44話 魔王の背中を追いし青髪の少女
ある日、宿屋の娘アンが外に出て買い物をしていた。
アンは母親に頼まれた買い物の途中で、屋台で売られていたブードジュースに興味を惹かれ、そのまま店主に銅貨を渡した。
「これください!」
「あいよ、アンちゃん」
「ありがとう!おばさん!!」
そろそろ帰らないと母親に怒られてしまう。
そう思って振り返った時だった。
「きゃっ!」
アンは向こう側から歩いてきた魔導士の女性におもいきりぶつかってしまった。
「ちょっと、なにするのよ!」
魔導士の女性の服にジュースが思い切りかかってしまっていた。
「てめぇ、なにぶつかってきてんだ!」
横にいたタンクの男が声を張り上げる。
アンが遭遇してしまったのは以前、スルトたちが冒険者ギルドで目撃し、耳狩りの襲撃を唯一退けたというAランク冒険者のパーティだった。
聖女リカラと話していた時の態度とはまるで違い、彼らは傍若無人な態度でまるで相手を人とも思わぬ態度でアンを脅していた。
「この装備はね、金貨10枚はくだらないのよ、どう弁償してくれるっていうのよ」
「で、でもそっちがぶつかって……」
アンが必死に反論しようとした瞬間、リーダーらしき戦士の男がアンの胸倉をつかみ上げる。
「まさか、Aランク冒険者の俺たちに意見する気か?ガキのくせに!」
「きゃあっ!」
そのままアンを投げ飛ばした。
「生意気なガキにはお仕置きが必要みたいだな!」
あろうことか戦士の男は剣を抜き構える。
「や、やめて……」
アンの懇願にも一切耳を貸さず、戦士の男はそのまま剣を振り下ろした。
ガァン!
剣が勢いよく地面に当たり、地響きが起きる。
やがて土煙が徐々に消え、視界が開く。
——しかし、剣を振り下ろしたはずの場所からアンの姿が消えていた。
「ど、どこに消えた!?」
戦士はあたりを見渡す。
そこには、一瞬でアンを抱きかかえ助け出した人物がいた。
深くかぶったフードに隠されているが、その人物は長い青髪が特徴的な美しい顔立ちをした少女だった。
「冒険者は魔物を人から守るのが仕事だって聞いてたんだけどな」
——そう、彼女はエイル。
かつてルーン魔法学園で禁忌の魔導書を埋め込まれ、ロキシス教団に誘拐されそうになり、結果的にスルトに救われた少女である。
<エイル視点>
「なんだ、お前は!」
タンクの男が声を張り上げる。
「や、やめときなよあんた!殺されちまうよ!」
屋台にいるおばさんが震えながら必死に声をかけてくる。
この町に足を踏み入れたのはついさっきだが、まさか来て早々こんな事件に遭遇するだなんて思ってもみなかった。
冒険者は魔物から人々を守る存在のはずだろうに。
この町ではそれが違うらしい。
しかし、スルトなら迷わず助けたはず。
あの時私を助けてくれたスルトなら。
私も迷わない。
あの時、彼の背中を追うと決めたのだから。
助けると決めたはいいものの、この状況はどうしたものか。
「あのね、服が汚れたなら洗えばいいでしょうが。わざわざこんな子供に脅迫してお金払わせようとするなんて恥ずかしく無いの?」
「な、なによあんた……!」
私の放った正論に対して魔導士の女性が顔を赤くして怒っていた。
すると横にいた戦士の男が前に出てくる。
「見かけない面だな。どうやら俺たちのことを知らないらしい。教えてやる」
戦士の男が剣を抜いてこちらに剣先を突き付け、これ見よがしに威圧した。
「俺たちはこの町に数パーティしかいないAランク冒険者パーティだ。
凶悪な魔物を倒し続けたことでかの聖女リカラ様にも推薦をいただき、最年少でAランク冒険者となった。
そんな俺たちに逆らうなんて覚悟はできてるんだろうな?
だが慈悲をくれてやってもいい。今謝るなら許してやってもいいぞ」
Aランク冒険者。
冒険者の中でもトップクラスの実力と実績を持つ者にしか名乗ることを許されないという称号。
まさかこいつらがそれだけの実力者だなんて思いもしなかった。
しかし、私の中で一つの疑問が生じた。
この疑問を口にしたところで新たな火種にしかならないというのに、気が付いた時にはその疑問をわざわざ私は口に出してしまっていた。
「Aランク冒険者って言ったけど、それ、本当なの?」
「なに……!?」
「いくら功績があるからって、貴方たちみたいなゴロツキも同然な屑どもを推薦するなんて、貴方たちの言う聖女ってずいぶんと見る目がないのね」
私の言葉を聞いた周囲がざわめきに包まれる。
——あ、しまった。
聖女から推薦を受けたのが嘘だって思い込んでつい言っちゃったけど、この発言は明らかに聖女を批判している言葉に他ならない。
目の前で戦士も完全に頭に血が上っており、わなわなと怒りに震えていた。
「リカラ様を……侮辱したな……!
