51話 聖女襲撃事件
冒険者ギルドの建物の前。
豪華な馬車の前に聖女リカラとギルドマスターが立っていた。
「王都に戻られるのですか」
「えぇ。冒険者の皆さんの傷も癒すことができましたし。私のできることはなさそうですから」
「分かりました。では道中くれぐれもお気をつけて」
「分かってます。でも、護衛の方々がいらっしゃいますから心配ありませんよ」
聖女リカラは馬車に乗り込む。
そして馬車は町を抜け、王都に向けて出発した。
「今回の成果はいかがでしたか」
「上々と言えるでしょう。傲慢スキルの持ち主に死なれたとはいえ、スキルを作り変えるという特異な力を持つスキル転生結晶に、有用なスキルが乗った魔導書。
なによりも、あの耳狩りを捕まえることができました」
リカラは後列にある荷馬車の方に目線をやる。
後列の荷馬車には、捕まったウルグだけでなく、リカラが町でかき集めた魔導書や貴重な道具などが山のように積まれていた。
これらは全て英雄ヒロに献上するためのものである。
その荷馬車にはそれらを見張るための護衛が三人ほど同じ馬車に乗って監視していた。
ウルグはなんとか脱出しようとするも、魔封じの鎖で手足を縛られており魔力を使えずにいた。
「動いてんじゃねぇ!」
ガッ!
なんとか隙を見て脱出を試みようとするも、何か怪しい動きを見せるたびに護衛たちがウルグに対して殴る蹴るの暴行を加える。
「よくも俺たちの仲間を散々やってくれたな。
ただで死ねると思うなよクソが」
しかしそれはむしろ、ただの憂さ晴らしにも等しい行いだった。
ウルグは体中があざだらけになっていた。
命さえ奪わなければ何をしてもいいと、リカラが命じていたのだ。
「これでヒロ様もお喜びになります」
「そうですね」
前列の馬車で護衛とリカラが話している。
「その上、冒険者ギルドの主要の者たちに回復魔法をかけました。
私の能力でいつでも彼らを操れます。
これであそこは私たちの手中に収まったも同然です」
リカラは不敵に笑っていた。
馬車はそのまま道を走っていき、どんどん町から離れていく。
ドガァン!!
「——え?」
次の瞬間、馬車の通り道で大爆発が起き、馬車が横転してしまう。
「うぎゃぁあっ!?」
「な、なんだっ!?何が起きたぁ!?」
リカラとその護衛達はなんとか馬車の中から外へ這い出てくる。
「リカラ様、ご無事ですか!?」
「え、えぇ……ですが、一体何が……」
「おい、誰かいるぞ!」
馬車が走るはずだった道の先には謎の人物が三人立っている。
三人とも凶悪な表情が装飾された仮面をつけ、真ん中の一人はマントと角をつけている。
「なんだ、生きてたか。一発で馬車に乗っている人間を皆殺しにするつもりだったんだがな」
護衛達は襲撃者に動揺しつつもリカラの前に立つ。
「な、なんだ貴様らは!!」
「このお方が聖女リカラ様だと知った上での狼藉か!」
「名を名乗れ!」
名を名乗れと言われ、その男が語った言葉は短く、かつ簡潔な一言だった。
「俺様は魔王デスルトス。この世に降臨せし真の魔王である」
そう、リカラの前に立ちはだかったのはこの俺。
事前に聖女リカラの馬車が通るルートを調べておき、道を通ると同時に魔法で地面ごと馬車を吹き飛ばしたのだ。
俺は愚かな人間どもに俺の真名を聞かせ、魔王の降臨を告げた。
「流石スルト、かっこいい……」
「魔王の名前、そのださいので行くのか……」
カゲヌイとメアも俺の後ろで真名のかっこよさに震えているようだな。
「ま、魔王……だと!?」
護衛たちは状況を把握できていないようで恐れおののいている。
「さぁ、宴の始まりだ」
俺は魔剣を抜き、構える。
聖女殺害という魔王軍設立に相応しい一大事件をこの手で引き起こし、この国の人間たちを恐怖の渦に叩き落してやる。
聖女リカラが馬車から降りてきてあろうことか護衛たちを押しのけて前に出てくる。
「一体これは何の真似です?一体何の目的で……」
流石は聖女と言われるだけある。
危険を顧みずに俺たちの目的を聞こうとは。
「目的か。そんなものは決まっている」
俺はレーヴァテインを引き抜きリカラに向かって剣を斬りつけた。
ガキィン!!
