53話 狂乱した人間の鎮圧

<ギルドマスター視点>


 なんとか襲い掛かってきた冒険者を全員ねじ伏せ、リカラの後を追いかけるも裏門から出て馬車に乗り東門に向けて既に出発した後だった。


「くそっ……!」

「ギルドマスター!ここにいましたか!?」


 呆然と立ち尽くしていると、衛兵が私を見つけて駆け寄ってくる。


「街のあちこちで冒険者や傭兵の様子がおかしくなり周りの人間を襲い始めたんです!」


 衛兵は必死に町の様子を伝えてくれる。

 しかし、一つ疑問が生じる。

 それを伝えにきた彼自身には変わった様子はない。


「君は大丈夫なのか?」

「は、はい……なぜか大丈夫みたいで……」

「君と同じように平気だったものはいたか?」

「私は最近衛兵になったばかりで……、他にも正気をたもっていたのは私と同じく新人ばかりだったんです」


 なるほど、合点がいった。

 回復魔法をかけれていないものは操れないわけか。

 だから新人の彼らには回復魔法をかける機会がなく、操れていない。

 聖女リカラも全ての人間を操れるようにはしておけなかったわけか。


「他にも正気を保っていた衛兵たちもいたのですが、そいつらはは、冒険者ギルドの方の目の前に陣取っている魔物を率いている人間の討伐に向かってしまい……」


 操られていない、リカラを殺しに来た人間を最優先で倒しに行こうとする。

 この二つの事柄から導き出されるのは、その衛兵たちはリカラの手の者だろう。


 リカラについていった冒険者たちと同じように、町人を守ることよりもリカラを守ることを最優先にしたというわけか。


 それにしてもまさか、衛兵の中にも潜り込ませていたとは。

 しかしあの用意周到さならありえない話ではない。


 ——しかし、街で狂乱した者たちを収め、襲撃してきた魔物をどうにかし、しかも魔物を率いている人間を倒すなんてことができるのか?


 忌々しいが、魔物を率いている人間はリカラの手の者の衛兵たちが相手しているのなら、一体そこは放っておくべきだろう。


 それならば、最優先にすべきは町人を救うことだ。


 私は衛兵に連れられて町の広場へと向かった。



 あちこちで狂乱した冒険者や衛兵が暴れており、町人に襲い掛かっている。

 正気を保っている衛兵が鎮圧にあたっているが、全く人手が足りていない。

 このままでは、町が崩壊してしまう。


「これだけの大規模な魔法を使って……本当に口封じに町全体を滅ぼす気か?」

「ギルドマスターはこれがどういう現象なのか知っているんですか?」


 衛兵が聞いてくる。


「詳細なことはまだ言えないが、それはとある魔法によるものだ。

 暴走した人間の鎮圧と、住民の救助にあたれ!」

「し、しかし……我々衛兵も半分以上が暴走状態になってしまい……」

「くそっ、どうすれば……!このままでは……」

「ぎ、ギルドマスター!囲まれています!!」


 いつの間にか暴走した冒険者と衛兵に囲まれていた。

 考え事をしていたとはいえなんという愚かさ。


 暴走した人間は、目の色が赤く染まり、目の焦点も顔の向きも合っておらず、まるで不死者の集団のような不気味さだった。


「くっ……!」


 操られているとはいえ、かつての仲間を手にかけるなど。

 それに、周りを取り囲んでいる冒険者や衛兵は数少ない良心的な者たちで、町を守ろうと日夜努力していた者たちばかりだ。

 どうすれば——


 躊躇していると、暴徒の後ろからフードを深くかぶった謎の女性がこちらに向けて歩いてくるのが見えた。


《拘束魔法》


 その女性が右手を目の前に掲げ魔法を唱えると、地面から無数の蔦が生え、暴走した人間たちの体に絡みつき動きを止めた。


 これは、拘束魔法?

 これだけの広範囲の人間を瞬時に拘束するとは。

 これは、拘束魔法の中でも最上位の規模じゃないか!?


「また会いましたね、ギルドマスター」


 その女性は頭にかぶったフードを外す。

 つややかな青い長髪が特徴的な女性。

 彼女は——


「貴方は……確かエイルといったか」


 体を透明にする魔法だけでなく、これだけの拘束魔法が使えるだなんて。

 彼女は一体何者なんだ?

