術は、本物の剣術は——!」


 剣士リュウは怒り狂いメアに向けて突進してくる。

 メアは右眼の魔眼を発動したことにより薄れゆく意識の中で無理やり意識を呼び戻し、自身の限界を超えるべくある作戦を考えていた。


(……今は右眼の魔眼が発動してる。

 だから左眼の魔眼は使えない。

 ——でも、いつまでもこのままじゃスルトの横にはいられない!!)


模倣もほう青眼せいがん

狂騒きょうそう赤眼せきがん


 メアはあろうことか、右眼の魔眼を発動したまま、同時に右眼の魔眼を発動させた。


 本来、右眼の魔眼と左眼の魔眼の同時発動はできないはずだった。

 しかし、メアはこの極限状態の中でその弱点を一時的に克服した。

 この状況の中、潜在能力を極限まで開放したことで魔眼の同時発動を可能としたのだ。

 もって10秒続くかどうか。

 その短時間でメアは勝負を決めるつもりだった。


「本当の水流剣術を見せてやる!!」


 剣士リュウはメアの水流剣術を目の当たりにしたことでプライドが傷つき、水流剣術の技を次々と繰り出す。


《流水乱舞!!》


 それは流れる水のごとき連撃を一瞬のうちに繰り出す水流剣術における最大奥義。

 これを習得するには達人が10年かけてようやく習得できるとされている。


 メアはその連撃を水流剣術を使い流し続ける。

 

 剣と剣がぶつかりあい、そして相手の奥義が発動し5秒が経過したころ、剣士リュウは水流剣術の必殺技を放った。


《渦潮の刃》


 渦潮のごとき螺旋状の波紋を纏いながら相手を貫く必殺の一閃。

 しかし、必殺の一撃でさえもメアはあっさりと受け流し、同時に剣士リュウの胸元に潜り込む。


《氷獣格闘術》


 メアは耳狩りウルグから模倣した格闘術を使い、剣士リュウの胸元にカウンターの掌底を叩き込んだ。


「がっは——」


 その衝撃で後ろに吹き飛ばされてしまうも、なんとか体制を立て直す剣士リュウ。

 しかし隙を見逃すはずもなくメアは突撃する。


 そして、今この瞬間模倣した剣術をそのまま叩き込んだ。


《水流剣術奥義、流水乱舞》

「なっ——」


 流れる水のごとき連撃を一瞬のうちに繰り出す水流剣術における最大奥義。

 潜在能力を限界まで引き出したメアによって、習得に10年の歳月が必要な剣技をこの瞬間限定とはいえ僅か5秒で習得し、繰り出した。


「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!ありえない……!」


 さきほどのダメージと、動揺のせいでメアの連撃を剣士リュウは防ぎきることができず、体に次々と傷を負ってしまう。


「こんな、こんなところでぇぇええ!!」


 動揺のあまり剣士リュウは防御を捨てさり、剣を大きく振りかぶり捨て身の攻撃を繰り出そうとする。


《渦潮の刃》


「がっ——」


 その隙を突きメアの繰り出した水流剣術によって心臓を貫かれ剣士リュウはその場に倒れこんだ。


 ——これで、リカラの配下のAランク冒険者は全て倒れた。

 残るは、Bランク以下の冒険者たちと、聖女リカラのみ。


********


模倣もほう青眼せいがん

種:魔眼

能力:一度見た剣術、動きを模倣できる。使用者の練度次第ではある程度の練習が必要になる。

代償:使用中魔力消費。肉体的疲労増加。使用者の練度次第では抑制可能。

 短時間なら他の魔眼と併用可能。


狂騒きょうそう赤眼せきがん

種:魔眼

能力:ダメージを受けるか魔力を込めることで発動。使用者の身体能力を大幅に上げ潜在能力を引き出す。

代償:使用中意識を失い暴走する。使用者の練度が上がったことにより10秒までなら暴走を抑制できる。

 短時間なら他の魔眼と併用可能、ただし体に強い負荷がかかる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る