死罪だ!この俺が刑を下してやる!!」
戦士が剣を引き抜き有無を言わさずこちらに向けて斬りかかってくる。
相手が殺しにかかってきたなら仕方ない。私も魔法を発動するしかない。
《身体強化》
私は咄嗟に身体強化魔法を発動させ、少女を抱えて距離を取り剣の振り下ろしを避けた。
「なっ……今のを避けただと……!?」
「お、お姉ちゃん……」
抱きかかえられた少女が心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫よ」
私は安心させようと笑顔で答える。
Aランク冒険者。
正直今の私で敵うかどうか分からない。
というか、仮に勝てたとしても後々面倒なことになる。
これ以上騒ぎを起こしてはこの町で動きづらくなってしまう。
仕方ない、ここはこうするしかない。
私は右手に大量の魔力を込め、炎魔法の準備を始める。
この程度の魔法なら本来はこの10倍の1程度で十分なのだが、私は明らかに過剰な魔力を込め続ける。
「な、なんなのあの魔力量……!?」
Aランク冒険者の魔導士でさえも、その魔力量に驚愕していた。
私の胸には魔魂スキル《無尽蔵の魔心》が刻まれている。
それにより私の体には無尽蔵に近い魔力が蓄えられている。
どんなに優秀でも、私に魔力量で勝てる魔導士など存在しないだろう。
《大火球》
私は込めた魔力を炎の塊へと変化させ、相手に当てるのではなく、その手前に地面に向けて勢いよく放った。
ドガァン!!
「ぐぅっ!?」
「なんて威力……っ!?」
円状に爆炎が広がり、大量の土煙と共に大きなクレーターが出来上がる。
「げほっ……!くそっ!」
「ちょっと、待って、あいつらは?」
三人があたりを見渡すが既にその場には私と少女の姿はなくなっていた。
「ど、どこにもいないぞ!逃げたか!」
そう、あの魔法はただの目くらまし。
魔法を放つと同時に既に私はその場から全速力で立ち去っていた。
そもそもあいつらに勝つ必要などどこにもない。
この少女を無事に帰してあげればこの戦いは私の勝ちだ。
「大丈夫?怪我はない?」
「う、うん。ありがとう、お姉ちゃん」
路地裏まで逃げ込んだ私は抱えた少女を地面におろした。
「お姉ちゃん、強いんだね!」
女の子の姿を改めて確認する。
綺麗な橙色の瞳を持ち、つややかな金色の短い髪とそれに似合うとても明るい笑顔が特徴的だった。
「家はどこ?送ってあげるわ」
「ありがとう!」
私は女の子を連れて家に向かっていく。
「そういえば名前を言ってなかったわね。私はエイル。貴方は?」
「私はアン。あそこの宿屋の娘なの!私が将来あの宿の看板娘になるんだから」
「そうなんだ」
思ったよりもなかなかきちんとした子のようだ。
もうすでに将来の目標を立ててるなんて。
こんな良い子を殺そうとするなんてあの冒険者たちは一体何を考えているのだろうか。
「それにしてもさっきの奴ら、冒険者とか言いながらあの態度はなんなのかしら」
「エイルお姉ちゃんはよその町から来たの?」
「うん、そうだけど」
「お母さんが言ってたけど、冒険者はみんなあんな感じだって……」
アンは少し怯えながらその話をしてくれた。
私が聞いていた話と随分と違うようだ。
冒険者とは、人々から魔物を守る仕事だと聞いていたのに。
ああやって町人に横暴な態度をとって八つ当たりするのが仕事なんて思いたくないけど。
「そういえば、ちょっと聞きたいんだけど。
変わった剣を背負っている黒髪の男の人を見たことがない?
薄い桃色の髪をした女の人を常に引き連れてるんだけど……」
「あ、その人ならうちに泊まってるよ!」
「え? そ、それ、本当?」
「うん。だって私部屋に案内したもん」
念のため聞いておこうと思っただけだったのだが、まさかこんなところでスルトの居場所が掴めるなんて思ってもみなかった。
「案内してあげるよ!」
私はアンに案内されながら宿屋に向かっていった。
****
私はアンの案内の元、宿屋に辿り着いた。
看板が立てかけられた扉を開け、中へと入るとアンの母親らしき人物が受付に立っていた。
「お母さん!ただいま!」
「あ、アン。おかえりなさい」
アンはお母さんに心配をかけたくないとさっきの事件を言わないでほしいとのことだった。
「あら?お客さん?部屋をお探し?」
「いえ、そうではなくて……この部屋に泊まってる人についてお聞きしたいんですが……」
「今その部屋の人は出かけてるわよ」
どうやらスルトは部屋にはいないらしい。
でも当たり前といえば当たり前だ。
彼はここに何かしらの目的があって来たはず。
宿屋にずっといるわけがない。
というか、特に理由もなく接触しては彼の目的の邪魔になってしまう。
彼がどこに泊まっているかの情報は知れたし、私はあくまで裏で動くとしよう。
「それじゃあ、これから出かけるときは気を付けてね」
「うん!ありがとうお姉ちゃん!」
私はアンに別れを告げると宿屋を後にして再び冒険者ギルドへと向かっていった。
◇無尽蔵の魔心
所持者:エイル
種別 :魔魂スキル
能力 :無尽蔵に近い魔力を保有できる。
※使用者の練度次第では保有できる魔力量に制限がかかる。
代償 :身体能力が低下する。
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