45話 魔王の知らぬ間に裏で動く者たち

<エイル視点>


 私はスルトが学園を去った日を思い出す。


 学園が崩壊したあの日。

 スルトが校舎に出現した巨大な深紅の竜を倒し、おかしくなった学園生たち浄化の剣を振るうことで全員助けた。


 そしてなにより、スルトは組織に利用され殺されそうになっていた私のことを救ってくれた。


 スルトが私の中に禁忌の魔導書が埋め込まれたという情報を隠してくれたおかげで私を追ってきていた組織の追っ手はそれ以上追ってこなくなった。


 学園はあちこちが崩壊し、肝心の校舎も竜の出現のせいでバラバラに崩壊してしまった。

 学園長は今回の一件の責任をとらされたという話だ。


 この国で一番といわれる魔法学園が、こんな凄惨な事件に遭遇したということで王都中がざわついた。

 誰がこんな事件を起こしたのか、この事態を収束したのは誰なのか。

 様々な憶測が飛び交った。


 学校の教員もアマンダ先生など生き残った人たちはいたが、ほとんどが殺されていたそうだ。

 しかし、私には分かる。殺されたのは全て謎の組織ロキシスの手の者たちだ。

 学園長がそうなのだから、内部のほとんどが掌握されているのも当然と言えるだろう。


 学園生たちが無事とはいえ、肝心の学園の校舎が崩壊し、教員のほとんどが殺され、学園長が捕まったとなればすぐにどうにかなる話ではない。


 学園の校舎は建て直しが行われることとなったが、こんな大きな事件を起こしたことで世間では批判の的となっていた。

 例え校舎を建て直して教員を新しく雇ったところで信用はすぐには取り戻せないだろう。


 学園は休校ということになり、早い長期休暇となった。

 他の町にある魔法学園に転校する者、校舎の建て直しを待つ者、魔法学園に通うことを諦める者、色んな学生たちがいた。


 一方私はどうするべきか。ずっと考えていた。


 スルトとメアはあの日以来姿を見ていない。

 しかし私には分かる。

 彼は世界を救うために、ロキシスと呼ばれる謎の組織と戦うために旅立ったのだ。


『俺の元で俺に染まり地獄の道を歩む覚悟があるのなら追いついてくるがいい』


 彼は学園を去る前に私にそう言った。

 すなわち彼は私に二つの選択肢を与えたということに他ならない。


 戦いを恐れ、この学園に居続けるか。

 彼を追いかけ共に戦うか。


 そんなもの、一つしかない。

 私は彼に救われた。

 その過程でこの偉大な力を手にした。

 《魔法創造》という反則的なスキルを。

 与えられた大きな力には相応の責任が伴うというもの。

 それを生かさなければ意味がない。


 そう思った時にはすでに私は学園を飛び出していた。

 彼を追いかけるために。

 彼の向かったと思われる場所へ向かい、あちこちで聞き込みをした。


「あの、こういう見た目の人を見ませんでしたか?」

「ん?あぁ、怪しい恰好した女二人を引き連れた男か。見たぞ」


 そしてスルトがこの町に来たという話を知り、何日もかけてこの地に足を踏み入れた。


 ドラフルク町。冒険者ギルドがあるという町。

 一体彼はここに何をしに訪れたのだろうか?


