50話 魔導書奪取作戦の結果、そして決意

 ある日の夜。

 月明りで足元が照らされなんとか歩くことのできるほどの明るさ。


 教会の後ろで白い装束をつけた男二人と、黒いフードを深くかぶった怪しい男二人により謎の取引が行われていた。


「あんたらが、聖女様を称える会か?」


 黒いフードを被った二人組の片割れが話をもちかける。


「そうだ。品はどこだ?」


 白装束をつけ、聖女を称える会を名乗る二人は品を見せるように言う。


「金を見てからだ」


 黒いフードをつけた二人組がそう言うと、白装束をつけた男は懐から金貨が大量に入った袋を見せた。


「いいだろう、品はこれだ」


 黒いフードをつけた男は懐から本を取り出し見せる。

 紫色に輝く魔力が込められ、円の中心に五芒星が描かれた魔方陣が表紙に大きく書かれてた魔導書だった。


「交渉成立だ」


 そういうと金貨と魔導書の交換を始めた。

 ——その時だった。


《氷河領域》


 突然地面全体が凍り付き、男たちの足が凍りつく動けなくなってしまう。


「な、なんだこれは!?」


 次の瞬間、謎の影が現れ、魔導書を持っていた黒いフードをつけた男を蹴り飛ばし、謎の影が魔導書を奪い取る。


「もらっていくぞ」


 その影の正体はウルグだった。


「じゅ、獣人……!?貴様っ……!」


 目的である魔導書の強奪に成功し、ウルグがその場から立ち去ろうとした瞬間、魔導書から強い魔力が放たれた。


《拘束魔法》


 次の瞬間、魔導書から魔力で形成された鎖が出現し、ウルグの体に絡みつき、動きを止める。


「な、なんだこれはっ!?まさか、偽物っ……!?」


「貴方が例の耳狩りですか」


 ウルグが困惑していると、どこからともなく現れた新たな人物の影があった。


「聖女リカラ!?なぜここに……!」


 ウルグは驚愕した。

 現れたのは、聖女リカラだった。

 近くには剣を腰に身に着けた騎士二人がいた。

 動けない上に、実力の高い騎士二人と聖女。明らかに状況が悪すぎる。


「Aランク冒険者の彼らの遺体から取引について書かれた紙が消えていたので念のために取引現場に張り付いておいて正解でした」


 リカラはゆっくりとウルグに近寄る。


「よくも私たちの配下の者たちを手にかけてくれましたね。やりなさい」


 リカラは騎士二人に命令を下す。

 それと同時に騎士は剣を抜き前に出るとウルグに向かって剣を差し込んだ。


「がっ——」


 ウルグはその場に倒れこみ、動かなくなった。


「リカラ様の命令通り、急所は外してあります」

「いいでしょう」


《回復魔法》


 リカラはウルグに近づくと回復魔法をかけて傷を癒した。


「リカラ様、この者をどうなさるおつもりですか?」

「捕まえて王都に引き渡します。回復魔法をかけましたから、私に逆らうことはもうできないでしょう。

 連れて行ってください」

「御意に」


◇癒し手の導き

種:魔魂スキル

能力:回復魔法をかけ癒した相手を自在に操れる。

 対象は人間に限らず、魔物にも適応される。

代償:対象の操作を繰り返すことで、その対象の思考能力が鈍り、更に寿命が縮まる。



****



「ウルグ!」


 私は水晶玉を通してウルグの行動を見張っていた。

 そして彼は捕まってしまった。

 よりによって聖女リカラに。


『俺が失敗した場合、見捨ててくれればいい話です』


 彼はそう言っていたが、彼とは長い付き合いだ。

 本当の子供のように接していた。

 見捨てることなんてできるはずもない。


 私はどうすればいい。


 今から助けに行く?

 間に合うはずもない。

 間に合ったところで無策で聖女に勝てるだろうか?


 唯一方法があるとすれば。


「明日の、聖女リカラ襲撃」


 あのスルトという男が実行するという計画。

 それに私も加勢してウルグを取り返す。


 だが、それまでにウルグが生きている保証も、襲撃が成功する保証もない。

 いくら聖女リカラがロキシス教団とつながり悪事を働いているからといって、襲撃して殺してしまえでもすれば人間たちは総出を上げて魔物を滅ぼしにくるだろう。

 とてもではないが人間と魔物との共存などできなくなってしまう。


 聖女リカラを倒し、ウルグを取り返し、なおかつ人間と魔物の共存がうまくいく方法。

 そんなのが果たしてあるのだろうか?


