49話 人間と魔物の共存への道

<リリーシュ視点>


 彼らが森から去ったあと、私はその場からしばらく動かず休んでいた。


 彼はことごとく私の心にある核心をついてくる。

 私が過去の失敗から、人間と魔物との共存をなすことに臆病になっていることに。

 一体どこまでこちらのことを見抜いているのか恐れさえ抱いてしまう。


『リリーシュ様……』


 ウルグが心配そうに声をかけてくる。


『大丈夫よ』


 私は椅子からゆっくりと立ち上がる。


『……最近顔を出していなかったし、みんなの様子を見に行くわ』


 大木の前まで行くと私は木の幹の前で手を構える。


《幻惑解除》


 木の幹に扉が現れる。

 これはここに住む皆を守るために幻惑で隠していた隠し扉。

 その扉を開けて中へと入る。


 大樹の中は小さな町のようになっており、あちこちに小さな家が建てられており、ゴブリン、オーガ、獣人、竜人といったあらゆる魔物が混在していた。

 まるで人間が作り出すおとぎ話に出てくる妖精の国のような空間。


「リリーシュ様!」


 私の集落に住む民の獣人たちが私の顔を見て駆け寄ってくる。

 彼らは私が昔ここにかくまった獣人の集団だ。

 昔ウルグがここに匿ってやってほしいと頼み込んできたことがあった。

 私はそれを受け入れそれ以降、彼らはここで暮らしている。


「食料は足りてる?」

「おかげさまで。これも全てリリーシュ様のおかげです」

「いいのよこのくらい」


 この迷いの森は私の幻惑魔法で囲まれており人間たちは入ってくることができない。


 先代魔王が望んでいた人間と魔物が共存できる国。

 それは最後まで為し得ることはできなかった。

 でも、ここに魔物たちの小さな集落がある。


 先代魔王と共に魔物と人間が手を取り合いながら生きることのできる世界を実現すべく奮闘した。

 しかし、それを成し遂げることは最後まで敵わず、魔王も英雄たちに討たれてしまった。


 だから私はこの狭い世界でそれを実現させた。


「あの子供はいる?」

「あ、はい。皆で大切に育てております」


 私は集落の中にある小さな家を訪ねる。

 その揺り篭の中で幸せそうに眠る人間の赤子。

 