 深くフードを被り、素性が気づかれないように顔を隠す。

どこに敵の手が潜んでいるか分からない上に、私がもう狙われないと決まったわけじゃない。警戒はすべきだろう。


 冒険者ギルドの端の席で座っていると、酒に酔った男二人が近づいてきた。


「おい、嬢ちゃん。そんなところで一人寂しくしてないで俺たちと遊ぼうぜ」

「結構です」


 はっきりと断ったが男二人はそれでも絡んでくる。


「固いこと言うなよ」


 しつこいな。昨日のことといい、どうにもこの町の冒険者というものはあまり良いものではないようだ。

 こうなったら仕方ない。


「それより、あそこにあるものは何?」


 私は何もない壁に向けて指を向ける。


「あぁ?」


 ごろつき二人が私の指した方向を向く。


「おい、なんもねぇぞ……」


 しかしごろつき二人が視線を戻した時、そこに私の姿はなかった。


「ど、どこに行った!?」

「い、今の一瞬で……」

「な、なぁ……まさか、幽霊なんじゃ……」

「ば、馬鹿お前、そんなわけあるか!」


 ごろつき二人が言い合っている時には、冒険者ギルドの門脇まで移動していた。


 私のすぐ近くに人が通るが、私の存在に気づく者はいない。

 ——なぜなら、私は姿を消しているからだ。


《透明化魔法》


 禁忌の魔導書の中に封じられていた魔法。魔法創造。

 この世のありとあらゆる魔法を網羅し、その魔法を創り出すことができる、全能の魔法。

 しかしもちろんデメリットもある。

 

 魔法創造を行う際は凄まじい集中力が必要で、途中で一瞬でも違うことを考えたり何か刺激が与えられるだけでキャンセルしてしまう。

 その上、消費される魔力が尋常じゃない。

 無尽蔵に近い魔力を持っている私ですら使った後にかなりの徒労感に襲われる。

 

 さらに魔法創造にはクールタイムがあり、一度使うとしばらくの間は使うことができない。


 そして本当に全ての魔法を作れるわけではないようで、光魔法や闇魔法といった特殊な魔法や、そもそも魔法使いが開発したことがない魔法は創れないようだった。


 最初に身体強化魔法を作った後に創れたのは今のところこの透明化魔法だけ。


 スルトのサポートを行うのなら、情報を集める必要がある。

 そして私は組織に追われる身。

 そう思ってまずはこの魔法を創った。


 姿を完全に消し、音も気配すらも消すことができる。

 使用中は常に魔力が消費され続けるが、無尽蔵の魔力があるのなら大した問題ではない。


 透明化魔法を使い隠れた状態で冒険者たちの会話に耳を澄ませ情報集めしていると、何やら周りがざわついている。


「おいあれ見ろ!聖女リカラ様だ!」

「リカラ様の視察はたしか一週間後なはずだろ?」


 聖女と呼ばれる回復魔導士のリカラ。

 彼女は英雄ヒロの魔王討伐パーティの一人でもあり、卓越した回復魔法の技術により勝利に大きく貢献したといわれている。

 そんな人がなぜここに冒険者ギルドに……?


「例の冒険者を狩る獣人、耳狩りがまた出たらしくて、その討伐に協力したいっておっしゃってたらしいぞ!」

「俺たちのような冒険者に……なんて慈悲深いんだ!」

「まるで女神のようだ……」


 周りの冒険者たちが感激の言葉を漏らしている。

 しばらくするとギルドの奥の部屋からギルドマスターが出てきて応対する。


「リカラ殿、準備ができました。応接室にお願いします」

「分かりました」


 リカラはギルドマスターに案内され、護衛を引き連れながら応接室へと向かっていく。

 噂通りの聖人のようだ。

 もしかして、スルトがこの町に来た理由はあのリカラが何かしら関係しているのだろうか?