しかし両側にいた槍を構えた護衛二人に防がれる。
「聖女リカラ、貴様を殺しにきた」
俺は護衛を足蹴にしつつ、目的を口に出した。
「な、なんだと!?」
「英雄であるリカラ様の暗殺を企てるとは、国を揺るがす大罪だぞ!!」
聖女の護衛たちが声を荒げる。
くっくっく、良い反応だ。
しかし、まだ俺のことが理解できていないらしい。
「分からないようだな。その大罪を犯すためにここにきたと言っているのだ」
「な、本気か……!?」
「リカラ様を守れ!!」
他の馬車に乗っていた護衛たちが次々と襲い掛かってくる。
「雑魚は任せたぞ」
「分かった」
「了解」
俺が命令を下すとメアとカゲヌイが飛び出し、護衛たちと戦いを始める。
ふむ、聖女の護衛というだけあってそれなりの実力者が多いな。
だが、まさか本当に襲撃者が来るだなんて予想だにしていなかっただろう。
人数も10人前後。強さもメアとカゲヌイに敵うほどではない。
《三風斬》
「ぐあぁあっ!」
メアは目にもとまらぬ速さで剣技を繰り出し、目の前にいた護衛を一瞬のうちに切り伏せた。
《雷撃》
「がはっ!」
一方カゲヌイは雷属性を込めた拳で護衛を次々と吹き飛ばして洗脳不能に追いやっていく。
「こ、こいつら!異常な強さです!!」
護衛の一人が剣を構えつつもメアとカゲヌイの強さに恐れおののいている。
そのことを聞いた聖女リカラは杖を構えると杖の先端に緑色に光る魔力を込め始める、
《全体回復》
聖女リカラが魔法を唱えると、負傷していた護衛たちの傷がみるみるうちに回復していく。
「おらぁ!」
「うっ!」
リカラの回復魔法によって復活した護衛がメアに向かって斬りかかる。
メアもなんとか対応できているがさっきに比べると少し押されているな。
心なしか護衛たちの動きもよくなっている気がする。
回復魔法と同時に強化魔法もかけたか。面倒だな。
「これが聖女様の御力だ!!」
「ちっ、一回負けたんだから大人しくしとけよっ!」
カゲヌイが護衛の斧の振り下ろしを強化した拳で受け止めながら文句を垂れている。
「リカラ様を手にかけようなど万死に値する!」
残りの護衛が今度は俺に向けて斬りかかってくる。
相手のとの差も理解できんとは、救いようがないな。
「ふん」
「ぐわぁぁっ!?」
俺は襲い掛かってきた護衛たちの体を真っ二つに切断した。
「何度斬っても回復するのなら、回復できないような傷をつければいいだろう」
「分かった」
「……確かにな」
メアとカゲヌイも俺の言葉に従い始めた。
「邪魔」
「ふん」
「がぁっ!?」
メアとカゲヌイは次々を護衛たちの心臓を突き刺し、屍の山を積み上げていく。
そうしているうちに瞬く間に護衛の数が減っていく。
「リカラ様!このままでは……!」
残された護衛が焦り始める。
「時間を稼いでください」
リカラはそう言うと地面に杖を刺し、詠唱を始めた。
今度は何をするつもりだ。
もう何もできることなど——
《ロックゴーレム召喚》
リカラがそれを唱えた瞬間、地面がみるみるうちに盛り上がっていく。
やがて土の塊が集まっていき、20メートルはあろう巨大なゴーレムが出現した。
「メア、カゲヌイ!」
二人は俺の指示に従いゴーレムに斬りかかる。
ガキィン!!
「「!!」」
しかし、二人の攻撃力をもってしても硬い岩の肌に弾かれてしまった。
ゴーレムは二人を振り払うように腕を振り回す。
固いな。動きも鈍いし攻撃力は低い。
だが防御力と体力が異常だ。
仕方ない、俺がやるか。
「ふん!」
ガキィン!!
