52話 人を自在に操る魔法

 スルトに襲われた聖女リカラとその護衛たちは町に入り冒険者ギルドに駆け込んだ。


「助けてください!」


 これ見よがしに声色を変え、冒険者ギルドにいる冒険者たちに助けを求めた。

 さきほど王都に向けて出立したはずの聖女が冒険者ギルドにかけこみ助けをもとている。

 異様な光景に周りの冒険者が困惑している中、ギルドマスターのクリスティアが応対する。


「リカラ殿、一体どうしたんだ」

「王都に帰る途中、何者かに襲撃を受けましてしまい……」


 聖女リカラの言葉に冒険者ギルドにいる冒険者たちが衝撃を受ける。


「リカラ様が襲撃を受けただって!?」

「一体どんな奴が……」

「まさか聖女暗殺を……!?」


 ざわつき始め、あちこちで様々な憶測が飛び交う。

 しかしギルドマスターであるクリスティアは聖女リカラが襲撃されたという事実に別の考えが浮かんでいた。


(英雄たちを倒そうとする動きがある、あのエイルという少女はそう言っていた。

 まさか、本当に……?)


「何人もの護衛の方々を失ってしまいました……

 私は逃げるのに手いっぱいで……」


 聖女リカラはさぞ悔しそうに、悲しそうにその言葉を漏らす。

 ギルドの職員がリカラに駆け寄る。


「ここにいれば安全ですよ。

 何せ、Aランク、Bランクといった実力の高い多くの冒険者たち今この冒険者ギルドにはいるのですから」


 冒険者ギルドの職員が聖女リカラに優しそうに声をかける。


「そうですね、確かにここなら——」


ボガァン!!


