48話 大虐殺の魔王を目指す者と共存を目指す配下のすれ違い

 聖女リカラは冒険者ギルドの応接室でギルドマスターのクリスティアからの報告を受けていた。


「Aランク冒険者のパーティが魔物と戦い死亡したようです」

「……え?」


 あまりの突然の報告にリカラは驚く。


「あ、あの子たちが!?でも、あの戦士は特殊なスキルを持ってて討伐対象の魔物にやられるようなパーティではなかったのでしょう!?」

「しかし同じ洞窟に向かった冒険者が遺体を確認しています。まず間違いありません」


 ギルドマスターは報告書を読みながら付け加える。


「そ、そうですか……」


 リカラは落ち着きを取り戻した。


「残念です。彼らはとても有望な冒険者だったというのに。

 彼らの魂が救済されることを祈ります」


「本日のところは失礼します」


 聖女リカラはそのまま冒険者ギルドの応接室を後にする。


「どうなさるおつもりです」


 帰り道の馬車の中で聖女リカラの側近が問いかける。


「どうもこうもありません、失ったのなら新しく集めるだけです」


 さっきまでの丁寧な態度がどこへやら、聖女リカラは冷酷な表情へと変え、側近に対してそう言い放った。


「あの子は、魔魂スキルの一つである《傲慢》の持ち主だった。

 失ってしまったのは痛いですね」


 リカラは手に持っていたAランク冒険者パーティの似顔絵が書かれた四枚の紙を眺めながらそう呟く。


「ヒロ様の信用を失うわけにはいきません。

 ヒロ様にも新たな魔魂スキルの持ち主を見つけたと報告してしまったし……」


 リカラは首に手を当てながら今度の方針を考える。


「そろそろ王都に戻らねばなりません。

それまでに集められるスキルを集めるだけです」

「了解しました」


 聖女リカラは手元にある冒険者たちの似顔絵が書かれた紙の束をめくりながらそう呟いたのだった。


****


<スルト視点>


「スルト、今日はどうするの?」


 朝、宿屋のベッドに寝っ転がっているとメアが今日の方針について尋ねてきた。


 リリーシュの言うとおりに冒険者たちを殺したが特に何も連絡はない。

 こちらから赴くべきだろうか。


 そう思っていると扉からノック音がした。


「メア、対応を任せた」

「うん」


 面倒くさかったのでメアに任せる。

 メアが立ち上がり扉を開くと宿屋の娘がいた。


「あ、アンちゃん。どうしたの?」

「メアおねーちゃん!」


 おいおい、いつの間に仲良くなってたんだ。

 メアは怒った時と戦闘時は怖いが普段は優しいからな。

 そういう意味では人心を掌握するのは得意と言えるわけか。


「この部屋に泊まってる人に渡してくれって頼まれたの」

「誰から?」

「知らない。顔隠してたし」


 顔を隠してた?怪しいな。

 俺そんな暗殺者みたいな非合法そうな集団と知り合いだったっけ。


 アンはメアに手紙を渡すとそのまま部屋を後にする。

 メアから手紙を渡された俺は寝ころびながら手紙を開いた。

 その内容は至極単純だった。


『森に来るように』


 その一文だけで誰が送って来たかは察しがついた。


「リリーシュのやつか」


 どうやら俺が冒険者どもを倒したことを知ったようだな。

 これで今日の方針は決まったな。


「行くぞ」

「今すぐ?」


 メアが尋ねてくる。


「当たり前だ」

「せめて朝ごはんを……」

「後で食えばいいだろうが」


 結局、お腹が空いただの腹減っただの言いだした二人に根負けして行く途中にある屋台で買い食いしたのだった。


****


「さて、ついたな」


 再び迷いの森へとたどり着いた俺たち。

 しかし、また同じように謎解きをしながら中に入っていくのは面倒くさいな。

 人間の侵入を阻むためという理由は分かるが迷いの森とは心底面倒くさい。

 例えるなら、既にクリア済のダンジョンをもう一度攻略しないといけないような面倒くささがある。

 ゲームなら一度クリア済みのダンジョンはショートカット手段がどこかしらに用意されている物なのだが。

 どうしたものか考えていると目の前に音もなく人影が現れた。


「……来たか」


 あれはいつぞやの耳狩りと呼ばれた獣人じゃないか。

 こちらをつり目でにらみつけているものの、前と比べるといくらか態度が軟化している、ような気がする。


「ついてこい」


 耳狩りは迷いの森のある方角に振り替えるとこちらについてくるように促した。

 俺たちはその指示に従い後ろをついていくことにした。


****


 案内があるのは楽だな。

 しかしこの耳狩りはどうやらあの淫魔に従っているようだが、どういう理由であいつに従っているんだ?聞いてみるか。


「おい貴様」


 俺は耳狩りに向けて話しかける。

 俺が気安く話しかけたことが気に入らないのか耳狩りはムッとした表情をする。


「ウルグだ」