「む?」
俺はレーヴァテインで斬りつけるが、傷がついた程度だった。
その傷もすぐに塞がっていく。こいつ、自己修復能力まであるのか。
大抵のものを軽々斬り裂けるレーヴァテインでも完全に斬ることができんとは。
凄まじい防御力だな。
ロックゴーレムの向こう側にいる聖女リカラの様子を伺う。
「無事な馬車は?」
「これだけしか……」
「急いで荷物を運んでください。重要なものだけで構いません」
「耳狩りは?」
「奴もです」
まさか逃げる気か。
ちっ、このゴーレム、聖女との道をふさぐように動いているな。
この程度ゴーレム、対処は余裕だが、いかんせん防御力と体力、そして再生力が高すぎる。
どうあがいても時間がかかる。
しかし動きがあまりにも遅くてこっちを殺す気がないところを見ると完全に時間稼ぎのためだな。
「心臓部に核があるはずだ」
ゴーレムの心臓部にあるという核、そこさえ破壊してしまえば時間はかからない。
さっさと終わらせようと思ってレーヴァテインを抜いた。
「私たちがやる」
しかしメアとカゲヌイが前に出てくる。
ほう、自ら進んであれを倒すと申し出るとは。
面白い、ここは任せてみるとするか。
「メア、私が先に心臓部に攻撃を叩き込んでできるかぎり外殻を剥がす。その次は頼んだぞ」
「分かった」
カゲヌイがまずロックゴーレムに向けて飛び出す。
《雷纏》
地面を走りながら全身に雷を纏う。
ロックゴーレムの踏みつけを避け、なんとそのまま足の上を駆け上がっていく。
流石の身体能力だな。
その間、メアは剣を構え、剣に魔力を込め集中している。
《風纏》
メアが唱えた瞬間、剣先が風の魔力に包まれる。
ほう、いつの間にそんな技を習得していたか。
カゲヌイの雷魔法を纏う技術を真似して、応用し、剣先だけに纏わせているのか。
カゲヌイに比べると使い慣れていない分、魔力の練度は低いがそれでもこの短い期間でよくあれだけの技を習得したものだと感心してしまう。
一方カゲヌイの方は——
ロックゴーレムの体を駆け上がりながら、体に纏う雷の量を増やしていき、身体能力を格段に強化し、そのまま心臓部まで駆け上がる。
《雷連撃》
「ナ”ャア”ァア”ァア”ア”!!!!」
目に見えない速さで拳によるラッシュを叩き込む。
その速さ、威力たるや、あの巨大のゴーレムでさえ押されている。
しかし雷を込めすぎだな。
雷で無理やり身体能力を底上げしすぎているせいで全身が悲鳴を上げている。
成程、諸刃の剣の技ということか。
しかしその甲斐もあり、ロックゴーレムの心臓部の外殻に亀裂が生じる。
「メア!今だ!!」
カゲヌイが叫ぶと同時にメアは飛ぶ。
たった一回の跳躍で巨大なロックゴーレムの心臓部まで達していた。
なんというジャンプ力。
跳躍の瞬間に足元に風魔法を放つことでジャンプ力を格段に強化したのか。
《狂騒の魔眼》
右手に剣を握ったまま、左手を右眼に当て、魔眼を発動させた。
《風刃一閃》
そのまま両手で剣を強く握りしめ、風の魔力を込めたまま、ロックゴーレムの新オズ部を貫く必殺の一撃を放った。
「ゴォオオオオ!!」
心臓部が貫かれたことでロックゴーレムはその場に崩れ落ちる。
地面に着地したメアは右手で右眼を抑え、魔眼を解除した。
しかし、一瞬とはいえ右眼の魔眼を使っていた。
だがメアは暴走している様子はない。
「魔眼を使っていたが、問題ないのか?」
「ほんの一瞬なら魔眼を使っても意識を失わないようになった」
メアはそう答える。
成程、修行の成果が出ているというわけか。
めっちゃかっこいい暴走形態がなくなりつつあるのは少し勿体ないような気もするが、配下が更に強くなるのであればいたしかたない。我慢しよう。
「流石俺の配下だ」
「……おい、聖女はいいのか?」
感心しているとカゲヌイが呆れ顔で聞いてくる。
——あ、やべ。忘れてた。
俺はロックゴーレムの残骸の向こう側を見るが聖女もその護衛もいなくなっていた。
「唯一無事だった馬車に乗って町の方に逃げたようだな」
町の方に逃げたとなると、冒険者に助けでも求めるつもりだろう。
「どうするんだ」
「そんなもの決まっているだろう」
俺はメアとカゲヌイを引き連れ町の方へと走った。
リカラは冒険者ギルドまで行けば俺たちがもう追ってこない、問題がないとでも思っているのだろうが、むしろ俺にとっては好都合。
冒険者ギルドの乗っ取りとリカラ殺害が同時に行えるのだからな。
俺はすぐ先の未来のことを脳裏に浮かべ、くつくつと不敵に笑っていたのだった。
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