 この子は数週間前、人間によってこの場所に捨てられた。

 それを見つけた魔物たちがこの子を拾ってきた。


 人間の世界は魔物は悪とし教育する。そして人々もそれを疑うことはない。

 もちろん魔物の中には知性がなく、人間と敵対する魔物が多いことも事実だ。

 だけどそれが全てではない。

 人間たちの中でそのことを知る者などいないに等しい。


 人間は平等に魔物に悪意を向ける。

 それなら、最初から魔物に対する悪意がない世代を作ればいい。


 そう思って、こんな酔狂なことをしている。

 人間と魔物の共存なんて、できるわけがないのに。


 私は怖いのだ。

 もう一度失敗するのが。

 そして、この場所と彼らを失うのが。


 しかし、やらなければもっと多くのものが失われるかもしれない。


「リリーシュ様、どうしたの?」


 竜人の子供が私のことを心配そうに話しかけてくる。

 後ろを振り向くとその子供の親も横に立っていた。


「リリーシュ様、何か悩み事があるのなら、我々はいつでも力になります」


 竜人の母親が真剣な眼差しでそう言ってくれた。

 その気持ちはとても嬉しい。

 彼らはきっと私と共に戦ってほしいと言ったらきっとその通りにしてくれるだろう。

 だが、果たして彼らにそんなことを言えるだろうか。


『ありがとう、でも大丈夫よ』


 私はその申し出を丁寧に断ると、竜人の親子は心配そうにしながらも去っていった。


『リリーシュ様、奴から渡された紙にはなんて書いてあったのですか?』


 ウルグが聞いてくる。

 私は懐から紙を取り出してウルグに渡した。


『聖女リカラを敬愛する会について書かれた紙よ。

 一見どうでもいい情報に見えるけど、下の空白に、魔眼を持つ者にしか読めない特殊な書き方でこう書かれていた。

 《魔物使役》の魔導書の取引について』

『な、そんなものが……!』


 ウルグが驚くのも無理はない。


 《魔物使役》

 それは自分より弱い魔物を強制的に従わせることのできるスキル。


 魔物使役スキルの自体の存在が問題なわけではない。

 そのスキルを持つ人間は過去にいたことがある。


 しかし、自分より弱い魔物しか従わせることができないという制約のせいで従わせられたとしてもせいぜいゴブリンくらいの低ランクの魔物だけだった。


 だが、《魔物使役》の魔導書となってしまえば話は変わってくる。

 適合さえしてしまえば誰でもこのスキルを得られてしまうということだ。


『この魔導書を万が一英雄ヒロが手に入れてしまえば……』


 ウルグが震えながらつぶやく。


『この世の全ての魔物は終わり。人間の統治下におかれてしまう。

 英雄ヒロの実力を考えたら私ですら例外じゃない』

『そんなことが……!』

『そう、だからこの取引だけは何があっても止めなければならない』


 ただでさえ先代魔王が討たれたことで衰退の一途をたどっているのに、そんなことになれば魔物の破滅へのとどめとなってしまうだろう。


『動くのに躊躇していた私に、動かざるを得ない理由を与えてくるなんてね……』


 彼はここまで考えてこの私にこの情報を提供してきたのだろう。

 否が応でも私に行動させて協力するために。


『この件は彼に任せるわけにはいかないわ。

 もしかしたら、彼がこの魔導書を自分で使って、スキルを使って私たちのことを無理やり従わせようとするかもしれないし』


 まぁ、仮にそのつもりだとしたらわざわざ私にこの情報を提供したりなんかしないだろうけど。


『まずはこの取引を止めるのが先ね』

『俺に任せてください』


 ウルグが名乗り出てくる。


 彼はいつも私の役に立ちたいとそうしてくる。

 しかし、今回に限っては私の中で何か胸騒ぎのようなものを感じていた。


『貴方の腕を疑っているわけじゃないけど……

くれぐれも注意しなさい。何か嫌な予感がするの』

『問題ありません。

 仮に俺が失敗した場合、見捨ててくれればいい話です』

『……そんなこと、冗談でも言うものじゃないわ』


 この胸騒ぎか気のせいであってくれるといいのだけれど。


 もし失敗でもしたら、否が応でも皆が戦わざるをなくなってしまう。

 この集落にいる魔物たちには、戦いを知らずにいてほしい。

 そう思うのは私の偽善なのだろう。


『……万が一の時は、私が……』


****


<スルト視点>


「ったく、なんなんだよあいつは!」


 俺は冒険者食堂でグラスを机に叩きつけてそう叫んだ。

 リリーシュに報告に行った帰り、俺たちはいつも通り冒険者食堂に寄り、晩飯を食っていた。

 そこで俺は配下二人に愚痴を吐き出していた。


「少し、考える時間をちょうだい、じゃねぇんだよ。

 あれ絶対参加しないパターンだろ!

 あいつがあそこまでの軟弱ものだとは思わなかったぞ!」

「おい落ち着けよ」


 左側に座っているカゲヌイが呆れながら諭してくる。


「スルト、お前酒でも飲んでるのか?」

「飲まなきゃやってられるかクソが!」


 まぁ、ただのジュースなんだが。

 酔ってるふりでもしないとやってられないのは本当だ。

 せっかく魔王軍を結成できると喜んでいたのに。

 

「おいメア、こいつのことをどうにかしてくれ——」


 そうカゲヌイが言いかけ右側を見ると、メアがグラスに入った飲み物をがぶ飲みしていた。


「えっへへぇ?なぁにぃ??」


 するとメアの顔がピンク色に染まり表情もすっかり崩れ、呂律も回っていなかった。

 明らかに様子がおかしい。

 メアがこんな状態になったことは今までに一度もない。

 まさか——


「メア、貴様……右眼の魔眼が新たな能力に目覚めたとでもいうのか……!?」

「いやどう見ても酒に酔っただけだろ」


 俺の発言にカゲヌイが冷静な突っ込みを入れてくる。


「酒だと?そんなもの俺は頼んでないぞ」

「は?酒頼んでないって、お前飲まずに酒に酔ったつもりだったのかよ」


 俺の発言からさきほどの俺の発言との矛盾を見つけたカゲヌイがまたしても冷静な突っ込みを入れてくる。


「……どうやら店員が間違えたみたいだな。

 メアが飲んだの酒みたいだ」


 メアのグラスを嗅いだカゲヌイがそう言ってくる。

 そんなお約束みたいなことがあるのかよ。


「カゲヌイ、貴様も同じのを飲んでいただろう。

 問題ないのか?」

「私が人間の作った酒なんかで酔うわけがないだろ」


 魔物は酒に対する耐性が高いのか?

 それとも、メアが思ったよりも酒に対する耐性が低かっただけか。

 魔王の配下ならば魔物たちと酒飲み勝負をして100人抜きするくらいの実力はあってほしいものだが。


 しかし、カゲヌイは酒に酔わないのか。

 それはそれでつまらん。

 ……ん?そういえば、こういう時のために実験して作った植物モノがあったな。試してみるか。


「カゲヌイ、これならどうだ」

「なんだそれは。近づけるな——」


 カゲヌイが静止する前に俺は懐から取り出した特製マタタビをカゲヌイの鼻の位置までもっていき嗅がせる。


「は、にゃぁ?にゃ、にゃんだそれわぁぁああ……」


 マタタビを嗅がせた瞬間、カゲヌイはメアと同じような泥酔したような表情に一瞬で変わり、全身から力を抜けさせ机の上に倒れこんだ。


 ……こんなに即効で効くとは。

 俺の開発した特製特濃マタタビにこんな力があるとは。

 魔王軍を組織したら化学開発部門とか作ってそこに俺の知識を基にした植物の研究機関を作るのも悪くないな。


「えっへへぇースルトぉおー」


 そんなことを考えると右側で泥酔していたメアが抱き着いてくる。

 暑苦しい。


「くっつくな。飯が食えん」

「そういわずにぃー」


 俺はメアの発言をガン無視して目の前にある料理に手を付ける。

 するといつの間にか意識を覚醒させていたカゲヌイがこちらを見て睨みを聞かせて心底不満そうな顔をしていた。


「おいぃぃいい!おまえらぁぁああ!いつもいつもくっついていちゃいちゃしやがってぇぇええ!

 別に羨ましいとか思ってないけどなんかむかつくんだよぉおおお!!」


 今度はカゲヌイが左側からくっついてきて絡んでくる。

 なんだこいつら。

 酒癖の悪いのとマタタビ癖の悪い二人による、絡み酒と絡みマタタビが行われている。

 暑苦しいし動きづらいしなにより飯が食いづらい!!


「魔王の晩餐を邪魔するなどたとえ側近の貴様らでも許されんぞ!」


 またしても俺たち三人はもみくちゃに喧嘩を始めた。


 その後、すっかり意識を手放した配下二人を背負って宿屋まで行く羽目になった。

 なぜ魔王の俺がこんなことをせねばならんのだ。


 でもまぁメアはともかくカゲヌイの問題は俺のせいなんだがな。

 そんな感じで今日も一日が過ぎていったのだった。

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