 次の瞬間、町のどこかで爆発音がした。

 その揺れは冒険者ギルドまで響いてきた。


「な、なんだ!?今の爆発は!?」


 冒険者たちが困惑していると、冒険者ギルドに衛兵が駆け入る。


「ギルドマスター!町が、町が襲撃を受けています!!」

「襲撃だと?」

「しかも、西門と東門の両側からです!」

「なんだと!?」


 その言葉にこれまで以上の衝撃が広がる。

 ドラフルク町は魔物の襲撃が多発している町である。

 故に魔物の襲撃自体は珍しいことではない。


 しかし魔物の森があるのは西側であり、東側は王都からの人間を受け入れるための門である。

 そこから魔物が襲撃してくることなど滅多にない。


「落ち着け、状況を詳しく話せ」

「西門は魔物の大群、東門は謎の三人が襲撃してきて……」

「三人だと!?たった三人に門を破られたというのか!?」

「し、しかし、この目で見ました……!」


 冒険者や衛兵たちに動揺が広がっている。


 しばらくすると、感じたことのない悍ましい赤黒い魔力の波動が放たれた。

 それは冒険者ギルド中の人間が感じた。


「な、なんだ今の魔力は……!?」


 すると冒険者ギルドの外から大きな警告が聞こえた。


「聖女リカラに告ぐ。今魔物たちを率いているのはこの俺様だ。

 貴様さえ大人しく出てくれば町に危害は加えん」


 その言葉を聞いた冒険者たちの間で更なる動揺が広がる。


「に、人間が魔物を率いているだって!?」


 人間が魔物を率いて町を攻めてきている。

 それはすなわち魔王に近しい存在の顕現と同義である。

 魔物と人間は言葉が通じず、決して相容れることのない関係。

 万が一従えたとしても、特殊なスキルが必要である。


「まさか……奴にも魔物使役のスキルが……?」


 聖女リカラが小さく呟き、この危機的状況に戦慄していた。


****


 一方スルトたちは、東門を破壊し、冒険者ギルドの前に既にたどり着いていた。

 足元には襲い掛かってきたのを返り討ちにした衛兵たちの屍が転がっている。

 (スルトは気づいていないが、返り討ちにした衛兵たちの耳の後ろには特徴的な紋章が刻まれている。すなわち、ロキシス教団の手の者でリカラの配下のものたちである


「ねぇスルト、なんでさっきはあんなことを言ったの?」


 メアが俺の放った聖女リカラに対する警告の意図を聞いてくる。


「聖女と呼ばれている者ならこう脅してやれば出てくるに違いない」

「本当に聖女が出てきたら危害を加えないつもりのか?」


 今度はカゲヌイが不機嫌そうに聞いてくる。


「そんなわけないだろう。この町の人間は皆殺しだ」

「それを聞いて安心したぞ。聖女は私にやらせろ」


 カゲヌイは右手を広げ、爪を鋭く尖らせながら冒険者ギルドの方を睨みつけている。

 カゲヌイにとって英雄たちはかつての同胞たちの仇だからな。


「いいだろう」


 俺はカゲヌイの要望を了承した。

 町に危害は加えないとか言って最後は約束を破り虐殺する。

 これぞ魔王らしい残虐行為。

 さて、早く出てこないか、いつ出てくるんだ、聖女は。

 その時が楽しみで仕方ない。


****


 一方そのころリリーシュ。


「今の声は……」


 リリーシュが東門の前で魔物たちを率いつつ、鋭い耳でスルトの警告をこの距離から聞き取っていた。


「流石、上手いわね。聖女という表面上のキャラクターを作っているリカラにとって、ああ言われて出てこないことはできない」


 リリーシュがスルトの行った行動に対して称賛の言葉を呟いている。


「……ウルグは無事かしら」


 スルトはウルグのことは任せろと言った。

 それを信じてリリーシュは自分の仕事をこなし始めた。


 しかし率いた魔物たちは軍にたいしては優勢でありつつも、肝心な門は破れずにいた。


『なるべく早くここを破らないとね。やるわよ!』

『『『はい!』』』

『リリーシュ様に続け!行くぞお前らぁぁ!!』


 リリーシュは魔物たちを鼓舞し、行動を開始したのだった。 


****


 一方そのころ、冒険者ギルドでは。

 西と東の両側からの襲撃、魔物の大群と規格外の力をもった魔物を率いる人間。

 それだけでも衝撃的だというのに、更には「聖女リカラさえ出てくれば民衆に手を出さない」という警告を受けたことでリカラは大人しく出てくるか、逃げるかの二択を迫られていた。


「どうなさるのですか、リカラ様」

「ぐっ……」

(そんな馬鹿な……!?

 そこまでしてこの私を殺そうというの……!?)


 聖女リカラは爪を噛みながら必死に熟考する。


(聖女が民衆を見捨てて逃げたなんてことになれば、名声が地に落ちる。それが結果的にヒロ様の評価が下がることに繋がってはならない。

 しかし集めたスキルを奪われるわけにもいかないし、私がここで死ぬわけにもいかない)


 聖女リカラは考えた末、自身の保身を優先し逃げることに決めた。

 冒険者ギルドの裏口から出ようと歩き始める。


「リカラ殿、どちらに行くおつもりですか」


 しかしその行く手をギルドマスターのクリスティアが阻んだ。


「裏口から出ます。

 東門から侵入してきた彼らが今冒険者ギルドの前にいるということは東門は手薄ということ。

 今なら王都に向かうことができます」

「町の人々を見捨てて逃げるというのですか!?」


 聖女リカラの発言にクリスティアは声を荒げてしまう。


「見捨てることなんてしませんよ。

 私はこの冒険者ギルドの冒険者の方々を信頼しています。

 貴方たちならきっとこの窮地も乗り越えてくれるでしょう?」


 クリスティアの責め立てに一切動揺することもなく、リカラは張り付いたような笑みを浮かべ、その言葉を放った。


「……その発言は流石に無理がありますよ。

 本当に町の人々を案じているのなら冒険者と共に魔物に立ち向かってくれるはずだ。

 貴方は明らかにこの町から離れたがっている」


 散々リカラから聖女という身分、冒険者ギルドを支援しているということを盾に好き放題されてきたクリスティアは我慢の限界だった。


「ギルドマスターさんよぉ、さっきから黙って聞いてりゃ。

 聖女であるリカラ様を疑ってんのか?

