56話 魔王の誤算

 周りの冒険者たちはメアとカゲヌイが翻弄しているし、すぐにリカラを助けには行けないだろう。


「くっくっく」


 俺は勝利を確信した笑みを浮かべてしまう。

 俺はレーヴァテインの力を開放したまま、聖女リカラに向かって斬りかかる。


「ぐぅっ!」


 しかしその攻撃は魔法で展開した防壁に阻まれてしまう。

 力を開放した状態のレーヴァテインの攻撃を防ぐとは。

 なかなかいいものを持っているな。

 やはり一筋縄ではいかないな。


《無限火球》


 リカラは手に持っていた杖を振るうと、周囲に無数の炎を展開した。

 そしてその無数の炎は俺にめがけて次々と飛んでくる。


「フン」


 俺はそれらを全てレーヴァテインで弾き続ける。

 頭を狙った炎を横に弾き飛ばし、腕めがけて数発同時に飛んできたのをまとめて叩き落し、周囲を囲むように飛んできた炎をまとめて切り捨てる。

 まるで全身に目があるかのごとき超人的な察知能力。

 この程度で俺にダメージを与えることすらできん。


「なんなん、ですか……貴方は一体……!」

「何度言えば分かる。俺は魔王であると」


 その言葉を放つと同時に、俺は右手に暗黒の魔力を込め、圧縮していく。

 一定の濃度に達した瞬間、右手を人差し指を前方に真っすぐ伸ばし銃の形にする。

 そして人差し指の先に圧縮した闇魔法を発動させた。


《ダークネスブレイズ》


 放たれた暗黒の矢は凄まじい速度で聖女リカラにめがけて突き進んでいく。

 そして展開された防壁を軽々と貫通する。


「!!」


 しかりリカラは直前で姿勢を下げて闇の矢を回避した。

 ちっ、ぎりぎりで回避されたか。

 なかなか反射神経もいい。面倒だな。


「闇、魔法……!?まさか、さきほどの暗黒の竜も……!?」


 聖女リカラは俺の闇魔法の力を目の当たりにして驚愕している。

 当然だろう、何せ、闇魔法といえば魔王の象徴なのだからな。


《拘束魔法》


 リカラは杖を地面に突き立てると、俺の足元の地面から植物のツタを生やし、俺の体を拘束するべく動かしてくる。


《炎絶》


 俺は手のひらから炎魔法を生成し、地面ごと植物のツタを爆散させ全て消失させた。


《岩の檻》


 次にリカラはこの俺を閉じ込めるように四方の地面から四枚の分厚い土の板を出現させ、土の壁を俺を囲い込む。

 普通ならこの強度の壁に囲まれたら脱出は不可能。

 ……普通ならだ。


 俺はレーヴァテインを振り回し、分厚い土の壁をバラバラに切り刻み数秒もかからずその土の檻から脱出した。


「その程度か?」


《無限火球》


 俺の挑発に反応することもなく、リカラは再び自身の周囲に無数の炎を展開しこちらに向けて放ち続ける。

 さっきよりは量が倍くらいになっているが、一度破られた魔法をもう一度使うとは愚かな。


「貴方が魔王並みの脅威であることを認めましょう。

 ですから、こちらも手段は選びません」


 するとリカラは杖を構え詠唱をし始めた。

 杖を中心に真っ白な魔方陣が展開されていく。

 純白の女神が降臨したかのごとき神聖な魔力を感じる。


 いまさら何をしようというのだ?

 今頃何をしたところで——


《闇に飲まれし者よ、その魂に刻まれし罪を認め、白き闇の世界へとその身を飲み込まん》


 なんだあの詠唱は。

 ——いや、あれを知っている。

 昔、王都で読んだ本の中に書かれていた。

 まずい、あれは——


「させるか!!」


 俺は自分が出せる最高速で聖女リカラに向かって突進していく。

 そして力を開放したレーヴァテインを使い、背後に見える大陸ごとぶった切る勢いで剣を横に振り払った。

 魔法防壁に当たった感覚はない。俺の一撃は防がれず、剣は何にぶつかることもなかった。

 ——そう、何にもぶつからなかった。


 俺の一撃はまるで空を斬ったかのような感覚を味わった。

 俺は確かにリカラを斬ったはず。

 しかし、俺が斬ったはずのリカラの体が霧のかき消えてしまう。

 これは、前にも味わったことがある。

 淫魔リリーシュと同じ——


「幻影……だと?」

「ご明察です」


 聖女リカラはいつの間にか俺の後ろに回り込んでいた。


《幻影石》


 その右手には、ピンク色をした光るひし形の結晶があった。

 あれがこの幻影を生み出したのか?


「とても貴重なアイテムなので、あまり使いたくはなかったのですが。

 背に腹は代えられません」


 本来の俺なら幻影など見破れるが、俺としたことが焦ったな。


「貴方ならもう気づいているでしょう。

 私が何の魔法を発動したのか」


《封印空間》


 次の瞬間、俺の周囲に魔法陣が出現し、更に菱形のバリアのようなもので包まれる。


「……くくっ、やられたな」


 やがて俺の体は光に包まれて行き、そのまま光が消失すると共に俺は別空間に転移してしまう。


「スルト!!」


 魔眼を発動したままメアがリカラに斬りかかるも直前で杖で防がれる。


「くっ……」


《業炎》


 防がれて硬直した隙を突かれリカラが発動した炎魔法でメアは吹き飛ばされてしまう。


「あがっ……!」

「メア!大丈夫か!?」

「うぅ……」


 リカラから受けた攻撃による衝撃でメアの右眼の魔眼が解除されてしまった。


「何をした!!」


 カゲヌイがリカラの方を向いて聞きただす。


「私の封印空間に閉じ込めました。

もう生きては戻れることないでしょう。封印空間には私がこれまでに封印した魔物が何千といます。

 仮にそれをどうにかしたところで私が私の意思で解放しない限り封印空間からは出られない」

「封印空間……?」


 カゲヌイにはそれを理解することができなかったが、少なくともスルトが非常に危険な魔法を使われたということだけは理解した。


「降参することを勧めますが。

 こちらも貴方たちのような有用なスキルの持ち主を殺したくはありませんので」

「嘘言うなよ、英雄狙った時点で死罪だろうが」


 カゲヌイはリカラの提案を聞くわけもなくはねのける。


「スルトなら出てくる」


 メアがいつの間にか起き上がっている。


「その根拠は」

「スルトだから」


 メアは表情を変えずにさもそれが当たり前であるかのように平然とそのことを口にした。


「……妙に納得してしまう根拠だな」

「私はスルトが戻ってくるまであきらめない」

「じゃあ、あいつが出てくるまで私たちは耐えきればいいわけだな」


 カゲヌイは拳を構えなおす。


「いいぞ、どうせ私は戦いしか能がないんだ。

 死ぬまでいくらでも付き合ってやる」

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