「でも……やるしかない」


 私は立ち上がり、ある人物のところへ向かった。


****


<スルト視点>


 決戦前夜、俺たちは明日に備え早めに休息をとっていた。

 

 しかし、怪しい気配がしたため目が覚める。

 窓の方を見るとリリーシュが窓を開けて中に入り込んできていた。

 窓に差し込んだ月光に照らされその顔が怪しく煌めく。


「何の用だ」

「まさか話しかけてもないのに気が付くなんてね」

「何の用かと聞いている」

「……そう急がないで」


 リリーシュは窓から降りると、ゆっくりとこっちに歩いて近づく。


「明日のリカラ襲撃、私も参加するわ」

「ほう?あれだけ臆病風をふかしていたくせに、どういう心境の変化だ」

「それは——」


 リリーシュが視線を合わせず、ばつが悪そうな顔をする。


「実は、例の聖女リカラを敬愛する会のことだけど、失敗してね」


 聖女リカラを敬愛する会。

 そういえば前に襲撃したAランク冒険者がそんなことが書かれた紙を持ってたような気もする。

 リリーシュに渡したんだっけか。

 すっかり忘れてた。


 失敗ってことは、戦力減退か何かを狙って襲撃を行ったということだろうか。


「我ながら情けないわ」


 別にそんなの襲撃失敗したところで大した問題じゃないと思うんだがな。

 そこまで気にすることだろうか。


 しかしリリーシュは心底悔しそうな顔をして話を続ける。


「その、実は————」

「わざわざ口に出す必要もない。

 事情は把握した」

「え?」


 俺はリリーシュが事情を話そうとしたのを止めた。


「だ、だって私、まだ何も話してないんだけど……」

「貴様のその焦りようを見れば何が起きたか推測できる。

 全ては魔王たるこの俺に任せておくがいい」

「……本当に?」

「当然だ」


 リリーシュは俺の言葉を聞き、さっきまでの焦りようが嘘のように静まり返る。


(まるで、本当に魔王様のような頼りになる言葉の重みね……)


「貴様は東の門から襲撃し、町をやれ。リカラは俺に任せておくがいい」

「……分かったわ」


 リリーシュは俺の命令に納得したようで、音もたてずに窓を潜り抜け帰っていった。

 

 ふぅ、ようやく帰ってくれたか。

 俺もさっさとベッドに戻って眠るとしよう。


「スルト、あの人が言ってたことってなんだったの?」

「起きてたのか」


 いつの間にかベッドから起き上がっていたメアが疑問を投げかけてくる。


 当然気になっていることだろう。

 リリーシュが話そうとしていたこと、それは——


「知らん」

「知らないのかよ」


 カゲヌイが猫の状態で頭だけ影から顔を出す。

 こいつも起きてたのか。

 まぁ、外部の人間が部屋に訪れて呑気に眠りこけているようじゃ俺の配下失格だがな。


「知らないのにあんな偉そうなこと言ったのか?」


 カゲヌイが呆れ顔で言ってくる。


 仕方ないだろ、だって眠かったし。明日早いし。

 いわゆる、昼寝中にお母さんが入ってきて「○○のことなんだけどー」みたいに言われて仕事を依頼された時、早く帰ってほしいから「分かった分かった、やっとくから」って言って適当にあしらって帰すのと同じやつだ。


 というか作戦前夜の真夜中に寝てるところに訪れるなんて非常識にもほどがある。

 ブラック企業か何かか?

 まぁ俺、元々は高校生だったから働いたことなんてないけど。


 まぁ少なくとも、リリーシュが明日の作戦に参加するというのは吉報だ。

 俺からすれば、町の襲撃をリリーシュが代わりにやってくれれば、俺たちは聖女リカラ襲撃に集中できる。

 明日の作戦に大きな変更は必要ない。

 俺は魔王となるためにやるべきことをやるのみだ。


「早く寝るぞ。寝過ごしたりでもしたらシャレにならん」

「はーい」

「はいはい」


 メアはベッドに戻り、カゲヌイは俺の影の中に戻った。

 大丈夫だろうか、一度夜中に目が覚めるとそのまま寝られなかったりするからな。

 魔王とはいえ、睡眠はデリケートなのだ。

 まぁ頭空っぽにしてたらすぐに寝れるだろ。


 心配したのもつかの間、俺はあっという間に深い眠りについたのだった。

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