 耳狩りはこっちを睨みつけながらそう言う。

 ウルグ?あぁ、こいつの名前か。


「俺にはリリーシュ様から名づけられたこの名がある。名前で呼べ」


 あいつから名づけられた?まるで母親だな。

いや、ああいう種族って実は見た目と違って長寿ってパターンも多いし実質母親なのかもしれないな。


「いいだろう。それでウルグよ、どうしてあの淫魔、リリーシュに従っている」

「リリーシュ様は俺の恩人で、育ての親だ。それ以上に理由がいるのか?」


 なるほどな。こいつの発言から察するに、あちこちから戦力となりそうな魔物の子を集めて戦士として育て上げ戦いに備えているのだろう。


「奴らを倒したのは見事だった」


 ウルグは表情を変えないまま、俺たちの仕事を称賛した。

こちらのことを毛嫌いしていたこいつが俺のことを褒めるとはな。


「だが俺は完全にお前のことを信用したわけじゃない。

俺の主は、あくまでリリーシュ様だ」


 それを最後に耳狩りウルグは言葉を発さず、そのまま俺たちを森奥へと案内した。


****


「来たわね」


 迷いの森の奥地までたどり着くと、リリーシュが椅子の上に偉そうに座っている。


「座って」


 リリーシュは向かい側にある椅子を手で示す。

 前来た時とは違い、ちゃんとした椅子と机だ。

 しかもメアとカゲヌイの椅子もある。


 俺たちは椅子に腰かける。

 するとリリーシュが先に口を開いた。


「Aランク冒険者を倒したようね」

「あぁ。なんなら証拠がいるか?」


 俺は死体からはぎ取った冒険者カードとついでに、奴が持っていた「聖女リカラ様を称える会の会合」について書かれた紙を机に雑に投げる。


「……冒険者カードは分かるけど、この紙は?」

「見れば分かるだろう」

「見ても分からないから言って——」


 紙を手に取ったリリーシュは、ざっとその内容を眺めた後、はっとした表情をする。


「これは——!」


 気づいたようだな。

 この紙がリカラの能力について書かれた重要資料だということに。


「これは……なんてことなの……」


 リリーシュは紙を食い入るように見つめたままわなわなと手を震わせている。

 そんなにか?

 まぁ役に立ったならそれでいいんだが。


(上に書かれた文章。

 聖女リカラの能力についての情報は、誰でも知ってるような大した情報じゃないけど、重要なのはその下。

 一見何もない空白のように見えるけど、魔眼を持つ者でなければ見ることのできない特殊な素材で書かれている。

 その内容は——《魔物使役》の魔導書の取引ですって!?)


「……どうしてこの情報を私に?」


 リリーシュは紙から目線をそらし、訊ねてくる。


「お前が未だに俺の話を聞いたうえで、目的のために行動し始めることに躊躇しているようだからな。

 発破をかけてやろうと思ったまでだ」

「……っ!それは——」


 聖女リカラを倒すといった時に嫌がっていた様子だったしな。

 これだけの情報が得られればあとは怖いものはないだろう。多分。


(私が魔物と人間の共存を再び目指すことに躊躇しているのに気づくなんて……

 こいつは、一体どこまで私のことを把握しているっていうの……!?)


「ねぇ、一つだけ聞かせて。どうして貴方は闇魔法を使えるの?」


 リリーシュは質問を投げかけてくる。

 闇魔法を使える理由だって?

 そんなもん、女神が転生の特典としてつけてくれたからなんだけどな。


「この世に生まれ落ちた時より、我が右腕は暗黒の力に包まれていたのだ」

「……生まれつき、使えたのね」


 リリーシュは険しそうな顔をして考え込んでいる。


「魔王と、同じ魔法を……」


 リリーシュは小さな声でそう呟く。

 次の瞬間、リリーシュは思いもよらない行動に出た。


「ごめんなさい。貴方を試すような真似をしたことを謝罪するわ」


 リリーシュは椅子に座ったまま深々と首を垂れる。


『り、リリーシュ様!?』


 横でウルグが驚いて慌てている。


 ほう、あの生意気暴君って雰囲気をこれでもかと醸し出していたこいつが謝罪をするなんてな。

 俺のあまりの強さに従うつもりになったんだな。そうに違いない。


「貴方の実力を認めたからこそ正直に言わせてもらう。まだ私たちは完全に貴方の下につくと決めたわけじゃない」

「ほう?」

「まずは貴方の計画を聞かせてほしい。貴方はこの町で何をしようとしているの?」


 リリーシュは真剣な表情で聞いてくる。

 俺の計画、この町に来た目的、それはただ一つだ。


「冒険者ギルドの乗っ取りだ」

「それは、どうして?」

「我々の目的に必要なことだからだ」


 リリーシュは俺の意図が理解できていないという表情をしている。

 しかし俺は構わずに計画の続きを話し始める。


「そして何よりも、英雄ヒロのパーティメンバーの一人である、回復魔導士の聖女リカラを倒す」

「……なんですって?