そもそも、町の人間とリカラ様の命どっちが大事だと思ってんだ!!」


 しかし冒険者たちは同じ考えではないようで、Aランク冒険者の一人が前に出て声を荒げてくる。


 確かに英雄のパーティの一人で、卓越した回復魔法の使い手であるリカラの命を失うことは国にとって多大な損失である。

 しかし、だからといって町の人々を危険に晒していいわけがない。

 冒険者たちもいつの間にか人々を魔物の手から救いたいという人間ではなく、リカラのために動きたいという人間がほとんどになってしまった。

 こういう時のために冒険者ギルドを掌握していたのではないかという考えが頭によぎってしまうほどだった。


「リカラ様が犠牲になっていいっていうのかよ!?」


 ほかの冒険者も同じようにリカラの身を優先しようとする発言をする。


「そうは言っていません。

 しかし、貴方が逃げてしまえばこの町の人々は!」


 クリスティアは周りに味方が一人もいない状況で必死に町の人々の命を守ろうと言葉を続ける。

 しかし、いつしか聖女リカラの張り付いたような笑みが消えていたことに気づき、クリスティアの背中に悪寒が襲う。


「私は英雄ヒロ様に仕える身です。

 故に私は生きねばなりませんし、王都にこれらを届けなければなりません。

 それ以外のことは取るに足らないことに過ぎません」


 今までの態度が嘘のようにリカラが衝撃の一言を言い放つ。


「……それが貴方の本性ですか」

「本性?人聞きが悪いですね」


 聖女リカラが本性をさらけ出したというのに、周りの冒険者が何も言わない状況にクリスティアは違和感を感じていた。


(なぜだ、なぜ彼女のこの態度を見ても誰も何も言わないんだ?

 いつの間に冒険者ギルドは彼女の狂信者の集団になったんだ?)


「どうしても行くつもりならこちらにも考えがあります」


 クリスティアは懐から一枚の紙を取り出しリカラに突き付けた。


「……これは?」

「貴方の悪事の証拠です。

禁じられてる魔導書の密売、魔剣の取引、なにより、過激派組織ロキシスとの関わり。

 既に調べは済んでいます」

「な、んですって——?」


 その言葉を聞きリカラは明らかに動揺していた。

 クリスティアが突き付けた情報。

 それはリカラの後をつけるなどしてエイルが密かに調査したものだった。


「町人には表向き良い顔をしているようだが、貴方の行動に不信感を抱いている人たちも少なくない」

「貴方たち、彼女が持つ紙を——」


 リカラはクリスティアの持つ証拠を奪い取るべく冒険者に命令を下そうとするも、その前にクリスティアは更なる追い打ちをかける。


「私を殺しても構わないが、これを公開する手はずを整えている」

「……用意周到ですね、ずっと私の言いなりであった貴方が」

「我慢の限界だっただけだ。

 私は何があってもこの町の住人を守る。

 取引だ。これを公開されたくなければ——」

「もういいです。ギルドマスター、貴方と話すことはありません」


 クリスティアの言葉を遮り、リカラは杖を取り出して詠唱を始めた。


《愚かな子らよ、我が名において命ずる。自らの罪を認めその罪を表し嵐の海に自らの体を投げ出さん》


 リカラが呪文を唱えた瞬間、建物の外から人間の雄たけび声のようなものがあたりから聞こえる。

 まるで獣が持つ闘争心を全て吐き出したかのようなうめき声が町中から響き渡る。


「な、何をした……?今の魔法はなんだ!」

「大したことではありません。

 私は回復魔法をかけた相手を自由に操れるというスキルを持っていまして。

 それを使って、町にいる冒険者や衛兵たちを狂乱状態にしただけです」

「なん、だと……?」

「いっそのこと魔物の手でこの町が滅びてしまえば民衆を捨てて逃げたことも、私の裏の顔を知る者もいなくなる」


 クリスティアが周りを見渡すと、冒険者ギルドの中にいてリカラを取り囲んでいる冒険者たちの様子はおかしくなっていない。


「自身に従わない冒険者たちに密かに回復魔法をかけることで操れるようにしていたのか!?

 なんという用意周到な……」


「足止めをお願いします」

「「うがぁああ!!」」


 リカラの命令と同時に、冒険者の二人がクリスティアに向かって斬りかかる。


「なっ——」


 ぎりぎりで回避するも、立て続けに冒険者が襲い掛かる。


「私に忠実な僕たちだけを連れていき、私に従おうとしなかった愚かな者たちに町の破壊を任せるとしましょう。

 行きますよ、私の僕たち」


 聖女リカラは冒険者ギルドにいる自身の狂信者である冒険者たちを引き連れて冒険者ギルドの裏口へと向かっていった。


「ま、待て!ぐぅっ!!」


 クリスティアはリカラを追おうとするも様子が冒険者に阻まれてしまう。


「ギルドマスター、あんたには昔からムカついてたんだ。

 女のくせに偉そうにしやがってよ!」

「邪魔を、するなぁ!」


 クリスティアは手に持った大剣を構え、大きく薙ぎ払い、周囲を囲む冒険者たちを一度に吹き飛ばした。


「ぐがぁっ!?」

「がはぁっ!?」


 クリスティアは吹き飛ばした冒険者たちには目もくれず、冒険者ギルドの裏口の方へと目を向ける。


「逃がすものかぁ!」


 クリスティアは自身の周りを囲む冒険者たちをなんとかはねのけつつ、リカラの後を追ったのだった。

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