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 重要なのは、彼女は敵ではないということだ。


「君が私の敵ではないというのなら、頼みがある。

 暴徒の鎮圧と住人の救出に協力してほしい」

「無論、そのつもりです」


 エイルはギルドマスターと共に他の場所に移動をはじめた。


****


<エイル視点>


 道中にいた暴走した冒険者たちを動けなくしつつ、私はギルドマスターと共に東門に向かった。


 東門を守っていた衛兵たちの半分以上も様子がおかしくなり、剣を振り回し暴れまわっている。

 もはや狂気の宴か何かだ。


「東門まで襲撃してきた魔物たちはどうなってるんだ……?」

「私が見に行きます!」


 ギルドマスターにそう告げ、私は門の前にある城壁に上り見張り台までたどり着く。

 魔物たちを引き連れている親玉とみられる人物がいるのが見えた。

 しかし、その人物は私にとって見覚えのある人物だった。


「あれは……スルトの部屋から出て行った淫魔……?」


 よくよく見てみるが魔物と戦っている衛兵の中に血を流している兵士や殺されている者は見当たらない。

 魔物の言葉は分からないが、巨体で乱暴なオーガに対して何かたしなめているようにも見える。

 まさかとは思うが、人間を殺さないようにしている?


「……ためしてみる価値はありそうね」


 私は身体強化魔法をかけたまま見張り台から飛び降り、淫魔の近くにまで移動した。


「そこの貴方!」


 私は淫魔に向けて指さす。


「時間もないから一つだけ聞くわ、貴方はスルトの味方?」


 淫魔は私の言葉にうろたえつつも、毅然とした態度を崩さずにいた。


「そうよ。私たちの目的は聖女リカラを止めること」


 リカラを止める。

 スルトがどういう経緯で彼女を味方にしたのかは知らないが、目的が同じならば協力するしかない。


「今、リカラが発動した魔法によって冒険者たちや傭兵が暴走状態になってる!

 そのせいで町の人々が危険な状態にあるの!

 鎮圧に協力してくれない!?」

「……分かったわ」


 了承を得た私は再び身体強化魔法を駆使して壁をよじ登り、城壁の中へと戻った。


「門を開けてください!」


 私はギルドマスターに向けてそう言い放った。


「何を!?そんなことをしたらどうなるか考えずとも分かるだろう!?」

「門の外にいる魔物たちは敵じゃありません。

 大丈夫です」

「そんなことを言われても信じられるわけがないだろう!?」

「私たちはついさっき聖女に裏切られたんですよ?

 魔物たちの方がまだマシだと思いません?

 なにより、見てください。

 これだけの時間が経っているというのに死者は一人も出てません。

 妙だと思いませんか?」


 ギルドマスターはしばらく考え込む。


「……分かった」


 承諾したギルドマスターは衛兵に向かって指示を出す。


「東門を開けるんだ!」

「何考えてるんです!?そんなことしたら!」

「責任は私がとる!」

「あぁもう!分かったよ!」


 東門が開かれたことで、魔物たちが町に向かって次々と侵入してくる。


「あぁあ!!魔物が町に!!もう終わりだぁあああ!!」


 それを見た住人達は恐慌状態に陥ってしまう。

 それに加え、正気を失いあちこちで暴れる冒険者であふれかえり、阿鼻叫喚の状態となっていた。


『いい!?リカラに操られて町人を襲っている冒険者と衛兵の鎮圧!』


 リリーシュは魔物たちに命令を下す。


 ゴブリンたちは数を生かして暴れている冒険者にとびかかり取り押さえる。

 獣人たちは怪我をしている人間たちにポーションをふりかけ傷を癒す。


 町に襲撃してきたはずの魔物たちが人間を助けているという状況に町人は困惑していた。


「……ん?」


 すると、斧を持った冒険者が今にも町人に襲い掛かろう斧を振りかぶっていた。


「ウガァァアア!!」

「う、うわぁあぁあ!?」


《水弾》


 リリーシュは手のひらに水の塊を生成し、その水弾を斧の冒険者に向けて放ち、吹き飛ばした。


「ま、魔物が俺を助けてくれた……?」


 その町人は困惑し、その場から動くことができずにいた。


「そこの人間、へこたれてないでさっさと避難しなさい」

「あ、あぁ……ありがとう……?」


 町人は困惑しつつも立ち上がり逃げ始めた。


「まさかとは思うけど、彼はこのことを予想して私にここに来るように命令してたのかしら?

 ここで私たちが鎮圧すれば、人間の魔物に対する不信感が和らぎ、共存のきっかけにできるかもしれない。

 未来でも見えてるみたいね……

 私も早く魔王様のところに早く向かわないとね」


 リリーシュは魔物に的確に指示をしつつ、冒険者ギルドのある方向へと向かっていった。




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