 そうなると、学園の時のようにリカラが何かしらの悪事に加担しているということになる。

 しかし、見たところ冒険者を治療しにきただけだし、特に怪しい点は見られない。


「……でも、追ってみる価値はありそうね」


 私は透明化魔法を発動したまま、気づかれないように調査を始めたのだった。



<ギルドマスター視点>


 冒険者たちに回復魔法をかけ終えた聖女リカラは、職務室でギルドマスターのクリスティアと仕事の話をしていた。


「このリストに書いてある方々を冒険者ギルドで受け入れていただきたいんです」


 ギルドマスターのクリスティアは聖女リカラに渡された紙を眺める。

 そこには様々な人間たちの素性や経歴が書かれている。


「この人間たちは、前科のある者たちばかりではないですか!」

「えぇ!でも、皆さん反省しているようですし、是非町の皆さんのために頑張ってもらいたいと思いまして!」

「し、しかし……」


 クリスティアが受け入れを躊躇していると横にいる側近が口をはさんでくる。


「まさか、英雄であらせられるリカラ様の申し出を断るわけがありませんよね?」

「……っ!分かり……ました……受け入れます……」

「よかったです!それでは失礼しますね!」


 聖女リカラは護衛の者たちを引き連れ部屋を後にした。


「はぁ……」


 クリスティアは誰もいなくなった部屋で思わずため息をした。


 冒険者ギルドは魔物から町の人々を守るための組織だったはずなのに、一体いつからこうなってしまったか、と後悔する。


 いつしか王都の人間の顔色を窺うようになってしまっている。


 冒険者ギルドが財政難に陥り、王都の者が支援してもいいという話を持ち掛けた。

 この冒険者ギルドがなくなってしまえばこの町を守ることはできなくなる。

 彼女はそれに飛びつくしかなかった。


 聖女リカラは回復魔法で怪我をした冒険者たちを癒してくれるが、その見返りとして素性のよく分からない人間たちを冒険者として雇えと言ってくる。

 英雄の一人であり、莫大な支援をしてくれている手前、彼女は逆らうこともできなかった。

 しかし、彼女たちが支援してくれるようになってから明らかに冒険者ギルドはおかしくなった。


 賄賂は当たり前、禁止されているはずの生きている魔物の取引、冒険者ランクを金で買うことすらある。

 横暴で乱暴な冒険者は増え、民に対して事件を起こすことも圧倒的に増えた。

 今では民は冒険者を魔物から守る存在としてではなく、恐れの目で見ていることの方が多くなった。


 今ではすっかり冒険者ギルドの中は汚職で蔓延ってしまった。

 悪い冒険者たちばかりではないことは彼女にもわかっている。

 しかし、良い冒険者は悪い冒険者にいびられ潰されてやめてしまうことが多い。


 このままでは自分はなんのためにギルドマスターになったのか。

 どうすればいいのかと考え込むも答えは出ない。


「はぁ……私はギルドマスター失格だな」


 そして、冒険者を狩るという耳狩り。

 一時期現れたがここ最近は出ていなかった。


 しかし再び現れた。一体なぜ?そしてその目的は?


 偶然なのかは分からないが、耳狩りが狩る冒険者たちは聖女リカラが推薦した冒険者たちばかりだった。

 偶然でないとしたら何故?

 彼女一人では分からないことが多すぎた。


 こんな無能でもやめてしまえばあっという間に冒険者ギルドは王都の者たちに支配されてしまうだろうと考える。

 どうにかしてそれを食い止めなければならない。


 彼女が悩んでいると、突然部屋の中に気配がした。


「貴方がこの冒険者ギルドのギルドマスターですね?」


 突然どこからか若い女性の声がした。


 するといつの間にかクリスティアの目の前に青髪で長い髪をした少女が立っていた。


「な、お前は何者だ!?

 いつからそこにいた!?」

「私はエイル。少し聞きたいことがあります」


 さっきまでこの部屋には誰もいなかったし、扉も窓も閉まっていた。

 どこから入ってきたのかが分からずクリスティアは困惑してばかりいた。


「安心してください、私は敵じゃありません」

「そんなこと信用できるか!」


 疑心暗鬼になっているクリスティアは思わず声を張り上げる。


「私は、あの聖女リカラについて調べています。

 貴方の協力が必要なんです。

 もしかしたら、貴方の冒険者ギルドに蔓延る汚職をどうにかしたいという望みにも協力できるかもしれません」

「な、なぜそれを……!」

「聞いてしましたから」


(聞いていた?どうやって。

 この少女は何者だ?まさか、魔族?

 それとも、王都の人間のスパイか?

私を殺しに?

 しかし、だとしたらいつでも私を殺せたはず。

 まさか本当に敵じゃないのか?)


 クリスティアの頭の中で思考がぐるぐるとめぐる。

 だがもはや頼れる相手はおらず、藁にもすがりたい気持ちだった。


「……話くらいなら聞いてやる。その代わり、少しでも怪しいと思ったら協力はしないぞ」

「かまわないです。そちらの方がそっちにとって都合がいいでしょうから」


 エイルと名乗った女性は目の前にある椅子に座る。


「私はできる限りあのリカラについての情報が知りたいんです」


 クリスティアはゆっくりと椅子に座り込む。


「分かった、私の教えられる情報を洗いざらい話そう」


 クリスティアは情報をエイルと名乗る少女に話し始めたのだった。

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