 魔王を討伐した英雄のパーティメンバーの一人であり、回復魔法を使ってあちこちの戦地に赴き人々を癒すことで聖女と称賛されているリカラを殺せば、世界を敵に回すことになる。

 それを分かった上で言ってるの?」


 あれ?分かってない?冒険者ギルドの乗っ取りに比べたらこっちは分かりやすいと思ったんだが。

 聖女と人々から称賛されているリカラを倒したら俺の魔王レベルを更に上げられるじゃないか。

 というか、魔王を倒した一人をこいつは恨んでるはずだろうに。


「だとしても、我々の目的のためにはリカラを潰さねばならん」

「ということは、まさか……!」


 何かを察したような顔をしている。

 ようやく分かってくれたか。俺の魔王となる目的に必要なことが。


(リカラも、あのロキシス教団とグルだとでもいうの?

 確かに、魔物を積極的に排除し、少しでも魔物との関わりがある人間がいれば処断するような過激な教団。

 そんな教団をリカラが率いているだとすれば、リカラがいる限り人間と魔物の共存を達成することはできない)


「……分かったわ。ひとまず、こっちの紙に書かれた件は私に任せてもらえないかしら」


 リリーシュは俺が渡した聖女リカラを敬愛する会の会合について書かれた紙を上に掲げながらそう言う。


 え、任せてくれってまさか聖女リカラを敬愛する会のこと?

一体何するんだ?

 まさか、敬愛する会に興味を持ってしまったとか——


 ……なわけないか。

 普通に潰しに行くだけだよな。

 俺はあんまりそういう雑魚どもをわざわざ潰しにいくのに興味ないし任せることにするか。


「いいだろう」

「助かるわ」


 リリーシュは聖女リカラを敬愛する会の会合について書かれた紙を懐にしまい込んだ。


「それで、貴方の聖女襲撃はいつ決行するの?」

「次の満月が出る日の翌朝だ」

「成程、リカラが冒険者ギルドから王都に出発する日ね」


 あ、そうだったの?

 満月の日とかいう表現がかっこいいから言ってみただけだったんだが。

 まぁ、町の中にいる時よりも出発して外にいる時の方が襲撃しやすいか。


「そこを俺たちが襲撃する。お前も当然参加するだろう?」

「——少し、考える時間をちょうだい」

「えっ」


 思わず素が出てしまった。

 今のは協力してくれる流れだったやんけ。


「前日までには参加するかどうか伝えるから」


 リリーシュはそんなことを言ってくる。

 なんだその「クラス会行けたら行くわ」みたいなムーブは。

 それ絶対参加しないやつだろ。


 俺たちだけでできないことはないだろうが、相手は聖女だ。

 戦力はできるかぎり多い方がいい。

 こいつに協力してもらえないのは大分痛いぞ。

 何より、魔物の大群を率いる魔王趣向に乗っ取った行いが達成できない!


 ここはどうにかしてでも俺の作戦に同行してくれる雰囲気にするしかない。


「何を迷っている?」


 俺はリリーシュに対して挑発するように声をかけた。


「わ、私は——」


 それを聞いたリリーシュは明らかに動揺していた。

 いいぞ、もっと怒らせてやれ。


「随分と臆病なんだな。

 先代魔王の配下ともあるべき女が」

「貴様っ!リリーシュ様を侮辱する気かっ!」


 リリーシュを挑発していると、リリーシュ本人ではなく横に立っていたウルグが怒りだした。


「黙れ」


 俺はすかさずウルグを睨みつけ、威圧した。


「ぐぅっ……!」


 お前が怒ってどうする。

 俺はこっちにいるリリーシュを怒らせてんの。黙っててほしいわ。

 ウルグのことは一旦おいておくことにして、俺はリリーシュに向き直した。


「より高みを目指すためには相応の覚悟が必要なものだろう。

 それとも、貴様はその程度の覚悟で先代魔王に付き添っていたのか?」

「……っ、それは——」


 リリーシュはうつむいてしばらくの間考え込む。


「分かったわ。とりあえず、準備だけはしておくから……」


 それも、準備だけしておいて結局来ないパターンだろ。

 ちっ、案外面倒くさいなこいつ。

 ここまで臆病な奴だとは思わなかった。


「この俺を失望させるなよ」


 それだけ言い残し、俺たちはその場から立ち上がり森を後にしたのだった。

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